グルノアへ
「レイジ!レイジ! レベルの話が聞きたいのか?」
「あいつらが俺のレベルを調べた方法とか知りたいな」
すると一番若いノームが座った俺の膝にちょこんと乗ってきて得意げに話し始めた。
「レベルはな、”成長の神” の神殿で儀式をしてもらうと簡単な魔法を教えてくれるんだ。あとは奴らが使っていた魔印石で同じことができるぞ」
成長の神の儀式か使い捨ての魔印石か、いずれ手に入れなければいけないな。
盗賊の死体はこのまま放置するとアンデッドになり森に被害をもたらす可能性があるというので、集めて火葬にしてしまうらしい。
彼らが一か所に運ぶのは大変そうなので、手ごろな草原端の窪みに引き摺ってまとめておくことにするが、なんとも犯罪者のような気分になってしまう。
「レイジ、お前には感謝してる!おかげでノームの村は守られた・・・だがゾルバが死んだということであればここで依頼は終わりってことになるな」
「方向は分かったから、後は一人でグルノアって街に向かってみるよ。色々世話になった、ありがとう」
もしかしたらグルノアに葵衣がいるかもしれないという思いが走り出したい衝動を刺激する。
「待てレイジ」
タルポがぴょんっと俺の前に飛び出した。
「お前無一文だろ?ゾルバの話だと入街税ってのがあるらしいからこれもってけ」
チャリンと音がする掌サイズの革袋を投げつけてきた。
「たぶん、税が払えるぐらいの金がはいってるはず・・・・お前だったらいつでも歓迎だ、近くに来たらまた来い」
「「また来い!!まってるぞ!」」
ここでようやく固くこわばった顔面の筋肉がほぐれた気がした。
「ああ、そうさせてもらうよ。帰りも気を付けてな」
手を振り、俺は寂しさと葵衣への思いが綯交ぜになった気持ちを処理できずに走り出した。
タルポたちが分かれの言葉を叫んでいる。
不思議と涙が滲み、逞しく優しい大地の眷属たるノーム族たちへ感謝の叫びを放った。
「ありがとうおおおおおおおおおおお!!!!」
なんだか情緒不安定だなとも感じたが、何故流れるのか理由さえ分からない涙が街道をひたすら走らせた。
あの盗賊たちを殺したことが、あまりにもあっさりと躊躇なく出来たことが怖かったのかもしれない。
それが長年研鑽を詰んできた戦闘術の反射的行動であったとしても、それを選択したのは自分なのだから。
やらなければ殺されていたとわかっていても、日本で育った平和な時間がそう思わせてくれないのか。
息が切れてきたところで丘を下る街道の先が見えてきた。
さすがはファンタジー世界。
天空に浮かぶ島からは滝が流れ落ち、見たこともない尾が輝く鳥たちの群れや子供ほどもある綿毛が風に流されている。
街道沿いを彩るのは二色のコントラストが珍しい灌木が生い茂っており、遥か先には荷馬車の姿が目に飛び込んできた。
人の気配。
盗賊のような荒くれ者ではなく、まっとうに生きている人たちの営みが垣間見えたことが何よりもうれしかった。
文化的な成熟が一定レベルであれば、人探しもしやすくなるはず!!
湧き上がる希望が疲れを吹き飛ばした。
まだ先は長いのだから、街に付くまで気を抜かないようにしなければいけない。
タルポが持たせてくれた盗賊たちの食糧は臭いのきつい物が多く食指すら動かなかったが、唯一リンゴに似た橙色の果実が複数あったのでそれを革袋に入れて持ち歩いている。
グルノアまでは二日と言っていたから、この果実で乗り切らなければいけない。
幸いにも石畳のおかげで荒野や森を歩くよりは大分楽に感じる。
恐らく盗賊の類は早々現れないとは思うが、警戒は緩めるつもりはない。
丸腰であるし。
盗賊の剣を奪ってくればよかったとも思ったが、奴らの使っていた柄があまりに汚く悪臭がすごかったため何一つ装備を持ち帰るという選択肢が頭に浮かばなかった。
ゲームで明らかに敵が持ってる剣をドロップで拾えないのってこういう理由もあったりするのかな??
しばらく歩いてから、短剣ぐらいは持ってきてもよかったのではないかとも思ったが、やはりあの手の連中が使っていたというだけでニーズよりも不快感が先にきてしまう。
街道に出られて人が住んでいる街を目指しているだけで、一時は満足し心が躍っていたがやはり夜をどう過ごすかという問題が差し迫っている。
夜通し歩き続けてしまったほうがいいか、もしくは手頃な場所を探しながら歩くか・・・どちらにしても照明の類などあるわけもなく色々と考えているうちにすっかり日も暮れてしまった。
日が落ちたばかりだと、逆に月の明かりが山に遮られて夜道が暗くて歩くのにも気を使うありさまになるとは思わなかった。
だから、必死に歩き続けてひとつの丘を横切ったところで明かりが目に入ったときは、あれこれ考えず早足に目指してしまうのは仕方がないだろう。
そこは街道沿いに隣接した野営用のキャンプ地といった広場だった。
一応、柵で囲まれ数台の荷馬車が焚火を囲んで野営をしている姿には心から安堵のため息を吐いてしまう。
何て言ってお邪魔させてもらえばいいんだろう。
金で食料を分けてもらったほうがいいのかな・・・・・
と迷いつつも、闇夜の灯に集まる羽虫の気分で焚火へと近づいていった。
「びっくりさせるな、人間だったのかよ!警戒しちまったじゃないか」
ぬっと馬車の陰から姿を現したのは革鎧の胸部に金属板を張り付け補強したような装備姿の人物だった。
「すいません、野営の準備もなく街を目指してまして・・・・・」
腰に剣を差し左手には小型の盾を装着していたから、この人がいわゆる冒険者なのだろうか?丸顔で愛嬌のある顔をしている。
すると麻のチェニックの上の防寒用のローブを羽織った商人風の日に焼けた男が顔を出してきた。
人だぁ・・・欧州人に近い体格と容貌をしている・・・・・
「なんだなんだ?坊主どうした?」
「すいません、グルノア?って街を目指してたんですが何の準備もしてなかったので・・・・つい明かりが恋しくなって」
「はははは!そうだったのか、まあ明かりが恋しいってのは分かる、分かるぜまあこっちこいよ!」
20代後半ぐらいの商人は護衛らしき冒険者を連れて自分たちの焚火へ案内してくれた。
気の良い商人で薄いがとても体があたたまるお茶をごちそうしてくれた。
腹減ってないかと、パンを分けてくれたりと・・・・・人の暖かさはどこでも一緒なんだな。
「旦那、彼はきっと冒険者にでもなりに行くんじゃないですか?」
「やっぱりそうかぁ。だが少し体が細くないか?冒険者になりたいんならうちの護衛依頼を受けてる戦士のデルギから話を聞いたらどうだ?」
俺に干し肉を差し出してくれた気さくな丸顔のデルギは周囲を見回しながら、モーリスという商人にお伺いを立てる。
「いいんですかい?監視しなくて」
「いいってもんよ、どうせ何かあったら他の荷馬車連中が先に騒ぎだすにちがいねえ」
「なら・・・・坊主、レベルはえっと・・・・4か、その年じゃ普通か少し高いぐらいだな」
魔印石というものを使った形跡がないから、きっと神殿で契約しているのだろう。
あれ?さっきは盗賊に1って言われてたけど・・・・そっか!奴らを倒して上がったのか。
ならば、異界からの来訪者はレベルが上がらない可能性というリスクを回避できたことになるな。けど、成長実感がないのはどうしたことだろう?そういうものなのか?
「お前さんクラスは何なんだ?」
「クラスですか? 二年三組・・・・じゃなくて、分からないです」
「そうか、ギルドへ登録しに行ったこともないガチの初心者ってことか。どうりで丸腰だと思ったぜ」
「なあ坊主、この街道は魔物との遭遇がほとんどないが丸腰はやめておけよ?このご時世だからよ、俺だって小剣を肌身離さずなんだぜ」
デルギは愛用の長剣を手にしドヤ顔で見せびらかす。
ロングソードというタイプの西洋式の片手剣で柄の造りはやはり刀とは根本的に違うんだな。
考えてみれば、丸腰という状態が彼らに警戒心を与えなかったのかもしれない。やはりああいったばっちい武器なら持たないほうがましだな。
「俺の剣はよ、デュランシルトで6万レーネも出して買ったんだぜ?いいだろう」
子供のような笑顔で見せびらかすこの人は、基本人が良いのだと思う。
「少し見せてもらってもいいですか?」
「ああ、見ろ見ろ!今後の参考にしていいぞ」
気を良くしたのか、パンにチーズを挟んだ物までごちそうしてくれる。
なるほど、やはり西洋剣のロングソードと造りは近い。盗賊たちの持っていた剣モドキとはさすがに出来が違うが、握りが片手分しかない。
だが、斬るというよりぶっ叩くといった使い方が想定されているこの剣は重心や握り部分の短さなどやはり俺が使うには難しいだろう。
「どうだった?色々考えこんでるみてえだが」
「はい、思った以上に重いんですね。やっぱりもっと鍛えないといけないなぁ」
「はははは!練習すれば使えるようになるさ!」
モーリスの好意でグルノアの街に到着するまでの間、食事付きで臨時の下働きとして乗せてもらえることになった。
荷馬の水やりや飼い葉を用意したり、デルギが休憩中の監視要員など働く内容は様々だったが生きるための行為が葵衣へ繋がると考えると不思議に活力が湧き上がってくる。
馬の世話は須弥山でも叩きこまれていたので、休憩中にブラッシングをしてあげると馬は露骨に喜び鼻づらをこすりつけてくるかわいい奴らだった。
普段からこのモーリスが馬を大事にしていることが分かり好感を持てる。
働きぶりは満足してもらえたのか、昼飯に厚切りのハムをつけてくれた。
「しかし日の光に当たってもお前さんの髪って黒いんだなぁ。茶色の奴とかは見かけるが、真っ黒ってのは見たことすらねえ」
「かなり珍しい髪色ですか?」
モーリスがデルギの意見も聞いてみるが答えは見たことがない、で一致した。
これは非常に有用な情報かもしれない。
”黒髪の少女”というキーワードで目撃情報を集められる可能性だ。暗闇に包まれていた葵衣への道筋がこの短期間で見え始めている!
ホツレに関する情報も集めておきたいのは山々だが、突拍子もない話題に不信感を持たれかねない・・・・灰色の体躯に紅い八枚羽の魔人・・・・忘れてなるものか。
「坊主は人探しをしたいって?もしかしてそのために冒険者になろうってのか、ふむふむ・・・・やっぱりギルドがいいんじゃねえか?なあ?」
「旦那の言う通り。金に糸目をつけないってんなら冒険者ギルドに広域情報なんたら?って依頼を出せばいんだよ・・・・だが結構とんでもない金額を請求されるって聞いたことあるなぁ」
景色は緩やかな丘陵地帯を抜け見通しの良い草原と沼地が混在するエリアに入ろうとしている。
聞いた話では冒険者ギルドが王国から年単位の契約で魔物間引き依頼を出しているため、冒険者たちによる積極的な狩りが行われているのだそうだ。
だからこの街道は特に魔物の心配は少ないほうらしい。
「どれくらいの額になるんでしょうか」
「詳しいことは俺も知らないが多分、家を買うほうが安くあがることは確実だぜ」
日本で言えば数千万円ってところか・・・・だが探す選択肢が増えたことは素直に喜ぼう。
聞き込みをして回れば安く済むことも考えられる。
「しかしなんだって人探しなんだ?坊主、いったい誰を探してるんだ?」
「えっと行方不明になった幼馴染を・・・・同じ黒髪なんです」
このご時世、この世界で行方不明になることがどれだけ危険なことなのかを考えれば、といった表情ではある。
気持ちは分からなくもないがあいつに至っては絶対にない。
モーリスは商人としてやっていけるのかと心配になるほど太っ腹な人だった。
それじゃ寒いだろうとマントタイプの外套をくれたり、商品だった干し肉を遠慮なく切り分けるような豪快な性分だ。
デルギもそれが分かっているため、雇い主にかなり敬意を払っているように見える。
恩義には応えなくちゃと、見張りや馬の世話、さらには荷馬車の幌が破れていたので急ぎ余っていた革ひもで縫い付け補強などをしてみる。
モーリスは本気で俺の下で働かないかと誘ってくれたが、”幼馴染”探しを優先したいと告げると背中を叩き応援してくれた。
ああ、こういう大人になりたいなと思える人に出会えるのは幸運だ。
街が近づいてくると、周囲の風景も小麦畑や往来する馬車などが彩を添えていく。
やはり西洋ファンタジー的な衣服が多く、男性はチェニックやローブ、女性はスカートの上にケープを羽織るなどその多彩な色使いには魔法や魔物由来の染料が流通しているからなのかな?
「レイジ、入街税は3人分用意することになるが、手持ちはあるか?」
デルギが念のため確認してくれたので、タルポからもらった財布代わりの革袋を取り出す。
「これは・・・・」
首筋の文殊印が反応しているのが分かる。
「入街税は50レーネだぞ坊主」
銀貨や銅貨が雑多に中にはどんぐりのようなものまで混じっていたので、つい笑ってしまう。
「さては金勘定になれてねえな?よし俺が教えてやろう、なにせ生まれたときから商人だからよ」
”
銅貨が1レーネ
大銅貨が10レーネ
銀貨が100レーネ
大銀貨が1000レーネ
金貨が1万レーネ
・
・
・といった具合になっているらしい。
文殊印の伝えてくれた念によれば 1レーネ=10、21円 つまり1レーネは10円。つまり一桁デノミしたと思えば覚えやすく使いやすい。
そして数えてみたところ・・・・
金貨が1枚、大銀貨が5枚、他も含めて1万8000レーネほどの大金が収められている。タルポの奴・・・・こんなにくれたのかよ。
「お、冒険者の準備金としちゃちと足りないがまあまあだな。つまり大銅貨5枚が入街税ってことになるぞ、まあ今回は俺の連れなんでサービスしといてやるさ」
「あ、ありがとう・・・・」
緩い傾斜の坂を下った先に見えてきたのは城壁に囲まれた大きな街・・・・・やはり魔物の襲撃を警戒してのことなのだろう。
第一城壁、第二城壁と大きく街を囲んでおり、水路を保護したり周辺農民を守るためにも機能しているように見える。
夕暮れ前に街へ到着できたのはラッキーだったと思う。
グルノアとはかなり大きな街であり、ここで聞き込みをすれば葵衣との再会もそう遠くない!
だが本当に世話になってしまった。俺一人だったら野垂れ死にしていた確率が非常に高い。
ノーム族との出会いと盗賊たちの襲撃。
そしてさ迷い歩いていた俺を雇ってくれた行商人のモーリス・・・・・
短い間にこれだけの出会いと別れがやってきた。
まるでRPGだな。
モーリスは商会の会合とデルギはかみさんに薬を届ける用事があるとのことなので、俺はお礼を伝えた後に冒険者ギルドの登録だけでもしておこうと入り口にほど近いグルノア支部へ向かうことにした。
これから夕暮れのかき入れ時ということで、多くの人が商店街や露店が賑わいを始めていた。
なんとなく買い物を経験しておこうと立ち寄ったのは、イモを串に刺し香ばしい匂いのするタレにつけてから表面を軽く焼く軽食だ。
「一本 お願いします」
「おうよ、5レーネ」
親父は今さっき焼けたばかりのイモ串と銅貨5枚を交換した。なるほどこれで50円ってところなのか。
一口頬張ってみると意外に辛い味付けに驚いたが、癖になるうまさだ。
これは原宿や新大久保あたりで売りだしたら人気になるんじゃないか?
「あんちゃん、うまそうに食うな。おかげで客がたくさんよってきそうだぜ、ほらもう一本食って客寄せしていけ」
剥げ頭にねじり鉢巻きのようにタオルを巻いた親父が、焼き立てを一本くれたのでここぞとばかりに故郷を思い出して頬張った。
「うめえ・・・・」
なぜだか知らないが俺の食ってる様子を見た通行人があれよあれよと7,8人並び、しかもまとめ買いをしているようだ。これで一本分の仕事はしたかな?
軽く会釈をして立ち去ると、腹が満たされたのかやってやるという気持ちが湧き上がってくる。
ギルド支部は正門から真っすぐ行った中央突きあたりの建物で、周囲には冒険者らしき様々な装備を身に着けた男女がたむろっていた。
意外と女性の数も多いんだな。アーチャー風の人から魔法使いやプリースト系の装備をしているように見えるが確認する必要はできてそうだ。
なんだかMMORPGでパーティー募集してるような雰囲気に似てる。
木造建築だがしっかりとした建物で意外に清掃が行き届いていおり、夕暮れの茜差す日差しが窓から入り込んでいた。。
一番奥の新規登録受付という窓口がちょうど空いていたので、気負わないように自分へ言い聞かせながら勢いよく突撃してみることにした。
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