戻り橋②

 日月葵衣たちもりあおい  17歳の女子高生だった。




 彼女は一族を皆殺しにされた仇を討とうとあの化け物を追っていた時に瀕死の俺を発見。


 なんとか助けようとするも、逆に命を救われてしまった。




 化け物は興味を失くし去っていくが、重傷の葵衣も俺を救おうとなんとか抱き起すが力尽きる。


 そこに神仏の奇跡で須弥山へと引き上げられた俺と葵衣。




 ということらしい。




 そしてこのサイケデリックなおっさん。意外と大物らしく、名を役行者 小角 と名乗った。


 葵衣は最初聞いたときにはかなり驚いたというからそれなりに有名なのだろう。




 須弥山での生活に慣れてきたある日、小角からまた状況に関する話がもたらされた。




「あの化け物を我らは ”ホツレ”と呼んでいる。あらゆる天の理から外れ、魂を奪い集め傷つけていく災厄の存在じゃ」




 俺は左手に装着された義手の動きを確かめながら、小角の部下?である後鬼という巨漢の一本角の鬼からお茶をいただいた。


 なんというか後鬼は葵衣にはやたら丁寧にお辞儀をし平伏したりするが、俺にはそっけない。


 まあ気持ちはよく分かる。




 当然だな。




「つまり襲われている者を救おうとしても、歪みが邪魔をして手を出せぬため今まで無数の魂が犠牲となってきたのだ。しかし糺次よ・・・・お主は魂が傷つけられ正気を失いかけて尚、我が身を犠牲にしてまで葵衣を救おうとした」




 葵衣が俯いているが、ちょっと耳が赤い・・・? きっと怒りで震えているんだろうな、分かるぜ悔しいよな。




「その魂の輝きにようやく我らが干渉することが可能となり、お主ら二人を掬いあげたのだよ」




「あのさ、すげえことしたみたいに言われてるけどよく覚えてないんだよ。葵衣さんの声だけはクリアに聞こえてさ、だから触手から助けないとって思っただけなんだ」




 パンと膝を叩いた小角は俺の頭を撫でながら語りだす。


「それこそ人の尊き行いなのだ。咄嗟に同じことができる人間は今後、恐らく現れることがないかもしれん、それほどに奇跡的な行為ということだ。あのホツレにあそこまで魂を傷つけられ行動できるのはお主が本質的にそういう人間だからなのだよ」


「偶然じゃないか? 俺普通の高校生だよ?」




「レイジ君が私を救ってくれたのは事実。おかげで死なずにここで修業させてもらってるのよ・・・・あなたを心から尊敬します」


「ついでじゃから葵衣、修業の件について説明してやってくれぬか?」






 ”


 レイジ君も何度か経験したでしょ?


 突然襲ってくる猛烈な怒りや悲しみ、絶望、そういった感情が普段の数十倍もの苦痛となって心を切り刻むように襲い掛かるあの発作。




 あれはホツレが魂を傷つけたために起きる症状。




 私がそうなったとき、レイジ君は腕にしがみつく私の頭を優しく撫でてくれる。それがどれだけ心強いか・・・・




 それでね、過去の呪術や剣術の達人の思念体から修業を受ける理由なんだけど、様々な縁を結ぶことで人の魂が強く強固に成長していくらしいの。


 この発作を乗り切るためにも私たちは修業を重ねて切り刻まれた魂を癒し、乗り越えていかなくてはいけない。




 ”




 混乱してきた思考も落ち着きつつ、流されるままに一月ほど過ごしてきたが今になってようやく理解できることが増えてきている。


 葵衣のほうがダメージが少なかったためにいち早く修業や事情を説明されていたようだ。






 理由はどうでも良かった。ただあの発作の苦しみを二度と味わいたくない・・・・・


 俺が苦しんでいるとき、葵衣が優しく抱きしめてくれる。




 あの苦しみを乗り越え耐えるために、恥ずかしさよりも互いに寄りかかる存在へと関係が深まっていく。


 それは恋心でもあったのかもしれないけど、苦しみを共有する者同士がすがりついたのが互いの腕。




 慣れない剣や呪術の修行はきつかったが、発作を忘れられる時間は救いでもあった。


 宮本武蔵は意外とおしゃべりで修業もきつかったが、蘊蓄を垂れ流す時は聞き流すスキルも習得できたかもしれない。




 柳生新陰流の石舟斎は頑固爺の典型例のような人だったが、面倒見が良く発作の時はいつまでも背中をさすってくれたりする優しい人だった。


 千葉周作は非常に頭が良く、これから役に立つであろう剣技や生きるための知識などを細かく教えてくれる。




 どうやら俺には剣の才覚があったらしい。


 各流派で免許皆伝や目録クラスの腕前を認めてもらえ、総合剣術という意味でもたまに遊びにくる神将たちに揉んでもらってめきめき腕を上げていった。




 上達が実感できてからの修行は楽しかった。今まで特に何かに集中して取り組んだことなどはゲーム以外になかったためか、時間を忘れてただ我武者羅に修業に打ち込んだ。


 それに中二病経験者は修行とか憧れるもんだし・・・・・


 徐々に発作は減っていき、帰宅部でひ弱だった体も須弥山の霊気と神気の影響を受け細マッチョの鍛え上げられた肉体へと変貌していく。




 葵衣は剣術に関しては俺ほどの才覚はなかったらしいが、呪術に関してはすごかった。


 神道系、密教系の呪術を極め、陰陽道 安倍晴明の思念体から直々に教えを受けているほどである。




 俺の呪術は一部の偏った術が使えるのみだった。


 覚醒した霊力はかなりのものらしいが、小角曰くセンスがない。




 天部及び八部衆の術が性に合っているようで、親和性も高く剣と組み合わせた退魔剣術をうまく身に着けていく。


 葵衣も元々身に着けていた霊力と呪術の力が飛躍的に伸び、各師匠たちから自慢の弟子だとかわいがられるほどだ。






 いつしかふと疑問に思うようになった。聖徳太子や菅原道真、その他学術的な偉人たちの思念体から授業を受けるだけで済んだのでは?と。


 何故戦闘メインの修行になるのか、いずれ何かと戦うことになるのかもしれないと思ってはいたが予想を遥かに上回るその内容に思わずのけぞることになる。




「地上やお主らの肉体的には1,2カ月ほどの時間経過ではあるが、この天上界では20年もの時間が過ぎておる。実はな二人が修業に取り組まねばならなかった理由はもう一つあったのじゃ」




 安心してほしい。ここでは地上と時間の流れに関するルールが違うようで、俺と葵衣は1,2カ月しか歳をとっていないが修業時間は20年相当なのだという。


 都合の良い精神と時の部屋みたいなもんかな?


 葵衣は神妙な顔つきをしていたが、俺には朧気ながらに気づいていることが一つだけあった。


「俺の魂さ、多分だけど輪廻転生するために必要な条件が足りないってことと関係してるか?」




 葵衣と小角が顔を見合わせる。葵衣は目を伏せ、小角が覚悟を決めて告げるのだ。




「レイジよ。あと・・・葵衣よ、二人の魂からは転魂の糸がホツレによって奪われているのだ。もって後5年でその命は尽き、転生もできぬまま魂は滅びよう・・・」




「やっぱりか、なんか足らないなって感じてたんだよ。それで?大事なことがあるんだろ?」


「大事なことなのよ!?レイジ君が後5年しか生きられないかもしれないんだよ!」




 顔を真っ赤にしながら涙をぽろぽろと零す葵衣。


 俺はともかく葵衣の未来が断たれている状況が悔しくてたまらない・・・・俺がしっかりしていれば君まで転魄の糸を奪われずにすんだんじゃないか・・・




 でも、あの時死んでいたかもしれない俺がこうして命を繋いでいる。


 それは君のおかげだし、葵衣がいてくれたから。




「俺はともかく葵衣の魂だけでも救う方法はないのか!?」


「レイジくんもあきらめちゃだめ!!」




 叫んだ後、呻くように嗚咽を始める葵衣に俺は・・・・どう言葉をかけていいか分からなくなってしまった。




「そうだ。諦めるにはまだ早いのだ・・・・それになお主らを修業させたもう一つの理由は、ホツレに奪われた我らの世界の魂100万を取り返してもらいたいからじゃ」


「とり・・・かえす?」




 泣きじゃくる葵衣を慰めるのは、俺たちによりそい魂が落ち着くよう演奏し歌ってくれた天女の夢翡翠だ。




「我らは奴が異なる世界へ移動したのを突き止めたのじゃ。そこは恐らくお前が好き好んでやっていたRPGとかいうファンタジーによく似た世界らしい」


「おいおい、話がぶっ飛んできたな。嫌いじゃないぜこういうの」




 俺の目に光が灯ったのを葵衣は見逃さなかった。


「諦めないよね?」


 涙目で覗き込まれれば、断れない男はいない。




「詳しく話を聞かせてくれ、判断はそれからだ」


 葵衣は俺の隣にぴょこっと座ると巫女装束の折り目を正して小角の話を聞く体制を整えた。


 すると、何度か遊びに来ているシュウさんというライダースに革パンといういかした格好のちょい悪親父がやってきた。




「小角よ、あの話をするっていうんで俺も聞かせてもらいにきたぜ」


「酒持参かね、まあちびちびやりながら聞いておけ」






 ”


 我ら神仏と須弥山に住まう者たちは、あのホツレという異界より紛れ込んだ異物の所業を許せぬと何百年も追い続けておった。




 だが理の通じぬ存在。千里眼で見ようとも歪み、所在もつかめぬ状態。でも糺次よ、お主がその霞を霧を吹き飛ばしたのだ。




 我らは必死に奴の痕跡を追うた。そしてつい先日、奴が別の世界に逃げ込んだ・・・・いや勝手気ままに向かったというべきかの。


 そこはさきほど話したようないわゆるファンタジーに似通った世界じゃ。




 おそらくお主らはホツレと対峙し戦い、転魂の糸と奪われた100万の魂を取り戻さねばならないと予見したわしやここのシュウ。


 ホツレに傷つけられ生き延びた二人でなければ奴の歪みに耐えられず、見つけ出すこともできぬというのが二人に頼まざるを得ない理由なのだよ・・・・




 そして数多の神仏たちはお主に修業を課し、対抗できるための力を養ってきた。




 それは過酷であったろう。辛かったであろう。


 魂が傷ついていたために、毎夜のごとく二人が・・・・心の痛みに堪えている様を我らは見守り祈ることしかできんかった。




 すまんのう・・・・・




 そしてじゃ、二人には奴を追ってその異界へ旅立ってもらいたい。


 詳しくは分からぬが、幻獣や魔物、そして剣と魔法の世界じゃ。




 結んだ縁と天部や明王、八部衆や神将、数多の権現たちの結びが異界でも必ずや力を発揮しようぞ。




 強制はせぬ・・・・もし穏やかに死を迎えたいのであれば、弁財天が困らぬだけの金品を与えようと言うておる。




 だがのう、わしは・・・・


 わしは・・・・




 二人の固く結ばれた縁と絆があれば、必ずやホツレを討ち魂と転魂の糸を取り戻せると信じておる。




 ”






 妙に説得力がある話だった。


 転魂の糸を奪われている実感があるからこそ、事実だろうと確信できる。




 葵衣は俺の目をじっと見つめている。


「俺と一緒に行ってくれるか葵衣?」


「当たり前でしょ。おっちょこちょいでいじっぱりで、頑固で、スケベで!!そんな糺次を一人で行かせたら絶対に失敗するに決まってるから!」


「おい、お前のほうこそ、料理が下手で家事は壊滅、天女と話してるだけで嫉妬して蹴っ飛ばされたり、すぐに拗ねたかと思ったら、なんだ?BL本の件で天女たちと秘密会合開いてるの知ってんだからな」


「ああああああああ!!な、なななななな!!?何を言ってるのかな君は!!」




「ぐははははは!! あいかわらずおもしれえなお前ら! よしレイジ!こっちへ来い!!」




 シュウさんが豪快に酒を飲み干し、俺の腕を引っ張って立ち上がらせた。




「両手を広げて立て」


 凄まじい迫力で命令されるため、絶対に逆らえないと思わせた神仏の一人だ・・・・・




 そのまま・・・・なんというかタイタニックのジャケットみたいな恰好になった俺たち。


 妙に顔を赤らめている葵衣の妄想を想像して頭が痛くなる・・・




「ぐっ!!熱い!! なんだ???左手!?」


 シュウさんの左手が3本も現れ、そのうちの一本が俺の手に吸い込まれるように入り込んできた。




 まるで熱い鉄の塊を押し込まれているような熱さと存在感だ。


 痛くはないが、圧倒的な力が流れ込んでくるのを感じる。


 神将が用立ててくれた自在に動かせる義手が、熱く迸る何かを内包した生身の腕へと変化していた。




 荒い息をしている俺を、シュウさんが抱きしめてくれた。


「レイジ、お前たち二人だけを行かせる神仏を許してくれ。だがこの仏法の守護者、戦闘鬼神 阿修羅王の左手を貸してやるんだ、必ず奴をぶちのめせ!いいな!!」




「は、はい!ありがとうございます!!あっあと俺は右手でするほうなんで」


「てめえ!!左手でマスかきやがったらぶっころすからな!!」




 途中からやってきた夢翡翠と葵衣がこそこそと何やらよからぬ話をしている・・・・・






 ◇






 修行場の近くにある滝は、霊力の濃度が高いため夜でも光っているように見える須弥山特有の現象が見られる。


 俺と葵衣はこの滝の近くの草原でよく語り合った。




 そして今も・・・・・




「ねえ、最初の頃はきつかったけど、もう一月に一回あるかないかぐらいになったね」


 体育すわりをした葵衣が頭を膝に寝かせながら俺を見つめている。




「葵衣がいてくれてよかった。一人なら静かに朽ちていくのを選んでたかもしれないよ・・・・・そしたら5年だろ?ドラクエやFFの新作のプレイ間に合うかもしれないしな」




「バカ・・・・私だって同じだよ。一人だったら敵討ちだって心が折れてたもんきっと・・・・強大すぎる敵だから。最初はただ強いだけの妖だって思ってたから」




「葵衣は明王系の真言や陰陽道が使えるからさ、魔導士か召喚術師ってクラスになるんかな?」


「そう考えるとちょっとわくわくしてきたね」




 花が揺れるような葵衣の笑い声に、ふと涙がぽろぽろと零れてきた。


 なんでだろう。


 堰を切ったかのように涙が溢れて止まらなかった。




「な、なんで・・・あれ?・・・どうしてだ」


 葵衣がぎゅっと抱きしめてくれる。




 この優しく甘い匂いと、葵衣の体温が心の傷口に染みていくように落ち着かせてくれる。




 気づくと葵衣も嗚咽を堪えながら泣いていた。




 月明りと滝の青白く荘厳な明かりに浮かぶ葵衣は・・・・・今まで見たどの万物の事象より美しいと思った。




 そよ風で花々が揺れ触れるように、俺たちは静かに・・・・・唇を重ねた。




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