葵衣編④

 すっと六合が葵衣の側により耳元で囁く。

『葵衣よ、あまり口出しはしたくはないが抱え込みすぎるなよ』

「本当に六合って気遣いのできる乙女成分もってるわよね」

『乙女じゃねえよ!俺は勇猛果敢怪力無双の六合様だっての!』


 勾陣も結界の中にいる彼らを一瞥すると、葵衣へ寄り添うようにふわっと着地する。

「今送った念のように行くわ」

『さすが葵衣様でございます。思念体とはいえ晴明様からあれほどかわいがられた弟子を他に知りませんもの』

『人使いのじゃなかった式神使いの荒さまで受け継いでるとはまったくたいしたもんだ』


「頼りにしてるからね二人とも」


『ああ・・・甘美な念と霊力そして言霊じゃ・・・・』

『これだから葵衣との盟約はたまんねえ・・・・・』


 葵衣は無用な刺激を避けゆっくりと歩み、警戒し微かな唸り声をあげる聖獣グランライガーの近くまで豪気にもやってきた。

 全長14mの巨大な獅子に似た美しき聖獣。


 純白の毛に覆われ手足や背中の一部にコバルトブルーの毛が風に靡いている。

 グランライガーが草原を駆ける様は名状しがたいほどの美しさであっただろうと想像することは容易だった。


 だが、右目に取りついた根は顔の半分を浸蝕し頭部の鬣へ絡みつくような黒紫色の枝と触手を木々や枝をしならせながら、葵衣を威嚇しているようにも見える。


「聖獣グランライガーよ、これより妖樹ゼレスティアの根を取り除く処置をします。痛いし辛いだろうけど、シルフェという子供からの願いを受け入れどうか耐えてください」


 グルルル・・・・・

 弱弱しく返答ともとれる呻き?が漏れる。


「いいわ、了承したと勝手に判断します・・・・・」


 葵衣は腰から吊り下げられていた美しい装飾の太刀を引き抜き、その刃に向け念を発し始める。


「顕明連・・・・・いいわね、あなたが頼りなの。どうか聖獣を救い給え」


 数歩下がり葵衣は無造作に顕明連と呼んだその太刀を宙へ放り投げた。


 驚いたのは見ていたマイとガイガス、それにシルフェも思わず前のめりに え!?という顔をしている。

 だが顕明連は光の刃となって宙を回転し葵衣の腕の動きに合わせ天空から一直線に、突き刺さったのだ。


 グゴオオオオオオオ!!!ギャオオオオオオオオン!!!!


 グランライガーの叫びが森へ木霊する。

 あまりの激痛のためなのか、動けないほど消耗していたにも関わらず近くの木々をへし折りながらのたうち回っている。


「勾陣!」

『はっ!』


 美しい打掛から光る何かが打ち出され、暴れ回るグランライガーに絡みつき圧倒的その力を封じようとしているのか?

「六合!」

『おうよ!!』


 その勾陣と六合が二人がかりで押さえつけたグランライガーは周囲に血と膿みをまき散らしながら吠え、そして尋常ならざる痛みに苦しんでいた。


「痛いよね・・・でもこうするしか方法がないの」


 顕明連はグランライガーの右目の寄生したゼレスティアの根に楔のように突き刺さっていた。




「葵衣様は何をしているのだ!?妖樹は火で討伐せねばならぬとお伝えせねばならん!」

 結界を飛び出そうとしたガイガスをマイが押さえつける。

「待って父上! 葵衣様ほどの術者がそれを知らないわけありません!」

「だが、剣で根を倒すなどできるものか!」


 シルフェはただ圧倒された状況に言葉を失い、ぼんやりと見つめることしかできずにいる。


「今度は紙を放り投げたぞ!葵衣様はどうされたのだ・・・・!?」

「いいから我々は見守ることしかできません!」

 マイに関節をとられ痛いと呻く父親にまたがりながらマイは思う。

 きっと葵衣様ならなんとかしてくれるって。



「四方結界!!!  持国天 広目天 増長天 多聞天  四天王護法陣!!」


 放り投げた呪符がグランライガーの周囲へ白く輝きながら配置される。


「白き聖獣を汚す邪悪な妖樹を祓い取り除きたく思います、どうかお力添えを・・・・」


 キィィィンと顕明連が刃鳴りのような音を発し始める。


「勾陣、六合、なにがあっても動かさないようにがんばってね」

『『はっ!!』』」



 臨 !  顕明連に伝わった念がキィィンと鈴の音のような響きを放ちながら鳴動する。


 兵 !  続けて打ち付けられる清浄な気が刃を伝う。


 闘 !  妖樹の根が明らかに嫌がるそぶりを見せ蠢き始めた。


 者 !  白い輝きが光の剣閃のように顕明連へと吸い込まれ内部へ浸透していく。


 皆 !  聖獣が辛そうな呻きを上げながら、六合たちの必死の働きで動きを封じられている。


 陣 !  ひと際大きな光の楔が聖獣の頭部へ突き刺さる。だがグランライガーはその痛みに耐えようと残された力で涙を流しながらがんばっているのが葵衣にも伝わった。


 列 !  たまらず妖樹の根が弱弱しく蠢き、ずるりと頭部から抜け始めてきた。


 在 !  幾重にも重なる白い剣閃が鈴の音を鳴らしつつ、残された妖樹の根に向けて打ち込まれる。


 前 !  白銀の雷が落ちたような衝撃だった。グランライガーの咆哮と奇怪な叫びが同時に巻きおこった。




 < 葵衣様、お見事でございます。五行相克により木の邪妖たる妖樹ゼレスティアを相克にあたる金の属性を持つ顕明連という刀で代用されたのですね>

 ”

 火は金を溶かし  土は水の流れをせき止める   木は土から余分を奪い  水は火を消す   そして・・・・


 金は木を切り倒す


 火で木は燃やせるでしょう、ですが妖樹の根源たる核を撃ち滅ぼすための芯に金の属性をお使いになられる・・・・さすが晴明様がかわいがったわけですね

 ”



 ガオオオオオオオオオオ!!!


 聖獣グランライガーの魂の咆哮と共にずるりと抜け落ちた妖樹の根は地面に落ちると弱弱しく蠢いていた。既に顕明連は葵衣の手元に戻り葵衣の守護に戻っている。


 六合に担がれ距離を取ったライガーはもう起き上がれないほどに憔悴し、目も虚ろだ。


 だがその時である。


「オノレ・・・・・モウスコシ・・・アトスコシ・・・・・セイジュウ ヲ シハイ デキタモノヲ・・・・ムネン・・・・ムネン 」


 枯れ木が転がっていただけに思えたが、妖樹ゼレスティアはまだ健在であった。


「六合はライガーを守ってちょうだい。勾陣はマイたちを」

『『御意!』』


 イソギンチャクのように蠢き這いずる妖樹は粘液をこねくり回すような動きで二足歩行の大木のような魔物へと数秒で変化してしまう。


「・・・・わーこわい。たいへんだーようじゅぜれすてぃあを ほんきで おこらせちゃったー こわいよーー」


「葵衣様!!?」

 マイとガイガスは顎が外れそうになるほどに驚いていたが、妖樹は高笑いをしながらその枝を手のように変化させるとどうだ恐れ入ったか!といわんばかりにのけ反った。



「ワガチカラ ニ ヒレフス ガ イイ! タクワエタ チカラ デ セイジュウ ゴト クラッテ クレルワ!」


「ああ おそろしい おそろしい。 きっと本体となる【 核 】は手の届かないところにあるのでしょうーー」


「オロカナ ニンゲン ドモメ! ワレコソ ヨウジュ ゼレスティア ノホンタイナリ!! コノ コウキ ナ スガタ ヲ ミテ フルエアガレ!!」


「・・・・・なるほど、つまりお前を始末すれば終わりってわけね」


「・・・・エ?」


 妖樹を前に泰然と構える葵衣に微塵の恐怖も迷いもなかった。


「ノウマク サラバタタ ギャテイビャク サラバボッケイ・・・・」

 ギャッルウルルル!!!


 妖樹は印を結び詠唱を始めた葵衣を圧し潰そうと巨大な枝を叩きつけようとしたが、その枝は振りかぶる寸前に根本付近で断ち切られていた。


 グガアアア!!!

 六合の鉞が何の抵抗もなく枝を切り落とし、葵衣は動じることなく真言を唱え続けている。


「サラバビキンナン タラタ カンマン!! 不動明王火界呪!!」


 妖樹がもがく大地に不動明王を表す梵字(カーン)が浮かび上がると周囲を光の球体が取り囲み、その収束された結界空間において不浄を焼き尽くす火界呪が発動した。


「・・・・ッギョ・・・・ガ・・・・・!」


 妖樹はもはや言葉を発することすらできず、限定空間で超高熱を発して焼き尽くされていく。それでも消滅するのに十数秒もかかったのはさすがに災厄の木と呼ばれることはあるのだろう。


 結界に断たれた腕ほどの長さがある妖樹の枝が焼き尽くされる本体を認識した瞬間だった。

 僅か1秒もかからず大地から力を吸い上げると葵衣の足元付近から鋭い枝先が飛び出たのだ。


 真言の制御と式神二体の情報をフィードバックし、結界を複数維持するという離れ業をやっていた葵衣にとって僅かな隙ではあった。

「!!」

 気付いた時にはもう地面を突き破る音と同時に鋭利な枝先が葵衣を串刺しにしようと飛び出たところだ。


 ギャオオオオン!!!

 突風が、空気さえ切り裂くような何かが通り抜けていた。


 傷つき意識が朦朧としていたあの聖獣グランライガーが最後の力振り絞りあの妖樹の枝をかみ砕き、その清浄な魔力で滅してしまう。

 同時に本体が灰となって燃え尽き、それを確かめたライガーは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「ライガー!?」


 勾陣に念で止血を命じながら最後の余力で矜持を示した偉大な聖獣に駆け寄った。

「ありがとうあなたのおかげで助かりました」


 グルルルル・・・・

 その森の新緑のような優しい碧色の瞳が潤み、誇りを抱きながら終われることを感謝しているとでも言いたげな様子だった。


 すると結界から飛び出したシルフェがライガーに抱き着いていた。

「ライガー・・・・僕・・・・がんばって助け呼んだよ・・・・これでよかったの?」

 優しく頷くように瞼をそっと閉じたグランライガーは再度葵衣を一瞥する。


「心優しき聖獣よ、それは私の役目として承りましょう」


 大きな前足でそっと優しくシルフェの小さい手と触れ合う聖獣グランライガー。

 残された力がもうほんの僅かであるだろうに、それをこの子との触れあいに使うのかとマイは驚きと感動の波にさらされているようだった。


「シルフェくん、グランライガーが言っているわ。帰るべきところへ帰りましょう、と」

「エルフのお家に帰ればいいの?」


「でも一人で暮らすのは危ないよ、大変だよ!?そうだよ、私たちと一緒にドワーフ王国へ行こうよ!」

 ガイガスもそれがいい、子供が一人増えるぐらい問題ないと胸を張った。


 それは彼らが善良で気持ちの優しい親子であることが葵衣にはうれしかったが、事実はそう単純ではなかった・・・・・・


「シルフェくん、あなたは・・・・既に亡くなっているのよ」


 葵衣の両隣にいた勾陣と六合は辛そうな顔で葵衣を見守り続けていた。


「・・・・・ぼくしんじゃったの?」



「葵衣様!?いったい何を言ってるんですか!??シルフェくんはこうして・・・・え?」

 死という事実を認識した瞬間から、シルフェの体は淡い若草色の光に包まれ姿が薄くなっていく。


「そうだ・・・・ぼくは、グランライガーが根にやられちゃった日・・・・泣いていたところをゴブリンたちにころされちゃったんだ・・・・」

「「!!?」」


 マイとガイガスは驚きで身動きできず、葵衣は泣き出してしまいそうな顔でシルフェを優しく抱きしめていた。


「大丈夫よシルフェ・・・・あなたのパパとママが迎えに来てくれているわ。あなたは立派に聖獣グランライガーを救ったの・・・・それはとても勇敢なことなのよ?」

「うん・・・・・」


 シルフェの隣に降り立ったのはまだ若い面影のあるエルフ族の男女だった。

 目元が母親に似ており、息子を優しく抱きしめる姿がそこにあった。


「うそ・・・・そんな!」

「な、なんということだ・・・・」

 マイ親子はもう受け入れることができず、崩れ落ちたマイをガイガスが支えているような状態だ。


 グルルルウ・・・・


「ライガー・・・・・ぼくと遊んでくれてありがとう。友達になってくれてありがとう、ライガーがいたからぼく・・・・さびしくなかったんだよ・・・・」

 聖獣は潤んだ左目で葵衣へ強い意志を示した。


「心優しき聖獣の友人であり勇敢なエルフの子シルフェの魂よ、願わくばこの世界の神の慈悲と配慮を願い奉る・・・・」


「オン カカカ ビサンマイ ソワカ・・・・オン カカカ ビサンマイ ソワカ・・・・」

 静かに天へ昇るシルフェ、そして両親たちは深く頭を下げていた・・・・


 泣きじゃくるマイと呆けるように見つめるガイガス・・・・

 葵衣はただ涙を流しながら地蔵菩薩真言を唱え冥福を祈るのだった・・・・・


 光の残滓が森の暗闇に消えかけていったとき。


 強靭な意志で意識を保っていた聖獣グランライガーがとうとう・・・・・


「グランライガー、あなたも逝くのね?」


 穏やかだった優しい瞳が浮かべた蔭に葵衣はやや気になる気配を感じた。

 旅立つということではないのか?


 大地に帰るということなの?


 聖獣という理が分からない葵衣にとって未知の領域、想像することが困難な状況になりつつある。


 あの雄々しくも愛嬌のあった前足や後ろ足から白い光へ溶けていくようだった。

 光の粒子が蛍のように舞い踊る光景は荘厳であったが、あの聖獣を救えずに死んでいくのだということに葵衣は失意に打ちのめされていた。


「わたしは傲慢だった・・・・五行相克に従えばきっと救えるって。勾陣と六合に手伝ってもらったのにこのざまなんて・・・・・」


 シルフェが既に亡くなっていた事実と、目の前でグランライガーが消え去ろうとしている現実よりマイにとっては葵衣が落ち込んでいることのほうが驚きであった。

「葵衣様!葵衣様がいたからこのような結末になれたのです! あのままでしたらどれほどの悲劇でありましょう!」


「マイ・・・・いいのよ。私が無力で傲慢だったから生じた結果・・・・シルフェくんにもライガーにも申し訳ないことをしてしまったわ・・・・」

『葵衣! 嘆くのはまだ早いみたいだぜ』


「え?」

 六合の声で我に返り周囲を見渡すとグランライガーが光の粒子となって消え去り、周囲に満ちた光の玉が葵衣の目の前で集合し始めている。


 何が起きているのか? 式神たちでさえ予測不可能な状況が続いていく。


 完全に消え去ったグランライガーが光の粒子になり、それがまた集まり光の玉へ・・・・


 魂となって天に昇るのだろうか?

 白い輝きが強い明滅へと変わり、夜の帳が下りた森を彩っていく。


 決して嫌なものではなく、清浄で神聖な光の競演だがどこか物悲しい寂しさが漂ってもいる。

 やがてその光の玉が大地へ綿毛のようにそっと着地し、ゆっくりと・・・・熱が冷めていくかのように光の玉が文字通り光を失い始めていく。


「魂が大地へとかえっていくのね・・・・これがこの世界の理、聖獣の運命だっていうの・・・・・」


 光の明滅は弱まり、土気色に変色しているその玉が風に吹かれ崩れ去っていく。

 ああ、あの美しい聖獣がこの世から消えてしまったのだ。


 誰もがそう思った刹那の出来事だった。


 玉が着地した大地が盛り上がり、ぽんっと何かが飛び出てきたのだ。

 思わず葵衣が受け止めたそれは・・・・・


 純白の体毛にアクアブルーの毛が所どころに生えた幼きネコ科?の赤ちゃんだった。


「にゃぁにゃぁ・・・・」


 まるで葵衣に甘えるかのように抱き着き体を擦りつけてくるその愛らしさと・・・・・あの聖獣グランライガーが転生を果たしたのだという喜びに葵衣は打ち震え小さく暖かいこの命を抱きしめた。


「ありがとう・・・・ありがとう・・・・うっ・・・・ううう」

 まるで自分たちの未来が輪廻を取り戻すことができるよといった暗示にも思え、レイジとの未来がまだ繋がっているんだと胸に迫るものがあった。


「にゃぁにゃぁ?」


 小さな聖獣は葵衣の涙を心配したのか頬を擦りつけ慰めてくれているようにさえ思える。


 なんて愛しくかわいい生き物なのだろう。大きく潤んだ瞳を見たらどんな人間だって微笑んでしまうだろう。どこかレッサーパンダの赤ちゃんに似て居なくもない?

 猫っぽいけど、どこか犬っぽさもある奇妙な生き物だが・・・・・

「かわいいは正義・・・・・ということであなたの名前は私がつけていいのよね?」

「にゃ!」


 いいよと言わんばかりに甘えてきた子猫サイズの聖獣に・・・・・葵衣が付けたのは・・・・


『・・・・・葵衣様は聡明でお美しく素晴らしく呪力と霊力をお持ちなはずなのに・・・・なぜそれほどネーミングセンスがひどいのですか?』

『こればっかりは勾陣に同意する』

「二人ともひどいじゃない! この子の名前は!」



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