異界旅情②


 オーク撃退後、俺のレベルが14、イクスは7に上がっていた。らしい。

 こういうのを細かくチェックしてくれる商人がいたのでなるほどと話しを聞いておいた。


 しかしレベルが上がってもその恩恵というものを受けていないため、ただの数字が上がった感覚しかない。

 どういうものかロナにもっと聞いておくべきだったな。


 イクスもレベルシステムについての検証と調査を進めているが、同じく恩恵を受けられないらしく調査は難航しているらしい。

 耳裏へのインプラントもバイタルチェックとレベル時の肉体的変化をモニターする用途も兼ねているそうだ。


 もはやなんでも屋だなイクス。


 グニールはヒールポーションのおかげで安定したようで、それはまあ何よりこれ以上絡むなメンドクサイから。


 それ以後、冒険者たちはイクスを恐れ、商人たちは敬うという図式ができあがった。

 戦闘職にある者からすれば、イクスの戦闘機動は基礎的な能力が桁違いであると付きつけているのに等しいのだ。

 だから俺の後ろでいつもイクスが控えているのを見て、必要以上に絡んでこようとしないのはありがたいのやら困ったことなのやら。


 周囲は草原と森からごつごつとした岩が目立つ地域へと入りつつある。

 険しい山々が近づき、その間を縫うように走る街道はある程度整備されてはいるが、山越えをするわけではないので山岳地帯の横を滑るように通り抜ける形になる。


 その後は大きな森を抜けることになるが、その前に村で休息となる


 ◇


 死角が多い場所では、当然待ち伏せに最適なポイントもあるわけでアマミ村という大森林前の休息地までの道のりで襲われること2回。

 いずれもイクスが先んじて気づいたために、迎撃態勢を取れたことから初手で大打撃を喰らったゴブリンたちは瞬く間に逃げ出したり、オーク・ゴブリン混じりの集団が同じ目に遭って壊走している。


 いったいどういう魔法なのかと同業者からせっつかれたが、イクスは視力が良いと答えるだけだ。


 今回のルートにおいて重要拠点となるのがこのアマミ村となる。森林や水上都市ロゥヴェールに流れる大河の支流ロマール川での漁業と農業そして交易の補給拠点のため村の経済は豊なほうだ。

 理由としては農業漁業にいそしむ男達と酒場や宿屋経営で切り盛りする女たちの活躍が大きいだろう。


 ジジルという鮭に似た魚が非常に美味で名物料理と山間のブドウ園から採れた葡萄酒の人気が高い。

 ある意味地域経済発展のお手本のような村である。


 レイジも早く水浴びして体を清めたい気分だったが、冒険者たちの打ち合わせに参加しなくてはいけなくなった。

 どうせ宿割りで良い部屋の取り合いとかそういう話だろうと思ったが、村の集会所を借りて集まっていたのは見慣れない冒険者たちも数多くいたのだ。


 どうも数日前に到着した隊商の護衛冒険者たちが俺たちを呼びつけた形らしい。

 そのリーダーらしき初老の男は立ち上がって名乗りを上げる。


「俺は冒険者ランクC 剣士のウォービス。お前たちに集まってもらったのはほかでもない。実は想定外の事態が起きており、俺たちの隊商も足止めを喰らっているんだ」

 ざわつく集会所だが、先行組の様子がどうにもおかしい。怯えて先に進めない子犬や子猫を思い出させるような不自然さがそこにあった。


「想定外の事態について説明しよう。三日前のことだ、ルートの確認と安全確保のために森へ入った偵察隊が行方不明となりいまだ帰ってこない。その後、捜索隊を出したのだがこれも・・・・」

「ウォービスさんよ、そもそも森はそこまで危険って情報はなかったはずだぜ?そりゃゴブリン、オーク、ウェアウルフが目撃されているがそこまでの相手とも思えない」


「その疑問は最もだが、偵察隊及び捜索隊はCランクの腕利きばかりだぞ」


 その発言に全員が黙り込んだ。Cランクとえば一人前であり幾多の依頼をこなしてギルドランクを上げた経験者たち。おいそれと全滅が二つも続くは思えないのも頷ける。

 妖人種の集落は奥地に存在するらしいが街道沿いは冒険者たちの反撃にあうため、ここ十数年は近寄ることさえしないというのが奴らの習性になっているらしい・・・・


「そのために商隊が足止めをくらってしまい、先へ進めなくなっているのだ。長年隊商護衛の依頼をしているがこんなことは初めてだ。念のためにと行かせた偵察部隊だったが・・・・」


 きっと仲間たちだったのだろう。無念さが顔ににじみ出ている。


「そこでなんだが・・・・・君たちの中で非常に気配察知が得意な者がおり腕もかなり立つと聞いているのだが・・・・」


 はいきました。そこでしたか、なるほどこうやって巻き込まれていくのですか。

 答えるまでもなく手を上げるまでもなく、到着したばかりの冒険者全員が俺とイクスを視線で指さした。


「君たちが?」

「・・・・いえ人違いです」


「お前ら以外にいねえだろ、もう覚悟を決めろ!」

 グニールの奴が余計なことを・・・・

「このままでは君らも仕事にならないだろう? きっと隊商たちの間でも話し合いが行われているはずだ。偵察依頼を受けてくれないだろうか?」


 面倒ごとはごめんなのだが・・・・


 ”

 マスターへ提言。私とマスターの二人であれば射撃による対応が可能なため戦闘であれば問題なく処理できるでしょう。

 さらには余計な人員が入ると行動に制限がかかり、私たち以外のメンバーであれば犠牲が増え予定も遅れると思われます。

 ”


「俺とイクスの二人なら考えてもいい」

 ここで冒険者連中が騒ぎだした。俺たちじゃ足手まといってことか?などと口に出しているのがまた・・・・めんどい!


「勘違いしないでくれ、今回の目的は戦闘じゃなく情報収集だ。討伐ならみんなで向かうべきだろうが、機動力の高い俺たちがささっと見てくるほうがいい」

「たしかにお主の言う通りじゃな」


 ウォービスは俺とイクスのレベルの低さに驚てはいたが、何より俺たちを推薦したのがあのグニールだったことは意外過ぎた。

 出発は今から、すぐに水と食料を最低限持って出かけることにする。


 時刻的には15時頃だろう。

 夕暮れまで近いが、夜には一度戻るようには言われている。


 出発直前だった。あのグニールが現れて俺に耳元で呟くように言った。

「あのポーションお前がくれたんだってな・・・・その変な当たり方をして悪かった。代金は必ず返すからちゃんと戻ってこい」


 照れ臭そうにすぐ宿へと入ってしまうグニールは、なんだか憎めない奴だった。

 するとイクスと俺は早足で森へと向かう。


 イクスは俺の速さに合わせてくれているが、これでも修業で一日数十キロを走らされていたから体力にはそこそこ自身はある。

「気になる情報があればすぐ俺に知らせてくれ」


 ”イエスマスター”


 通常であればそこそこの道幅で大森林を突っ切るこの街道は往来がかなり多いことでも有名らしい。

 だがこの状況では出口側でも足止めを食っている可能性がある。


 本来なら朝出発し日暮れまでに向こう側の中継地に到着できるらしいが、あちらからもまったく馬車がこないとなれば答えは単純。

 街道を通過できない状況が発生している。


 封鎖されていたり、魔物に片っ端から襲われていたりだろう。個人的には街道が大きく崩れて馬車が通れないぐらいのトラブルのほうがいいのだが・・・・この首筋がちりちりと、胸元の縁結びのお守りが小刻みに震える様子から魔物関係かなぁと諦めつつある。


「待てイクス!」

 ざっと立ち止まった彼女は不思議そうにまだ反応ありませんよ?といった顔で俺を見つめている。

「瘴気だ・・・しかもこの濃度は実体化している可能性が高いな」

「マスター、瘴気について教えてください」


 そうかイクスにはこの瘴気を感じるセンサーがないってことなのか。

「瘴気は人の憎しみや悲しみが死体から染み出し蓄積していくもので、多くの妖や化け物を生み出したり餌にする奴らまでいる」


「・・・・スキャニングデータを再分析しましたが、変質魔力でもないためサーチ不可能でした」

「イクスにだってできないことの一つや二つあってもいいんじゃないのか?ここは俺のセンサーでいくぞついてこい」


「イエス!マイマスター!!!」

 やたらうれしそうに声が跳ねている。


 先ほどまではイクスの高機能センサーに頼っていたため走ってこれたが、これからは歩きで瘴気の気配を探りながら向かう。

 日はまだ落ちていないというのにこの薄暗さは森というだけではないだろう。


「イクスちょっと待ってくれ。お前を邪気から守る術をかける、動くなよ」

「邪気・・・・?マスターは私の知らない系統技能をお持ちですね」


「南無本尊界摩利支天 来臨影向 其甲守護し給え」パンと手を合わせ、守護の念を込める。


 ふっとイクスの周囲に淡く穏やかな膜がかかったような感覚になる。

「マスター・・・・モニターしていましたが、測定不能な霊力放射が確認できました」


「今は分からなくていい。お前にも傷ついてほしくないからな」

「・・・ママママ・・・マスター・・・・」

 何か言っているようだが、とりあえず瘴気を察知することを最優先にする。


 瘴気の流れが掴めてきた。森の中に点在する岩山の一つへと向かっているようだ。

 さらにその方向に大きな魔力反応をイクスが発見する。


 奇妙な何かがこすれるような音がその方向からしてくる。

 鳴き声?うめき声?ともとれるようなひしゃげた金属にも似たこすれるような不快な音だ。


 その存在をイクスが確認した時にはもう奴は大きく跳躍し俺たちに襲い掛かってきた。


「蜘蛛だと!?」


 ”ライブラリ展開、該当データとの照合結果98,93%の確率で種別:死骸蜘蛛 と判明。死体や骨を吸収しその外殻を作り上げているそうです”


 つまりだ。

「ここは俺の出番ってことになるな・・・・オン キリキリバザラバジリホラ マンダマンダ ウンハッタ!」


 イクスに簡易結界を張り巡らすと、二階建ての住宅ほどもある巨大な蜘蛛が木々を押し倒しながら現れる。

 そしてその姿に嫌悪感、いや吐き気すらこみ上げてきた。


 人や魔物の骨によって蜘蛛の足が形作られ、その腹部には多くの犠牲者たちの顔が浮かび上がっている。

 皆苦悶の表情を浮かべ、呻き声を発していた。

 胸糞悪い・・・・・


 これほど邪悪な魔物がいるのか・・・・


 その頭部も頭蓋骨のような不気味さと巨大な目を俺に向ける。空虚な黒闇に包まれた眼窩に睨まれただけで呪われてしまったような不快感に陥ってしまうほどだ。


 すっと振り上げた鋭い前脚が俺を貫こうと振り下ろされる。それ自体は避けることは簡単ではあったが問題はその後の奴の動きだった。

 ミシンのように打ちつける攻撃に距離を取って避けようとするが、あの巨体で!?と驚くほどの俊敏さだ。


 ”牽制射撃開始”

 イクスの左手掌の一部がスライドすると、そこから青白い光弾が連続で撃ちだされる。これがオーラバルカンか!?


 その威力は一撃で大木を粉砕するほどだが、あの死骸蜘蛛の表面を削り抉ってはいるものの本質的なダメージを与えられないでいる。

 ”射撃効果 36%”


 だがイクスに注意が向いている間、俺は体勢を整えることができた。

 既に大鎌を展開し前足を斬り飛ばしたりしているが、すぐに再生し斬れた足を糸で取り込み吸収していく様は身の毛もよだつ不気味さだ。


 糸を岩山に放ちながら立体的な動きで獲物を追い詰めていくのが奴の得意技なのだろう。


 木々を縫うように走り抜けながら俺は指示を飛ばした。

「イクス、あの岩山に奴が糸を放ったらその着弾点に集中射撃だ」


 すぐさま奴はまた岩山に糸を放ち俺を先回りするつもりなようだったが、ここはイクスの射撃が見事に岩山の表面を砕き途中で放り出された死骸蜘蛛が木々をへし折りながら落下する。


「ナウマク サンマンダ ボダナン バヤベイ ソワカ! 風天神! 破邪烈風!」

 風天神の印を結び、相性の良い天部の退魔術を放つ。


 森での戦いでは火を放つことは禁忌に近い。

 だから好んで使われるのが風や水系の呪文と相場が決まっているが、セオリーに倣って瘴気を吹き飛ばすつもりで烈風が奴を切り刻む。


 体に刻まれた顔からは無数の悲鳴があがり苦しんでいるが、奴を滅しなければ救いはないのだ。


 イクスが背後に着地し、護衛に入ってくれている。


「イクス、奴の動きを10秒程度でいい止められるか?」

「イエスマイマスター!全力で動きを止めます!」


 言うが早いか飛び出したイクスは、体勢を立て直しかけた死骸蜘蛛に対し、折れた大木を担いでそのまま殴りつけるという離れ業をやってのける。


 数十人の悲鳴と呻きが心を抉る・・・・だがここでくじけてはだめだ!


「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前!!」


 ちょうど前足数本を叩きつぶされた蜘蛛がイクスに糸を吐き続けていた時だ。

 俺の目の前に現れた九字方陣が淡い日輪の輝きを放ち指の動きに合わせ、音も無く死骸蜘蛛に叩きつけられる。


 レーザーで切断されたように九字方陣でその体を焼き切られた死骸蜘蛛は強烈な悲鳴と咆哮を発し抱え込んだ瘴気をまき散らしながら体を崩壊させていく。


 イクスの手を引いて離れると、ずるずると崩れ落ちながら内部に囚われていた魂が解放されていく。

 良かったな・・・・俺の来世はないがお前らは良い人生を送ってくれ・・・・


 だが解放されたことに気付かない魂がまだ数十も周囲に浮いている。


「オン カカカ ビサンマイ ソワカ・・・・」

 地蔵菩薩印を結び、魂を鎮めるための真言を唱える。

 坊主でもない俺に出来ることは少ないが恨まず迷わず、希望ある来世を・・・・どうかしばらくは安らかな眠りを・・・・

 そっとイクスが護衛についてくれるが、やがて魂は静かに天へ昇っていったように思えた。



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