互の目乱れ刃 沸の妙味・・・・

 死骸蜘蛛の浄化を確認したところでイクスの魔力感知に大きな反応があることを思い出す。

 当然イクスは魔力反応に対し警戒態勢を取っていた。


「魔力反応、移動しておりません」

「まるで待ち構えているみたいだな」


 距離にして300mほど。岩山のでっぱりの向こう側といったところか。

 既に夕暮れの気配が近づき森の暗さが加速度的に増してきている。


 俺の眼にその魔力反応の正体が視認できた瞬間だった。

 びりびりと首筋が悲鳴を上げるようにざわついている。


 恐らく今まで出会った中で最強クラスの敵だろう。あのリビングアーマーどころではないはずだ。


 身長は180cm半ば、筋骨隆々とした体躯に黒系で染められ装飾もほどほどにされたプレートアーマーを纏い、背中には両手剣を背負っている。

 白髪と長く白い顎髭から初老の域に入っていると思われる。


 歩む足が重みを感じねっとりと纏わりつく殺気?いや強者の放つ闘気のようなものに真綿で首を絞められていくかのような錯覚に陥る。


 100mをきったあたりでその男の肌が青白い・・・・これは不健康という意味ではなく本当に青身がかった色だということに気付く。


 ”マスターレイジ。あの肌色の特徴は魔族 クリーガー族の特徴に一致します”


 魔族・・・・なるほどこの圧倒的気配も頷けるってもんだ。

 さてやる気ならとっくにしかけてるだろうが。


 5mほどの距離まで来て歩みを止めると、魔族の男は含みのある笑みを浮かべる。


「多少懐疑的ではあったのだ。このような与太話に乗せられていいものかな、こうして大切なお方をお預けせねばならぬとはなんとも我が身の未熟を恥じるのみだ」


 何を・・・・言っている?


「お前があの死骸蜘蛛を放ったのか?それとも偶然か?」


「なんと答えたらお前は満足なのだ?黒髪の剣士よ」


「剣士?俺はギルドの適正検査じゃ無適正って言われてるんだぜ?」

「まさか・・・・本当であったか」


 ん?無適正でかなり動揺しているように見えるが・・・・


 っと、男が背中の剣に手をかけ身構えようとしたが、すぐにその剣を地面に突き刺し両手をフリーにする。

 敵意はないと言いたいのか?


 そっと柄から手を放すとイクスにも射撃姿勢を解除させる。

「話が逸れたが、某はかの大預言者の導きでここに訪れたのだ」

「大預言者?」

 敵意が感じられないため、真意を探ろうと俺は奴の目の前までやってきた。

 見ると鎧は傷だらけ。顔にも傷跡が生々しい。


「大預言者を知らぬか、まあ良い・・・・某は預言の通りここで待っていれば黒髪の剣士が現れると聞いてここまできたのだ。おまけに無適正者のな」

「話が見えないな。俺が来たところで何がどうなるんだ?俺を殺しても別段得になることなんてないと思うぞ」


「謙遜するなよ。さきほどの死骸蜘蛛との戦闘でお前の力の一端は見せてもらったよ、底が知れぬ・・・・ならば預言に従うのも悪くないと思ったのだ」


 地面におかれた大きな袋から両手の平に乗る程度の大きさの小箱を投げて寄越す。

「っと、なんだこれは?爆発するとかはなしだぞ?」


「はははは!おもしろいなお前・・・・いや失礼であったな。安心しろ預言者から貴殿に直接渡せと頼まれたものだ中を開けて確認させろと厳命されている」


 びくびくするのも恥ずかしいので俺はオルゴール箱に似た蓋を開けてみる。

 中には・・・・不思議な材質の革袋が一つ入っているだけだ。


 手触りも良く、刺繍が丁寧にされた奇妙な文様の袋だが??


「その箱は貴殿にしか開けられぬと預言者は言っていたが、まさか本当に開けてしまうとは・・・・せっかくだその袋の中身が何であるかを某にも見せてくれ」


 ごそごそ・・・・明らかに袋の容積以上の深いところに何かがある!?


 ”警告、その袋が持つ位相性の空間魔力は強大であります”


 すっと手に吸い付くように握られた何かに、俺の記憶の奥底にある何かが反応した。


 勢いよく、衝動に駆られて引き出した物・・・・・

「!!!」


 言葉にならなかった。それは黒光りする鉄ではない何かの金属で作られた鞘だった。細かく奇妙な文様が繊細に彫られており紋章のように見えなくもない。


 やや反りが見られる鞘から伸びるのは黒地の柄糸で縫われた握り心地が胸に染みる。


「それは剣なのか?細身であるように見える」


 恭しく俺はその剣に一礼すると、柄を下にしてからするりと鞘を抜く・・・

「ぬお!!」

 思わず魔族の戦士が唸り声をあげ、俺も言葉を失った。


 紛れもなく・・・・求め続けた刀が目の前にあった。


 身幅広く、重ね薄い・・・・


 そう聞こえてくるようなあの希代の名刀を彷彿とさせる美しい刀身。


 目測、二尺八寸。最も使い慣れた長さと重さ、重心・・・・どれもが俺のためにあつらえたような仕上がりに胸が湧きたつのを抑えきれない。

 刃文は互の目、乱れ刃・・・・・沸の美しさが迸る様だ・・・・間違いないくあの天下の名刀を彷彿とされる出来だろう。


 ”マスターレイジ。この剣の構成要素をスキャニングしましたが、謎の技術により解析不能でありました。それほどの剣であるのですね?”


「これは剣じゃない、刀だ」


「カタナ・・・・いや素晴らしい・・・某は400年ほど生きているがこれほど美しくそして力強さを持った剣、カタナというものを見たことがない!」


「えっと、これ返せって言われても嫌だよ?」

「まあそんな顔をした貴殿から取り上げるほど某も悪魔ではない。その袋は希少価値の高い魔法の袋だろう、恐らく人の家一軒分ぐらいの収納能力があろう」

「まじか!?」


「まじだ。そして・・・・代金という訳ではないが預言者より託されたもう一つの存在・・・・・さあ姫様こちらへ」


「「姫!!?」」

 俺とイクスがはもるぐらいあり得ない言葉が聞こえたのだ。


 恐らく巨大な魔力反応が近すぎて判別が難しかったのだろう、岩山の窪みから出てきたのは12,3歳の小柄な少女だった。


 身長は130cmほどだが顔立ちに幼さが滲み、真夏の青空を思い出させるような紺碧色の髪が腰まで伸びている。

 ツーサイドアップにしているあたり、おしゃれに気を使っているようにも見えるが緋色の寂しそうな瞳と、不安そうな表情が庇護欲をそそる。


 顔立ちはどことなく日本人を想起させるような堀の浅い容貌だが、大きく凛々しい目とこの年代特有の刹那的な美貌とかわいさが同居した美少女だ。

 前髪がぱっつんなのと身に着けたダークグレーのマントのために根暗な印象を与えそうだが、目の奥に秘めた光の強さは尋常でない覚悟が滲んでいる。


 ”マスターレイジ、以前から察知していた魔力反応はこの少女であると判明しました。グルノアで観測した魔法使いの平均魔力値の100倍以上です”


 100倍!?それに姫ってどういうことだ?やばい、胸の縁結びが非常に熱くなっているが同時に細かく振動している・・・・・


「イクス、とりあえず索敵だ。嫌な予感がする警戒しておけ」

「了解マイマスター」


「姫ってどういうことだ?」


 その少女は魔族戦士のマントの裾を掴みながら心細げに名を呼んだ。

「この方は魔族の姫君であらせられるのだ、国王陛下が預言者の助言を受け姫の身辺を案じ人間の中に身を隠すよう某に託されたのだ。むしろこのまま王城にいては命を落とされるという・・・・」

「ボッシュ・・・・」

「姫様、ここまで大預言者様のお告げ通りでございますし、さきほどからあのレイジという少年は一瞬たりとも気を緩めてはおりませぬ。あの死骸蜘蛛を倒した手並みといい腕は立ちますぞ」

「そういうことじゃなくって・・・・・」


 魔族?? ボッシュは肌が青いけどこの子は人間にしか見えないぞ?

「ボッシュさんとやら、要件をはっきりしてもらおうか。ここも安全じゃなくなるみたいだぜ?」

「そのようだな。ではエスメラルダ姫を貴殿にお預けしたい」


「は??」


「大預言者様があなたなら過酷な運命にある姫をお守りできると・・・・このボッシュ、これより姫様を狙ってこの森に集まったレッサーデーモン共を引きつけ逆方向へまいります」

「いや、ボッシュ行かないで」


 まるで涙のような囁きをボッシュは聞き逃さなかった・・・・

「姫様・・・・・お父上は必ずや回復されダルギーバ族を打ち果たすでしょう。それまで生き延び力をつけてねばなりませぬ・・・・このボッシュ、必ずや姫様の元へ馳せ参じましょう」

「・・・・死なないでね、ボッシュ!」


「はっ!ありがたき幸せ!!」


 なんだろうこの置いてけぼり感。とりあえずだ、俺に今できることはこれくらいだろう。

「ボッシュさんこれを」


 手渡したのは念のために持ってきていたヒールポーションだった。

「魔族でも効果あるんだろ?既に結構傷を負ってるみたいだし使ってくれ」


 そのとき、ようやく姫が俺に関心を寄せてくれたように思う。

「かたじけない・・・・では某はこれにて・・・・そこの発掘人形殿、気が向いたら姫様と仲良くしてやってくれ」

 すごい、気づいていたのか。


「ボッシュ!?」

 ボッシュは腰ベルトにつけた袋から不思議な輝きを放つ首飾りを取り出すと、しょんぼり落ち込むエスメラルダ姫にそっとかけてあげるのだった。

「姫様、これはあなたの強大な魔力を隠す効果がある首飾りです。絶対に外してはなりませんぞ」

「・・・ボッシュ・・・・死なないでね!」

「これが末期の別れではありません。次会うときまでにもう少しお転婆が治っているとよいですな・・・・ではレイジ殿!!」


 引き受ける約束を示していないのにボッシュは走り去った。

 それだけ緊急事態だということだろうか。嫌々引き受けるとかそういう表情を出してはこの子がかわいそうだと、俺なりに事情を呑み込もう必死だ。


 森で起きていたのは魔族や死骸蜘蛛たちが暴れたせいだったのだろう。

 だが、気は抜けない。

 ボッシュが魔力を放出しレッサーデーモンとかいう魔物を引きつけると言ってはいたが、胸騒ぎは収まる気配を見せず胸の縁結びお守りも熱くそして震えが強くなる一方だ。


「エスメラルダ姫だっけ、俺たちについてくることに不満はないってことでいいのか?」

「・・・ボッシュがそう、言い聞かせてきたから・・・・」

「えっと君のお父さんが王様なんだっけ?」

「うん・・・」

 意外に尊大ではなく追い詰められたかわいそうな少女であることは間違いないし、こんな子を見捨てて逃げ出せるほど冷徹になりきるのは不可能だ。

 話した印象では、覚悟をしており生き延びようという強い意志が伝わり、不満はあるが従う覚悟はできている、ということか。


「なら問題ない。俺たちは村に帰還しなくてはいけないが、これから君のことは正体を隠すために・・・・そうだな、俺の妹の名前を偽名として名乗ってくれるか?ユキノ・・・でどうだろう?」

「ユキノ・・・・短い名前に憧れがあったし響きがかわいいから・・・・うんそれでいい」

 やや表情が崩れてくれた。


「イクス、ユキノを保護した状況について説得力のある言い訳を数パターン検討してくれ」


 歩きながらイクスの敵感知と瘴気の気配を探りつつ進む。



 ◇



 夕暮れの最中、紅の木漏れ日が森を染め上げていく。

 ユキノは魔族の血を引くだけあって基礎体力はしっかりしているようでレイジとイクスの歩みに遅れることなくついてきた。


 多少配慮はしていたが、さして疲れた様子も見せていない。


 このまま無事に村まで戻れるかは思っていない。

 胸の縁結びのお守りが、今までにないほどに激しく震えていたのだった。


 まるで来ることが分かっていたかのように街道沿いの道の中央で待ち構える人影がある。

 背は高く体格も良い。濃緑色の鱗肌と黄色の目がギラリと光りレイジたちを見据えていた。


 背中には両手剣を背負い、ふてぶてしい表情で背中の剣に手をかけている。

 通さないという意志が迸り、イクスにユキノの護衛を命じると軽い足取りでその男と対峙した。


「ボッシュの野郎はいないのか、とりあえずそこの姫を渡してもらおう。お前らも死にたくはないだろう」


「あんた誰よ?」


 レイジの問いに本気で驚いた様子の男は不敵な笑みを浮かべながら答える。

「魔獄騎士団百人隊長ズワイト」


「う、うそ! ま、ダルギーバの魔獄騎士団 ズワイトって・・・・四業の一人! 最強の一角・・・・」

「そこの姫様ならやはり知っていたか、そう四業の一人、羅業のズワイトとは俺のことだ」


 中二くせえ・・・・だが口だけではない強さは決してはったりではないだろう。


「約束したんでな、お前には渡さない」


「そうか、なら後悔して死んでいけ!」

 キィィィン!


 ユキノに向かって撃ち込まれた超速の剣をレイジが受け弾く。


「ほう、俺の剣を止めたたか」


 抜き打ちであの両手剣の勢いを殺し撃ち弾くレイジの剣技もさることながら、鉈のような巨大な剣を振り回すズワイトの膂力は凄まじいものがある。


「驚いたのは俺のほうだ。この業魔剣を受けて折れずに原形を保つその片刃の剣は何なのだ!?」


「てめえ本気であの子を殺す気だったな・・・・」

「それが我が使命なり!」


「ふざけんなあああああ!!!」「ぬぅ!」


 突風が吹き抜けたようだと錯覚したほどにレイジの闘気が膨れ上がっていた。

 <イクス、手を出すな・・・・ユキノを全力で守れ>

 <イエスマスター・・・>


「使命だと!?小さな女の子を殺すことが使命だと!? てめえの剣はそんなことのためにあるのか?」

「ぐっ・・・・! 知ったようなことを!!!」


「てめえの理屈なんざ知るかあああああああ!!!」

 一瞬で距離を詰めたレイジの動きに抗しきれずズワイトは剣を盾代わりに飛び下がる。

 だが、キィン!っと光輝く剣閃が鉈のような肉厚な大剣を袈裟掛けにぶった切った。

「おらああああああ!」


「くっ!我が魔剣が!!」


 折れた剣先が街道の端に突き刺さる。


 ユキノは理解できなかった・・・・・恐らく自分は引き渡され殺されるんだ、そう思い覚悟していたからだ。

 ズワイトと言えばあのボッシュでさえ勝てるかどうか・・・・いやどれだけ持ちこたえられるかと彼は言っていた・・・・


 でも目の前で起きていることは何だ?

 あの頼りなさそうで子供たちと遊んでいるほうが似合っていそうな優しそうな目をした黒髪のお兄さんが・・・・自分を守るために命をかけ、あのズワイトを圧倒しているのだ。


 気付くと、頬を流れる涙が・・・・そして自分を守ろうとしてくれているあの金髪のメイドさんがいる。


 死ななくていいの?

 でもどうしてそこまでして?


「てめえがいかに強い剣士だったとしてもな!!俺たちの剣術が絶対に負けねえ理由がある!!」

「何だと言うんだ!おのれえええええ!」


 腰の袋から両手剣を再び取り出すがさきほどまでの鉄塊ではなく、バスタードソードという類のものか?刀身が黒く魔族に似合いの剣に見えた。


 二人の剣士が睨みあう。周囲の草花が闘気で揺れ動いている。


 ズワイトが突きから繰り出される一連の剣技を放つ。高速移動と容赦のない魔剣技の数々に空気が揺れる。


「ダークブレイド!! トリニティスラッシュ!!! うおおおおお!! 邪骸幽獄剣!!!」


 周囲の木が切り倒され幹が抉られるなか、レイジは何食わぬ顔をしズワイトの背後で堂々と晴眼に構えていた。

 怒りに顔が歪んだズワイトは、上段に構えた剣に黒い魔力を漲らせる。


「業魔瘴念破!!!」


 黒の剣閃が刃となってレイジではなく後ろのユキノたちを狙ったものだった。


「・・・・二度もあいつを狙ったな」

「ぬぅ!あれさえ防ぐのか!!」


 正面から気を込めた剣で黒い剣撃を打ち払ったレイジ。だがその目は鋭く見据えるだけで怒りは満ちていない・・・・

 恐ろしいまでに集中された精神が生み出す無に近い領域。


 ズワイトは気づいていなかった。自分の手が震えていることにすら。

 だから目の前から晴眼に構えたレイジの姿が消えたことにも気付けず、自分が大地に転がっていることを認識できないまま目の前の視界が半分に・・・・なったことへ疑問を感じながら・・・・


 そこで奴の意識は途絶えていた。


 切り抜けたレイジが刀の血を拭い、そっと鞘へおさめる。


「俺たちの世界の剣術がな、お前らみたいな奪うだけの剣術に負けるはずがねえんだよ!・・・・・師匠、ありがとうございました」


 ユキノは流れ落ちる涙の理由にやっと気づくことができたような気がする。

 この人は・・・・

 レイジという人は、きっと・・・・・

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