六属性使い<ヘキサメント>

 荷馬車や旅人、徒歩で目的地に向かう冒険者たちとのすれ違いが加速度的に増えてくる。

 デュランシルトの匂いが冒険者たちの肩から風に流されてくるような気にさえなってきた。


 昼食用にと湯で戻した干し肉を調味料で味付けして形を整えコッペパンに挟んだ物を皆おいしそうに頬張っている。

「レイジさんは料理人の才能もあるんじゃないですか?」

 本気でダイクさんが感心するほどで、ヒラル婦人は後でこのパンのレシピを教えて欲しいと大真面目に懇願しているほどだ。



 メアリーはユキノに教わりながら魔法の稽古をしている。

 日常生活に役立つちょっとした水を出す魔法を練習しているが、水滴が少量落ちるばかりでうまくいかないようだ。


 それでも根気よく怒らずにメアリーの指導をするユキノに、感心するばかりだ。

 中々こう辛抱強く指導するのは難しいことだし、本気でこの子には物を教える才能があるかもと思い始めている。


 そうこうしているうちに、交易商人たちの荷馬車がデュランシルトの税関兼入街税の門へと差しかかる。


 グルノアがかわいく見えるほど大きく巨大な城壁と高い建物、そして何より都市の規模が比較にならない。

 周辺にはぱっと見だけで遺跡のような建造物が4か5つほど目に付くほどである。


 気になるのは街に入りきれない冒険者たちが城壁の外でテントを使って生活しているような様子だ。


 冒険者の光と影、おそらく中で暮らせる者たちはまだましなのだろう。

 彼らも夢を諦めることなく必死に生きているに違いない。


 そしてこれからの冒険者生活こそ、一瞬でも気を抜けば死に直結するような競争でもあることを覚悟する。

 イクスは膨大な情報をスキャニングしながら、デュランシルト周辺の地図を仕上げると伝達してきていた。



 ◇



 入街に関する処理を終え、城門をくぐりあの目的地であったデュランシルトへ到着したのだ。

 これほどの長旅は生まれて初めてなだけあって、感慨深いものがある。


「レイジさん、よろしかったらうちの店へ寄っていきませんか?大事なお話がありますので」

「はい、もちろんいいですよ」


 何気なく安請け合いをした気にもならず答えたが、きっと報酬の支払いに関することだろう。

 ユキノはメアリーより大分年上なのだが、それでも二人して初めて見るデュランシルトの規格外の発展ぶりに目を輝かせていた。


 渋谷や新宿高層ビル街などを良く知る俺にとっても、北欧風の建物や石造りの5,6階建てに相当する商家や何かの施設がブロックごとに整然と立ち並ぶ様は箱庭ゲームの建物建築を想像させるような完成度だ。


 大きく二つの環状道路があり、外環と内環といった具合に多くの荷馬車やの巡回型の乗合馬車が走り回っている。

 路面も轍に後が残りにくいような特殊な加工がしてあるようで、様々な魔法技術がこの街で息づいているのだということをうかがわせてくれる。


 荷馬車がするりと外環通りに入ると手慣れた様子で10分ほど走らせてから大きな商家?問屋なのか?”バーミリオン商会”と書かれたかなり大きな建物の前につけられる。

「ああ! 旦那様!!旦那様がお帰りになられました!!」


 若い番頭見習いといった青年が奥に声をかけている。

「ケイン、留守を任せてすまなかったねやっと戻ったよ」

 旦那様??

 やたら多くの店員たちに慕われているようだが・・・・

 メアリーやユキノもきょとんとしてその様子を眺めている。


「ささメアリーはお婆ちゃんとお部屋に行きましょうね。あなた、レイジさんたちのこと頼みましたよ?」

「ああ、メアリーまずはゆっくりと疲れを取りなさい」

「はーい!」


 きっとお着換えか何かだと思っているのだろう。

 俺たちとお別れと思っていないのは、逆に明るいあの子には良いことなのかもしれないと少しだけ寂しさを感じていた。

「ケインや、この方たちは旅で知り合った恩人の皆さまだ。応接室へご案内して冷えた飲み物を頼みますよ」

「かしこまりやした!!」


 威勢の良い掛け声と女中たちに指示する手並みから将来を期待されているのかもしれない。

 応接室は過度な調度品はなく、質素だが質の良い家具やソファーが置かれた雰囲気の良い部屋だ。


 ソファーに腰かけると思わずユキノと一緒にふぅと安堵のため息をついてしまう。

 ケインがにこやかに冷えた果実水を俺たちに持ってきてくれた。イクスも受け取るだけ受け取るとどうしたものかと一口、口をつけているようだ。


「さてお話しと言いますのはまず報酬のことでございます。今用意させておりますのでお待ちください・・・・そしてここからが本題なのですが・・・・」


 とダイクさんは己の素性を含めて話を進めてきた。


 ”

 お察しの通り、私はこのバーミリオン商会の代表を務めております。

 デュランシルトでも5本の指に入るほどの規模まで発展させてもらいました。


 さて、私共が提案する前にご説明したいことがあります。街に入る前にあなたが方も見たでしょう? 街の外でキャンプ暮らしをする冒険者たちです。


 なぜ彼らが外で暮らすのかと言えば、デュランシルトは家賃が異様に高いのです。いわゆる一般的な宿のベッド一つの部屋を1月借りるだけで3万レーネから4万レーネになるのです。

 そうなると冒険者たちは少ない稼ぎを家賃に使うのが馬鹿らしくなり、外で生活する者が増えていったのです。


 この状況は改善せねばなりませんが、中で暮らせている者はごく限られた人たちだけなのです。

 そこでご提案が・・・・・


 うちの商会の空き部屋を二部屋、提供してもようございます。家賃も今までのお礼から無しで構いません。ただ少々商いにご協力いただければと・・・・

 冒険の邪魔になる頻度ではなく、何か月かに一回ほどお願いしたいことがあるのです。


 ”


 なるほど、さすが商人ただでは起きない。むしろ全て善意であったほうが疑わしくなって困るというもの。

「さすが商会のトップとなれば、ごまかしようもないよな。目当てはこの魔法の袋・・・というよりその収納力にあやかりたいってとこかな?」

「レイジさん、慧眼でありますな。魔法の袋というものは、商人であれ冒険者であれ垂涎の品でありましょう。しかも契約をした持ち主以外は使えず、その者が命を落とせばただの袋に戻るという特殊な品です」


「それは初耳だった。受け渡しは不可能なんですね?」

「可能な収納力が低い量産品もあるとのことですが、それさえ夢のような話でしょうね」


「お互いにとってWINWINな話ってことですね?」

「左様でございます。搬送依頼はあらかじめ早めに申請しますので、冒険者ギルドの依頼内容を考慮の上で対応してもらえれば十分ですから」


「イクス」

 ”状況分析をしていますが、こちらにも利がある話です。ユキノの体調管理と保護を考えれば商会の建物は強度も高く推奨される事案だと考えます”


「分かった。その話受けたいと思う」

「さすがレイジさんです。もちろん搬送依頼においての取り分は十分な額を用意しておりますので・・・・むしろ交易商人に転職したくなるかもしれませんよ?」

「そのときはそのときです」


 住めればいいとさえ思っていた部屋は、ふかふかのベッドや机、棚や洗面台まである非常に丁寧な造りだ。

 恐らく相場では月に8万レーネはするだろうという部屋。

 俺が一部屋で、ユキノとイクスで共同で使うことになる。そのため後でベッドを運び入れてくれるらしい。


 ことのほかユキノは喜んだ。メアリーと離れなくて済むというのは彼女にとって心の置き所ができたと言えるのかもしれない。


 荷物整理やら何やらやることは山のようにあったが、ひとまず安心できるふかふかベッドに倒れ込むように俺、そしてユキノもすぐに熟睡してしまう。


 ◇◇


 イクスはユキノが風邪をひかないよう毛布を掛けなおした後、監視モードと分析モードのマルチタスクを起動させる。


 ”

 レベルシステムに関する第1453回シュミレートに追加データの登録を実行。

 ユキノより聴取したレベルアップ時の感覚についての検証。


 全身が熱くなり力が体中へ循環していくのを感じる。これより推測できるのは血液中への信号伝達にオルナが使用されている可能性。

 特殊因子性を持つオルナが経験上昇による肉体的変化から生じる脳内物質もしくは特殊タンパク質を感知することで、全身伝達という指示を出している可能性について。


 基本的なシステム構造に近づいてきたが、核となるベース構造の全体図が不明なために検証は困難を極める。


 マスターレイジの戦闘能力は人間の限界を超えた剣技と特殊霊力術により現状でも十分に通常冒険者を凌駕するが、レベルアップシステムによる成長を放置して良い理由にはならない。


 冒険者ギルド本部としての保有している情報をさらに収集し、ベース構造の解明をすすめなくてはならない。


 ”


 ◇◇


 翌日、商会備え付けのシャワーでさっぱりした俺たちは、冒険者ギルド本部へと足を運んだ。

 ちなみにイクスも当初は目立つ汚れを拭き取るだけだったが、臭いがするとレイジに嫌われちゃうよ?とユキノが助言すると、年頃の少女のようにシャワーや水浴びをするようになったらしい。

 ケインに教えてもらったルートで、内環通りを中央付近で降りるとそこは3つの建物が並ぶ大きな空間だった。


 東棟 西棟 中央棟となり、目の前には綺麗に整備された公園とそこでパーティー募集と依頼を見定める冒険者たちでごった返している。

 ケイン情報では、東棟がD、Eランク 西棟が B、Cランク 中央棟が S,Aランクの依頼担当らしい。

 それとは別に北棟が依頼申し込みの窓口になっており、お使いの延長から国家存亡に関わるレベルのものまで多種多様な依頼が投げ込まれる場所だ。


 俺たちは当然Eランクのままなので、東棟に向かいそこでユキノの冒険者登録を行うことになる。

「大丈夫だろうな?変な適正職になって騒ぎになるのはごめんだぞ?」

「前に見てもらったことがあって、そのときはたしかアークウィッチっていう上級魔女の適正だったよ?」

「普通にいそうな職ならいいんだけどな、俺みたく無適正でもからかわれたりバカにされたりすると結構へこむぞ。実際ちょっと泣きかけたからな」


 するとユキノは不思議そうに俺を見上げながら呟くのだ。

「レイジが無適正<ヴァイス>だなんて何かの冗談にしか思えない。きっとその判定機に該当するデータがないだけよ」

「まあユキノみたいにそう言ってくれる人がいればありがたいんだけどな」

 そう頭を撫でると目を閉じてうれしそうにするのが、なんともかわいげで。


 中央棟は遠目からでも使われている建材や石の質、はめ込まれたガラス細工の窓の見事なこと。

 西棟は若干それに劣るが、大理石に似た石が贅沢に使われた建築物で5階建てにもなる。


 東棟は・・・・見た目も木造建築で増改築が繰り返されたのが子供にでもわかるほどカオスめいた建物だ。

 ウィンチェスターハウスかと一瞬思ったが、さすがにあそこまでぶっ飛んではいない。


 入り口から中へ入ると、冒険者たちが依頼の争奪戦後の余韻で悔しがる者、さっそくパーティーを募集する者などで溢れている。


 なんというか皆水浴びもろくにしていないような連中なので、入り口付近は特に臭いがひどい。

 ユキノも鼻を押さえてささっと通り抜けることに決めたようだ。


「ふぅ・・・まだくさいよぉ」

「さすがになぁ、えっと新規冒険者受付は一番奥のカウンターらしいぞ」

 ユキノの容姿とピンク髪のコントラストが見事なまでにその年頃の美少女の一つの到達点とも言える輝きを放っているためか、すれ違う冒険者たちが眼を奪われてしまっている。

 それに金髪ポニテメイドのイクスとくれば、それだけで注目の的になるわけで。


 < 新規冒険者登録窓口 >


「すまない一人新規登録を頼みたいんだ・・・・・が?ん???」


 190cm近い体躯と筋肉ムキムキな体、振り返ったその容貌は・・・・・長い睫毛に綺麗な瞳、口ひげとくればあいつしかいない!?

「ル、ルビーなのかいつの間に!!?」


「あらぁ!ルビーを知ってる人!? でもざーんねん!わたしはルビーじゃなくて、姉のサファイアなの!」


「あ~・・・・そういうこと、ね」ってルビーにサファイア??ポケ〇ンかよ!


「ってことはもしかして・・・・二人組って聞いてたけど、分かったわ。今わかった!レイジちゃんでしょ!?ルビーからの手紙でそっちに行くだろうから面倒を見てあげてって届いてたのぉ!!」

「そ、そうだったのか、えっと俺がレイジでこっちがイクス。んで今日、冒険者登録をしてほしいのがこのちっこいほうでユキノだ」

「ちっこい言うな」


「あらぁなんて可憐でキュートでプリチーなのぉ!?まるで私が小さかった頃みたいだわ」

「・・・・複雑な気分・・・・」


 サファイヤはすぐに書類を持ってきてユキノに記載するよう丁寧に教えている。

 教育は十分に受けているだろうから心配ないだろうが、イクスが横で細かくチェックをしているようだ。


「はい、書類の方はこれでOkね!? 後は適正判定だけど・・・・」

 サファイアが取り出したのはグルノアで見た水晶球に細かな器具がいくつかついたものだった。

「じゃあユキノちゃん、水晶に手を乗せてちょうだいね」

「はい」


「ああもう!こんなかわいくて素直だなんて、サファイアの母性本能がズッキューーーン!しちゃう!」

「いいから早くしてくれ」

「もうレイジちゃんたら連れないわね、はいでは判定スターーット!」


 ユキノも困り顔で水晶に手を置くと、俺の時とは違い鮮やかな光が水晶から漏れ出ている。

 30秒ほどその光が強さを失わず光り続けた後・・・・適正判定の表示が水晶に浮かび上がった。


「あらまぁ・・・・すごいわ! アークウィッチ! 上級魔女の適正が出ているわ」

 それには隣にいた女性職員たちも集まりユキノの可能性を祝福してくれている。

 こんなかわいい子がアークウィッチという強力な職業の適正を持っていることに驚き、ここ数年で国立魔導学院の生徒が一人だけ適正を受けただけらしいと聞く。


 ユキノも素直にうれしそうだが、頬を染めながら照れているようで俺の腰をパンと叩いてごまかそうと必死だ。

「じゃあユキノちゃんは次の測定始めるわよ」


 まるで当たり前のように必要器具を他の女性職員と一緒に運んでいる様子に、ユキノはびくっと何かを思い出したように青い顔をし始める。

「やばい・・・どうしようレイジ」

「おい、どうしたんだ!?」


 ”マスター、ユキノ、冷静に”


「はい、ユキノちゃんどうぞ」

 そこには手型がほられた黒ずんだ金属板があり6色の宝石が手型を囲むように取り付けられている。


「えっと、な、なにをするの?」

「決まってるじゃないの、魔法職であれば相性の良い属性適正を見るためのエレメントボードじゃない」


 まずい、これはまずい。ユキノの表情を見ればど忘れしてました!って顔だぞ。

 冷や汗と作り笑いが痛々しい!


 ”エレメントボードの構造解析を開始”


 イクス間に合うのか!?

 ユキノのかわいさに抗しきれず表に出て手伝いに来てくれた優し気な女性職員がユキノの手をそっとエレメンタルボードへと乗せる。

「あわわわわ・・・・」


「大丈夫よ、そんな緊張しないで」

「そうよユキノちゃん、魔法職適正持ちでも属性適正まである子はかなり少ないのよ?一つでも適正があれば超ラッキー!たまに二つなんて人もいるけどもはや神の恩寵レベルよ!」


 ユキノの目が泳いでいる。おい、まさか二つ以上なのか!?


 あっ目を逸らしやがった! まずいまずいぞ騒ぎになるぞこれ!

「・・・・・え!? なんてことなの!?」

 サファイアが驚愕の声を上げ、女性職員たちが言葉を失い腰を抜かしている。


「六属性使い・・・・・ヘキサメント!??」


 新規登録窓口がただならぬ雰囲気ということでやじうまが集まりつつある。


「すごい・・・・これは歴史的瞬間よ・・・・」

 おいおい、どうすんだこれ。想像していた以上にユキノの才能がやばいレベルだったってことか!?


 ”マスターレイジ、ユキノ、話を合わせてください。これよりエレメントボードへのハッキングを開始します”


「ミス・サファイア、そのエレメントボードの属性石の輝きに気になる揺らぎを見つけたので、もう一度私で計っていただけないでしょうか?」

「え?そ、そうね、チェックが必要ね!?うん、じゃあ手を置いてちょうだい」


「・・・・あら?属性石の反応が・・・・?あら?全部光っているわ」

「可能性としては、回路が混線していると推測」


 裏返し、背部カバーを開けると属性石につながる魔法回路が焼き切れているのが判明した。


「これじゃあ誤作動するのも当たり前よね、イクスちゃんよね、助かったわ。しかし驚いたわね、六属性使いなんておとぎ話の英雄ヒロインのお話だもの」


 だってよユキノ?

 渋い顔でごまかそうとしているが、新たに持ってきたエレメントボードでは無事に、というかイクスの偽装のおかげで・・・・・

「でもすごいわ!二属性使い、ディメントよ!! しかも 水と風だなんてユキノちゃんらしい美しい属性!!!」


「はははは、よ、よかった。うんふたつなんて、うれしい~ わーい」


 棒読みも甚だしいが、とりあえずこれ以上の騒ぎにならなくて良かった。って本当は六属性使いヘキサメントだと!?



※ 属性資質について


水、火、土、風、光、闇 の


単体属性使い モノメント

二属性使い  ディメント

三属性使い  トリメント

四属性使い  テトラメント

五属性使い  ペンタメント

六属性使い  ヘキサメント

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