第39話 吾輩は暇である
「本当にグァルプを殺せたのか疑わしいところだけど、さっきの爆発も気がかかりだし、さっさと戻ろうか」
数歩進んだところで主が足を止めて、再び口を開く。
「交戦中に複製したガ・エルを操作してヤンクロットの眼を奪った挙句、俺に見せびらかす意味なんてあったのか」
そう口にする主の視線は矢張り、グァルプが消し飛んだ辺り一帯に向けられていた。さっきからずっとこの調子だ。
「魔人が魔人を殺すところや、ヤンクロットの眼を見せつけて校舎に魔人ハーティアがいることを口にしたら、自分が大わらわになるなのが分からない程、莫迦じゃないと思うんだけどな」
結果、主はヤンクロットの眼の奪還から、破壊へ即座に方針転換。精霊弓で奴の肉体諸共、粉砕した。
仮にグァルプを殺せていなかったとしても、ヤンクロットの眼の破壊だけは確実だ。
更なる魔人の複製だけは阻止できたと考えれば決して悪くない結果と言える。
「そもそも、アレは本当にヤンクロットの眼だったのか……奴の口車に乗って咄嗟に破壊したけど、自分は現物を見ていないから本当にアレがヤンクロットの眼かどうか分からないんだよな」
――ええい、しゃらくさい。
今、そんな事を言ってもどうにもならないのでジャンプして主のケツを蹴り飛ばす。
吾輩とて気にならないわけではないが、魔人特有の周囲一帯を侵食するような匂いの空白も無ければ、ねばついた悪意も感じられない。仮に殺せていなかったとしても吾輩の嗅覚の範囲内に魔人はいない。後ろを振り返ることに意味はない。
意味がないのだから、さっさと行け。サマーダム大学にハーティアが潜伏しているのかも知れんのだぞ。
主の背中を押すようにして、二度、三度蹴飛ばす。
「わ、分かった! 分かったってば! さっきの爆発が原因で彼女が怪我していたら大事だしな。さっさと戻ろう」
さっきと同じ事を言いながら主が歩みを再開する。
主も漸く奴の暴挙に危機感を抱いたようで徐々に足早になり、そして吾輩を抱き上げ走り出し、断崖を跳躍して登り切る。サマーダム大学が炎上する光景に吾輩を抱く主の両手に力が籠り、口から内臓が飛び出そうになったが、カトリエル女史の無事な姿に主は安堵の溜息と共に脱力したので、主の腕から脱出する。
改めて校舎を見上げると東棟の地上部分は完全に吹き飛び、立ち上る黒煙は地下から出ている。あの時の爆発音によるものだろう。
吾輩が主と合流する前にゴドウェイン・ゼマリノフ学長が言っていた封印指定級魔術兵装が安置されていたと見るべきだが……あの様子では他の魔術兵装も粉々になっていそうだ。
あわよくば主のパワーアップに繋げられたらと思っていたが、都合のいい話は早々転がっているものではないということだろうか。
「申し訳ありません。グァルプとガ・エル、二体の始末は出来ましたが、奪われたヤンクロットの眼を損壊させてしまいました」
「あんなガラクタ、別にどうでも良いのだけれど……グァルプを殺したって断崖の底で何があったの? いえ、そんな些末な事は後で良いわ。まずはあなたの治療が最優先ね」
二体目の魔人の出現に流石のカトリエル女史も驚愕に足元をぐらつかせるが、主の受けた傷はあまりにも大きく、正直立っていられるのが不思議なくらいで、瞬時に物事の優先順位を整理していく。
その結果、魔人グァルプが奪取を目論んだヤンクロットの眼がガラクタ呼ばわりされるのは何とも皮肉な話である。
「大丈夫ですよ。これくらい一晩寝たら治ります。それよりも――」
カトリエル女史のデコピンが主の反論を封じた。
額が割れているので手心を――と言いたいところだが、主の治療に勝る優先事項など存在しないのだから良い薬だ。
大学の敷地内で主とガ・エルの戦いに巻き添えになった者や東棟の倒壊に巻き込まれた者。重傷者は多く出ているが、主に与えられた病室は個室兼手術室。正しくVIP待遇である。
自由、平等、人権が全ての人間に備わっているという無自覚的な日本人の意識が主を気まずい気分にさせたが、帝国は武を尊び、力を貴ぶ国だ。自由や人権は与えられる物では無く、自らの意志と力で勝ち取る物だ。
そういった意味では二体の魔人を殺害、或いは撃退した主は自由や人権を捧げられる立場にある。
「本当に、死んでいないのが不思議でならないわね。これでよく一晩寝たら治るなんて寝言を吐けたものね。両肩も酷いけど、肘は骨が飛び出しているし――」
「え!?」
「呆れた。服の上から確認できる解放骨折だけでも三か所。気付いていなかったの?」
「身体は動いていたので……精々、打ち身と打撲程度とばかり」
「粉砕骨折は二か所。それから、あなたが無理矢理継ぎ直した右手の指、これも何とかしないと剣どころかフォークすら持てなくなるわよ」
実際の怪我と自己認識の差異に主の顔が青褪めていく。
そりゃそうだ。闘争に身を置きながらも化け物じみた力を持つ主にとって、怪我は縁遠いものだ。未知であるが故に何となく恐怖を感じてしまっている。
だから吾輩が動物病院でビビるのだって当たり前なのだ。別に吾輩が臆病者だからではない。
「その、完治までにどれくらいの時間がかかるのでしょうか?」
「あなたの治癒力と受けた傷次第なのだけれど、常人とあなたの回復力を比較できるものでは無いもの。半年か、それとも一年になるか分からないけれど、今は休みなさい。立て続けに大物と戦い過ぎよ」
「流石に一年も寝ていられません。魔人の思惑が動的過ぎる。思っていたよりも状況は逼迫しています」
「良いから休んでいなさい」
カトリエル女史のデコピン再び。
主が額から血を吹いてベッドに沈んだ。
「あなた程の男がそう言うのなら間違いない。そこに疑いを持つつもりはないわよ。だったら状況打開の為にもあなたには万全の状態に戻ってもらわなければならない。それくらい言われなくても分かるでしょう? こんな出鱈目、あなた以外に誰も出来ないのよ?」
数万、数十万の帝国軍を動員して引き分けられた御の字。勝てば奇跡。
死の具現たる魔人を単身で挑んで生還しているだけでも奇跡だというのに、二体を相手取って勝利した主は、奇跡の具現なんて表現でも足りない程の偉業を成し遂げた。
更なる奇跡を呼び起こす為にも、主には甘んじて病室のベッドに縛り付けられてもらわなくてはならないというのは吾輩にだって理解できる。
「それにあなたの偉業を帝国全土に知らしめるには今しばらくの時間を必要とする。あなたの身体が治る頃にはオライオンも知るでしょう。二体の魔人を殺した男に仇として命を狙われていることを」
主が深々と溜息を吐いて、ベッドに身体を沈ませる。
漸く観念したか。諦めの悪いと言いたいところだが――
「グァルプが言っていたのですが……」
「話はまた明日聞くから、今は休みなさい。骨の継ぎ直しに、皮膚の再生と縫合、脳と臓器の損傷確認、それから増血もしないと……本当にこれでよく岸壁をよじ登って来れたわね。意識があるのだって不思議なくらい。何でこれで生きていられるのかしら」
サマーダム大学内に魔人ハーティアが、彼女の母親と思われる人物がいる。この事実を彼女に伝えなくてはならない。
とは言え、カトリエル女史も完全に意識が主の治療に向かっており、聞く耳を持ってくれない。
矢張り、吾輩も筆談できるようにするべきだろうか。
いや、いっその事、吾輩が魔人ハーティアを探し出して、この場に連れて来る方が早いか。
そうと決まれば善は急げだ。
「傷の確認をするから脱ぎなさい。いや、脱がすわよ」
「優しくお願いします」
あとはお若い二人にお任せして――というわけではないが、病室を後にする。
まずは集中できる場所が良い。主がガ・エルと戦っていたテラスは遺体回収のために人が集まっている。消滅した東棟周辺もだ。中央棟には学長室があり、ゴドウェイン・ゼマリノフ学長に指示を仰ぐため、人の往来が激しい。
西棟がいい具合にひっそりと静まっているので、人の波を掻き分け連絡路を通り抜ける。折角なので、西側の尖塔を昇ることにした。人気の無い高所なら、人探しもやりやすい筈だ。
しかし、最高のロケーションで嗅覚を総動員しても匂いの空白を感じ取ることが出来なかった。
グァルプが嘘を吐いた? あの状況で虚言を吐く意味が分からない。
あの時、奴はガ・エルの複製にヤンクロットの眼を回収させ、ついでに主の攻撃を防ぐ身代わりにし、序列最下位の魔人ハーティアがすぐ近くにいることを知って歓喜していた。感情の昂ぶり方からして反射的な心の情動。そこに虚言が混ざるほど理性的であったとは到底思えなかった。
矢張り、魔人ハーティアはサマーダム大学にいる。もしくはいたのだろう。
偶然の遭遇か。それとも吾輩の嗅覚の外からカトリエル女史を見守り続けていたのだろうか。気配を感じられないのはグァルプから逃れるためか。
そうだとしたら、グァルプの死に気付いて戻って来てくれるかも知れない。
いずれにせよ、あの戦いで起こったことを伝達する手段が吾輩には無く、主の復帰待ちだ。
「やっほ」
慣れ慣れしい声色が鼓膜に入り込んできた。
見上げると真っ黒い楕円形の空間を背にした小柄なエルフの少女――魔人ヴァルバラがいた。
来るのが遅い――いや、絶好のタイミングだ。この女なら吾輩の心を読み、他者に伝達できる。
「なんかガ・エルの襲撃を受けたって小耳に挟んだんだんだけど、アイツが来たにしては全然壊れたり死んだりしてないし、おにーちゃんが返り討ちにしちゃった?」
東棟は中にいた者含めて完全に消し飛んでいる。これで物的、人的被害が無いとは何てことを言う女だと思ったが――ガ・エルよりも格段に弱いキャスタードラゴンですらトルトーネ街の敷地の半分と住民の半数を消し飛ばしている事を思えば、確かに魔人の襲撃としては被害は軽微と言える。
尤も、サマーダム大学の者たちがそれで納得するかどうかは別の話だが。
人数の多い少ないではない。一人であろうとも何の罪も無いのに死んでいること自体が異常だ。
帝国で悪人を一人殺せばヒーローだが、善人――いや、普通の人を殺せば何人だろうがクソヤローだ。
「あー……ゴメン。今のはあたしの失言だった。力の強弱だけじゃなくて、命に対する意識とか価値観の差異が友情を育む障壁になっちゃうんだろうね」
ヴァルバラが気まずそうな笑みを浮かべて、吾輩から視線を逸らす。
いっその事、蘇生法を捨てれば命の尊さや死の恐ろしさが少しくらいは分かるのでは無いだろうか。
いや、この考えは傲慢だし、人間――と言うより生命に対する高望みだ。
蘇生法を持たない地球人だって徒に犬や猫を殺したり、虐待する人間は世界各国にいるし、戦争だって無くならないし、戦争が起こらなくても殺人事件は世界中で行われている。
仮にヴァルバラから蘇生法を取り上げたとしても、命の尊さや死の恐ろしさを理解できるかは、また別の話だ。命の認識に対する人生の積み重ねた歳月が人間や動物とは比較にもならないほど長い。常識が違いすぎる。
「やり直しが効かないのが怖いのは分かるよ。君は寿命が短くて復活も出来ないのによく平気でいられるよね」
平気も何もそれが普通なのだから恐れようがない。
死んでも生き返るという感覚が吾輩には理解できない。
吾輩は死ぬ。いつか死ぬ。生き物だから死ぬ。必ずだ。
何も吾輩に限った話ではない。人も、犬も――。
「あたしがその境地にたどり着くには、もっと時間がかかりそうかな」
蘇生法で何度でもやり直し、後戻りができるルカビアンに理解するのは難しいように思える。
「なんか遠回しに意思が弱いって思われてる?」
強弱と言うよりも差異だ。蘇生法は吾輩には備わっていない機能だが、種が違えば差異なんて物があるのは当然だ。例えば吾輩には尻尾があるが主には無い。主には発声機能があるが吾輩にはない。
蘇生法も同じだ。ルカビアンにはあるが、それ以外にはない。その違いでしかない。蘇生法を手放せば命の尊さを理解できるかも知れないが、手放すべきだとは思わないのはそれが理由だ。鳥に陸上生物のことを理解するために翼を無くせと言うのは傲慢だ。
しかし、蘇生法がルカビアンの技術で、一部の権力者が独占するのでは無く、全人類に与えたのだとしたら、そうしなくてはならない合理的な理由があった筈だ。当然、若年世代であろうとルカビアンなら蘇生法で得た永久の時を支配できると。
「まさか。目の前にぶら下げられた平等って餌に飛びついたあたしらを見てほくそ笑んでいたと思うよ。思った通り、蘇生法を持て余して右往左往するバカなガキだ。我々の永遠の支配を頭の悪いガキどもが証明してくれたってね」
悲観が過ぎる。ヴァルバラ個人の性質か、それともルカビアン全体に蔓延する病毒だろうか。今思い返してみれば、ガ・エルも何となくヘタレ臭いところがあった。だが、ライゼファーは開明的で、グァルプは野心的だった。
「グァルプにも会ったの……ってか、グァルプがガ・エルを殺してハーティアまで殺そうとしてるなんて信じられない」
説明の手間が省けて何よりだ。
力を得るという野心のために親友を殺したのは矢張り信じ難いようだ。
ヴァルバラのこうした一面を見るとルカビアンは確かに人間だと思える。
「と言うよりもハーティアってアイドルで、グァルプはファンだったんだよ?」
グァルプがドルオタだったことに衝撃を受けるが、ルカビアン文明が崩壊して七千年。流石に熱も醒めただけでは無いのだろうか?
いや、ルカビアンの十九魔人の年齢を知らないので、七千年の時が長いのか短いのかは知らんが。
何はともあれ、あの時、ハーティアがサマーダム大学にいると知ってグァルプが狂喜していたのは、序列最下位のハーティアが殺しやすいからでは無く、魂を複製して如何わしいことをしようと目論んでいたからだろうか?
「どっちにしても最ッ低!!」
まあ、グァルプは主が殺したから奴の目論見はご破算となったわけだが。
それよりもハーティアだ。彼女がカトリエル女史の母である可能性が高い。
「ハーティアに子ども? ないない。だって、あたしら子宮ないもん」
――――は?
吾輩の推理が外れたこと以上に衝撃的な回答が返ってきた。
病か、それとも蘇生法の副作用か。
「君、頭いいのに、こういうのは想像できないんだね。前にも話したでしょ? ルカビアン文明は少子高齢化に繋がるほど世代間対立が激しいって。摘出したんだよ、自分の意志で。男連中も同じ」
病的だ。出産は自分とは異なる世代の創造――つまり、敵の生産を意味する。
結果、オウラノを誕生させる羽目になり、社会に必要だから生み出したにも関わらず、ヒトモドキと蔑む――つまるところ、オウラノの姿こそが新生児たちの未来だ。
「憎しみだけじゃないよ。そんな地獄みたいな世界に我が子を産み落としたいとは、どうしても思えなかったんだよ。だから子宮の摘出や去勢は愛憎両方が理由。それに当時は流行ってたしね」
いやいや、犬や猫の避妊手術じゃあるまいし、流行り廃りでそんな事をするなんて――と言いたいところだが、それ程までに深刻な社会だったことの表れか。
「何はともあれ、ハーティアが子供作るのは無理。そりゃー、ヴィヴィアナ先生にお願いすれば子宮の培養くらいはしてもらえるけど、今の文明レベルじゃヴィヴィアナ先生でも難しいと思うし、試験管ベビーも同じ理由で難しい。多分、ハーティアはおねーちゃんのママじゃないよ」
では、ライゼファーがカトリエル女史の叔父と自称していたのは他に兄弟が?
「そんな話聞いたことないよ。ルカビアンの十九魔人って言われてる通り、ルカビアンの生き残りは十九人。その中で血縁関係があるのはギ・エルとガ・エルの双子とライゼファーとハーティアの双子だけだよ。二十人目のルカビアンはいない」
では、あの時に出会った男はライゼファーを自称する別人か?
匂いの空白と圧倒的な存在感は間違いなくルカビアンの物だった。
自称ライゼファーは主に目的を果たしたければ魔人を倒せと言ったが――融和派か。それとも複製したライゼファーの皮を被ったグァルプだったのか。
「もー、恐ろしいこと考えないでよ。でも、グァルプの裏切りは皆にも伝えておかないと。特にハーティアには注意してもらわなきゃ。今は良くても二百年後くらいに復活して同じ野心を持って、あたしらに近付いてくるかもだし」
そうだ。彼女には警告を。そして、真実を明らかにしなくてはならない。
誘拐された幼いカトリエル女史を救出し、生きるための伝言を残した人物がハーティアであるのなら分かる筈だ。カトリエル女史を借り腹の儀から解放する術を――邪神の名を。
カトリエル女史の身体を蝕む邪神の名さえ分かれば、最後の一柱になるまで全ての邪神を殺しながら、神殺しの汚名を魔人討伐の戦果で濯ぐなんて迂遠なことをせずに済む。
ハーティアと合流するだけで問題の一切合切が一足飛びに解決出来るかも知れないのだ。
「あのさ、話の腰を折ったり、水を差したりってつもりは無いんだけど、自称ライゼファーの正体も分からなければ、ハーティアがおねーちゃんのママかも分からないのに何でそんなにやる気全開なの?」
ヴァルバラが何を言っているのか、吾輩には意味が分からなかった。
「心を読まなくても分かるよ。なんで意味分からないって顔するかな。あたし、そんなに変なこと言った?」
吾輩たちが出会った自称ライゼファーの正体が本人なのか、彼に化けた別の誰かだったのかだが、別にどうでも良い。と言うよりも、あの時点では吾輩たちと借り腹の儀に相関関係には無かったから、仮に悪意のある接触であったとしても別件だ。今の吾輩たちには関係の無いことだから切り離して考えて良い。
そして、ハーティアだがカトリエル女史と母娘では無かったとしても、借り腹の儀から解放するという吾輩たちの目的には関係が無い。序列最下位とは言え、強大な力を持つ魔人のバックアップを受けられるというのは確かに大きいが、元々無かった力だ。得られたら嬉しいが必須ではない。
何より一番直接的な影響度合いで言えば、幼いカトリエル女史に置手紙をした人物の正体がハーティアであるか、否かだ。もしも、カトリエル女史の命の恩人がハーティアでは無く、借り腹の儀の事も、カトリエル女史の体に封じられている邪神の正体を知らずとも、主の心理状況には何の影響も及ぼさない。何故なら、あの男は徹頭徹尾、この星から一柱も残さず消滅させる気でいるからだ。
ハーティアを頼りにしているのは主への献身を他力本願でやってしまおうとしている吾輩の怠惰以外の何物でもない。
「で、でもさ、もしもハーティアがおねーちゃんのママだったら楽できるかもって期待はあるわけでしょ? それが裏切られたら嫌になるとか、そういう上手くいかない未来を想像して動けなくなることってない?」
さっきから何を言っているのだ、この女は。まるで意味が分からん。
既に筋道は出来ている。あまりにも脳筋過ぎる発想で計画と言うには烏滸がましいが、主とカトリエル女史はその筋道を選んだ。
そして、吾輩はもっと短縮できる術が無いか模索しているだけだ。
成功すれば話はずっと簡単になる。邪神を探し出すために大陸を虱潰しにしなくて良いし、魔人と戦う必要性も無くなる。しかし、失敗したところで元の筋道に戻るだけ。精々、吾輩が無駄骨折って、労力と時間を消耗するだけだ。そんなの失敗の内にも入らないし、足を止める理由にもならない。
「でもさ、君の寿命って残り十数年程度しか無いんでしょ? 時間の浪費が失敗の内に入らないなんて、そんな筈ない」
ならばどうする? 主はガ・エルとグァルプを相手取り、どうにか勝利を収めたが、今までに無い程の重症を負った。数か月、或いは数年の治療に専念しなければならないかも知れない。
――つまるところ吾輩は暇である。
その暇な時間で英気を養うと称して食っちゃ寝している方が時間の、命の浪費でしかない。今は試行錯誤の時間だ。失敗如きを恐れて足踏みしている場合などではない。
「本当に強靭な意思で羨ましいよ」
吾輩に必要な物だから備わったのだ。
ルカビアンが意志薄弱なのだとすれば、それほど強い意志の力が無くとも生きていけるだけの別の力が備わっているからに他ならない。それが不服ならば今からでも立ち上がり、前へ進み、力を身に着けていけば良いのだ。
「獣って意外と強いよね」
――弱ければ淘汰される。強いのは当たり前だ。
「それじゃ差し当たってはハーティアの捜索、だね」
人手は大歓迎だ。何せヤンクロットの眼を用いたグァルプの発言以外、この地にハーティアが存在する根拠を示す物は何一つとして無いのだから。
はっきり言って吾輩には何の当てもない。
「それで、あんな大口を叩けるんだから凄いよね。ある意味、尊敬する」
吾輩に発声器官は無い。吾輩の思惟をヴァルバラが勝手に読み取っているだけで。
力が弱く、頭が悪くとも、せめて心の中だけでも強く、賢くあろうとすれば意外とそうなるものだ。吾輩だけではどうにもならなかった。しかし、意思を示したことでヴァルバラも吾輩に協力する気になった。
――意外かも知れないが、意外でも何でも無く、生涯というものはそういう風に出来ているものだ。
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