第12話 主は異端者である

「無い……!! 無い無い無い!! 何者だ、貴様たちは!? 何故、神への畏敬が存在しない!? 有り得ない!! どんな神に対してであろうと信仰心が僅かでもある限り、全ての神に、神の概念その物に傅くことに他ならない!! だと言うのに何故だ!? 何故、貴様たちは神に首を垂れない!?」


「そんなことも分かりませんか? 全知全能を嘯く神のくせに」


 全知全能。象徴的な神の力。

 だが、 邪神ガエルのうろたえようは、全知全能にほど遠い。


 言葉が無くとも分かり合える吾輩と主。

 言葉を用いても分かり合えない吾輩たちと神。


 我々を理解できず、我々に理解させることが出来ないのは何たる皮肉か。


「無様の一言に尽きますね。全知全能なんて眉唾物だと思っていたが神に触れて確信した。神の全知全能とは人が無知無能であった時代の評価でしかない。神を試してはならないと言うわけだ。現代の感覚で再評価すれば神など所詮は力があるだけの幻想生物の一つ。自分からしてみれば神など躾のなっていない獣と同じなのですよ」


 つまり、躾のなってない獣同然の神と、躾けられていないにも関わらず究極で完璧な柴犬の吾輩。どちらが上かなど論ずるまでもない。吾輩が上で神が下だ。

 下等生物に畏怖と敬意を払う程、吾輩たちは酔狂ではない。


「そもそもの話、神に祈って何になると言うのです? 己の望みを成し遂げるのは、いつだって自分自身だ。己の肉体と己の意志。それが全てだ。神なぞ前座にすらならない。いや、関われると思っていること自体が不遜だ。身の程を弁えろ豚が」


 吾輩の願望は主と散歩をして、ボール遊びをして、共に肉を食らって生きていくこと。

 きっと吾輩の望みは小さく、細やかな事なのかも知れないが、何よりも尊い日々に違いないのだ。

 その為にしなくてならないこと。それはいつまでも元気で主と仲良くすることであって神に祈ることではない。神が介入する余地など無い。


「信仰の見返りに加護や御利益を得られるのだとしても人間に神なんて要らないんですよ。寧ろ、神の方が人間を必要としているではありませんか。信仰して貰わなければ存在できない寄生虫。それが神の本質だ」


 異論は無い。全く無いのだが――


「……………………」


 豚だの、寄生虫だの、主の弁舌と言うか暴言に邪神ガエルを信奉する邪教徒のみならず、被害者であるドワーフたちまで絶句している。

 もっと言えば、ドン引きしていた。

 神を批判し、扱き下ろしていい気になっている主に前足を伸ばす。


 神がいる世界で神を非難するのは異端が過ぎる。

 野良犬だったからこそ吾輩には分かる。世界は異端者に厳しいということを。


「なんたる傲慢!! あの忌々しいルカビアンに感化されたか!!」


 邪神ガエルの叫びに邪教徒とドワーフたちの口からどよめき声が漏れる。

 無念。主を止めるのが遅すぎた。主は邪教徒、そしてドワーフたちからも共通の判断を下された。


 ――異端者。


 この世界には確たる存在として神が存在し、信仰の対象として君臨している。

 信仰の見返りに明確な御利益が得られる為、帝国の宗教は地球の宗教よりもずっと即物的だが、神に対する信仰心は地球よりも更に強固だ。

 

 主が邪神ガエルを畏れず、信仰しないことが問題なのではない。


 神という存在や概念その物に唾を吐いて捨てたことが、邪教徒やドワーフ、種族や信仰、被害者と加害者という垣根を越えて、主の価値観を異端、異常なものであると見做したのだ。


 その拒絶反応や忌避感は吾輩が想像していたよりもずっと強い。

 文化、伝統、歴史、矜持を否定し踏み躙ったも同然なのかも知れないと、邪教徒のみならずドワーフたちの反応から思わざるを得なかった。


 しかも、ガエルが唾棄するように吐き出した言葉、ルカビアン。

 まず間違いなく、ルカビアンの十九魔人のことを指している。


 全人類共通の敵。脅威にして異端者。


「やっと有益な情報を吐いたか。神様気取りの寄生虫が」


 周囲の反応をよそに主がぼそりと呟き、邪教徒を乱暴に押し退ける。

 反撃はおろか悪態の一つも出せず、彼らはされるがままによろめき、体勢を立て直しても主からは視線を外し、地面を睨んだまま立ちすくんだ。

 邪神ガエルの憤怒が空間が振動させるが、主は無視して打棒に向かって歩き出す。


「ルカビアンの十九魔人の復活――と言うよりも魔人の存在は事実でしたか」


 邪教徒か、ドワーフか定かでないが、何人かが驚愕の声を漏らした。

 六千年前に帝国が建国されてから今日に至るまで君臨し続ける全人類共通の脅威。


 十九体の魔人。無敵で不死身で不滅。人類共通の大敵。


 帝国は、たった一体の魔人を倒すために数千、数万もの騎士と魔術師たちが決死の覚悟を抱いて戦いを挑み、壊滅的な被害と引き換えにしなくてはならなかった。

 逆に言えば、被害を許容できれば魔人を倒すことが出来る。帝国は魔人を倒してきたのだ。

 だとしても脅威から逃れることは出来ない。数百年もすれば魔人は復活を果たし、再び死と破壊をもたらすのだ。再び討伐されるその瞬間まで。

 故に、人々は魔人を脅威であると認識し、恐れる。

 その一方で復活までに数百年の時を要するため、魔人の脅威を知らない幸運な世代が確実に存在する。

 卵要塞の主、ドライセンなんかもそうだ。実際に被害が出て、仕事に支障が出ても魔人の存在を半信半疑のものと捉えていた。しかしそれが普通の反応だ。

 そんな死と破壊を象徴する全人類共通の最低最悪の脅威が眉唾の存在ではないと、邪神とは言え、神が保証したのだ。


「これでもうお前は用済みです。これ以上、喋らせてやっても無益な言葉を吐き出すだけだろうし……もう良いですよ。消えてくれて」


 邪神ガエルの口ぶりでは神は人間が持つ神への畏敬、信仰心を感知することができる。

 特定の神への信仰心であろうとも、ほんの僅かな信仰であっても、それは全ての神を自分よりも上の存在として認知することになり、神は人間に対し、神に相応しい力を振るうことが出来るようになる。

 逆に言えば、信仰心が皆無であれば神は神足り得る力を振るうことが出来ない。

 つまり、吾輩たちにとって、ガエルの打棒は神器では無く、偉そうな言葉を発するだけのスピーカーでしかない。


 そう認知してしまえば――


「神様気取りの無価値で無能な幻想種。お前は此処で殺すぞ」


 砕くのは容易い。腕力も、武器も要らない。強固な意志と言葉があれば十分だ。


 天井に埋まった打棒が砕け散ると共に、周囲一帯からガラスの割れる音が立て続けに鳴り響き、天井を透過して青白い火の玉が降り注ぎ、ドワーフたちの遺体へと吸い込まれていく。

 ガエルの攻撃ではなく、贄にされ、囚われた者たちの魂だ。


 神への侮蔑がガエルの神性と邪教徒たちの信仰心を上回ったのだろう。

 ガエルは神格を失い、言葉通り、神から神様気取りの無価値で無能な幻想種に零落したのだ。

 捧げられた魂は邪神ガエルの供物であって、幻想種ガエルの物ではない。

 魂が遺体に戻ってきたのは供物の捧げ先を失った証だ。魂が本来の肉体の器に戻り、既に命を失った者は死をやり直し、あの世と称される小異世界で魂を癒し、再び転生の時を待つことが出来るようになる筈だ。

 これは吾輩の希望的な憶測ではないと思いたい。

 命を取り戻すことが出来ずとも、死後の希望だけでも返ってきた。そう思える光景だ。


「こ、殺せ!! この男を殺し、我を信仰するのだ!! この男さえいなくなれば、我は再び神の座に戻ることができる!!」


 ただの幻想生物に零落したガエルが無様に叫ぶ。


 神は信仰心をエネルギーにして力を得る。信仰が得られなければ力を失う。

 そして、吾輩の主、倉澤蒼一郎の剛情とでも言うべき神の黙殺は、一個人の思想でありながら神を零落させ、幻想生物に変えてしまう程の力が宿っている。


 ――神殺しの力が。


 神として死んだ以上、主が死のうが、信仰されようが神としての復活は不可能に近いのだろう。

 だから無様に叫ぶ。その絶叫には悲哀と諦観が満ちているようにも聞こえる。


 それでも叫び、主の死を望まずにはいられなかったのだろう。

 ガエルが幻想生物に零落した事で邪神の加護は失われ、邪教徒たちは力を失っている。

 加護があっても力の差は圧倒的だったにも関わらず、加護を失った今、力の差は歴然。万が一にも主を殺すことはできない。

 何より、神性を失ったガエルに不信感を抱いているのが一目瞭然だった。

 神の信仰や畏怖は失ってはおらずとも、最早、邪神ガエルを信仰することは出来ない。


 たった一人の人間の思惟で零落する神など神ではない。

 主の思惟が規格外とは言え、常人にはそれも分かる筈もなく、異端者一人に零落させられる情けない神としか考えられなくなる。この場で信仰を得るなど土台無理な話だ。


「見苦しいな。ほんの数秒前まで一応は神だったんだから、もう少し威厳という物を見せたら如何です? これじゃあ追い詰められて自棄を起こす小悪党だ」


 主が酷薄な笑みを浮かべた。確かに時代劇の殺陣が始まる前のやり取りに似ている。


「一応、名乗っておきましょうか。姓は倉澤、名を蒼一郎。フリーのモンスタースレイヤーです。鉱山資源の移送が滞っている為、原因の究明と排除を依頼され、ベルカンタンプ鉱山に伺いました。原因は邪教徒の邪神復活を目的とした襲撃。邪神復活の手立てを知る邪教徒の皆さんには今、この場で、一人残らず自分が殺します」


 傲岸不遜を顔に張り付け、主が死を宣告する。

 主の残酷性と言うよりも、今この場で主を殺さなければ未来は無いと思い知らせることで逃亡を防止する小賢しさによるものだ。


「クッ……殺せェェェェェェェ!!」


 長耳のハイエルフが絶叫と共に魔力光を迸らせ、モンスターを召喚する。

 蛇、虎、鷲、熊、猿が魔力によって変質した姿――魔獣の群れを一瞥すると主は冷ややかに鼻を鳴らして人獣の群れに飛び込む。


「出番ですよ、精霊さんたち」


 接近と同時に精霊剣を召喚し、猿の魔獣を叩き潰す。


「き、貴様ァ!! そ、そんな物で!! そんな物で我が召喚術の秘奥を!! 侮辱しているのか!!」


 主ならば素手でも太刀打ち出来る。

 だが、敢えてこんな手を使ったのは、坑道の外でドワーフたちに語った通りだ。

 真っ当な召喚術士を、魔術兵装頼りの真っ当でない召喚術士が小異世界の接続だけを目的とした練習用の召喚術で捻じ伏せる。


「邪神復活を目論む、負け組人生のカルト野郎が侮辱されないとでも思っていたのか? 脅威に感じてもらえるなんて、それは思い上がりが過ぎるってものですよ」


 信仰という一点だけは帝国人と決して相容れることはできないが、信仰以外に関しては意識や怒りを共有することが出来た。それが死ぬ前に与える屈辱に繋がった。

 こうでもしなければ何の罪も無く、無残に殺されたドワーフたちの遺族を慰められないと主は確信したのだろう。


「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!」


 壊れたスピーカーのように殺せと連呼し、熊の魔獣が群れを成して主に襲い掛かる。

 人間の頭部など一撃で嚙み砕いてしまいそうな程の巨大な顎門が迫るが、その程度なら主にだって出来ることだ。さしたる脅威を感じた様子も無く、精霊盾を四枚重ねに召喚して口腔に叩き込む。牙が折れて尚、残った歯で精霊盾ごと主を嚙み砕かんとするが掌底で盾を更に押し込んで仰け反らせると、間髪入れずに精霊剣を召喚。


「成程、確かに熊は脅威だ。けれど、それじゃ自分は殺せない」


 鞭のように撓らせ、喉元に剣閃を走らせる。剣で斬ったとは到底思えないような鈍い重低音が不気味に響く。

 魔獣の熊と動物の熊。組成が同じとは限らないが熊の身体の中で、最も筋肉量が少なく弱点と言える部位の一つが喉だ。傍から見れば――特に召喚術士には悪夢のような光景だ。


「あ、有り得ない……何なんだ貴様は!? 邪神を幻想生物に零落させる貴様に神々の加護は備わっていない筈だ!! ただの人間が……いや、ただの人間よりも劣った貴様が、何故、精霊兵器ガラクタで魔獣を圧倒できる!?」


「そりゃ、自分よりもずっと出来損ないなのがお前らだからでしょうよ、っと」


 上体を仰け反らせた熊が牙と爪を主の頭上に振り落とされるも、その隙間を縫うようにして身体を逸らし、熊の眼球目掛けて精霊剣の切っ先を突き入れる。

 重量だけで人間をぺしゃんこに潰せるほどの巨体が生み出す圧倒的なパワーと、主の人間離れした膂力から繰り出される刺突に挟まれた魔獣の眼球が破裂してドス黒い鮮血が飛び散る。


「ほらほら、死期を少しでも引き伸ばしたいなら、もっと沢山召喚しないと。魔力もまだ尽きるほど消耗してもいないでしょう?」


 返り血を避けるようにして魔獣の背後に回り込んだ主が精霊剣の腹で尻を叩く。調教師と言うよりは動物虐待にも見える姿に誰かが息を吞む。彼らにしてみれば正気を疑うような光景だろう。

 たった20人という極僅かな人数で邪教徒がドワーフの鉱山夫たちを一方的に虐殺し、ベルカンタンプ鉱山を占拠できたのは魔獣の力に因るものだ。

 それが我が主の手にかかれば、恐ろしい魔獣との戦いではなく、虐待に見紛うほどの差が表れるのだから。


「……ッ!! お、お前たち何をしている!! 見ていないで手を貸せ!!」


「お、おお……」


 嫌で嫌で仕方がない。そんな態度を隠そうともせずに邪教徒たちが其々に魔力の集束を開始する。魔獣の群れを手玉に取る主に肉薄しようとする剛の者はおらず、彼らは魔術による飽和攻撃を選んだ。

 通用するしない別にしても見た目は派手で、一緒になって戦っている一体感を出せるし、何よりも遠くからの攻撃は安全だ。

 矜持を傷付けられて、前のめりになっていく教皇気取りのハイエルフと、既に勝ち目は無いと諦めムードが漂い、徐々に後ずさりをしていく一般信徒たち。既に連携など期待出来る状況にはなかった。


 何より――


「大人しくしていれば後で殺してやったのに」


 派手に魔力光を迸らせていた信徒の眉間に光り輝く矢が突き刺さる。

 名称とは裏腹に兵器として最低限の機能すら有していない精霊兵器だが、一つだけ例外がある。


「霊的な矢だと!? 精霊たちに与えられたと言うのか!?」


 肉体を持たない霊的な存在である精霊が人類の物造りに感銘を受け、人類と同じ手法で武器や防具を作った結果、盾は持ち手の無い板で、剣には刃が付いておらず、形も歪。


 そんな精霊たちが弓矢を作ればどうなるか?


 普通に考えれば、弦が撓んでいるか、矢を番えることが出来ない。いずれにせよ矢が飛ばないと予測するのが普通だろう。

 剣にしても、盾にしても主のような人間なら無理矢理にでも使えてしまうが、弓矢だけはどう頑張っても不可能だ。主ですら素手で撲殺した方が早いと投げ捨てるであろうことは想像に難くない。


 だから精霊たちは妥協に妥協を重ねた。


 歪な形の弓の本体その物は帝国の伝統的な製法を模しているが、弦と矢に関しては霊的な加工が施されており、弓矢としては比較的、まともな機能を有している。実は吾輩でも矢を放つことが出来るほど扱いは簡単だ。

 何せ、ギターのように弦をかき鳴らすだけで、思った通りの方向に矢が飛ぶのだから。


 しかし、それならば何故、精霊兵器がガラクタ扱いされているのか?

 それはハイエルフが驚愕した理由にも繋がる。


 精霊弓は、何をどう足掻いて屁理屈を捏ねても、使い物になる弓矢を作ることが出来なかった精霊たちの妥協により、霊的な技術で産まれた恥ずべき代物だ。

 それでも帝国の戦いの歴史で活躍した剣と盾、そして弓を作らずにはいられなかった。如何に霊的な存在と言えども、作った以上は人間に見てもらい、使ってもらいたいという欲望に抗えなかったのだ。

 恥と欲望が混ざり合った結果、自分たちの作品を武具として使いこなしている者にのみ与えられる精霊兵器、それが精霊弓だ。


 だから主は喧嘩や狩猟で精霊兵器を召喚することはない。

 どんなに馬鹿にされ、否定されようとも武器であると言い張り、戦いの場でしか用いず、また戦いの場では必ず用いる。

 作り手に敬意を示し、誇りを尊重することで主は精霊たちから全幅の信頼を得るに至った。精霊兵器の召喚を精霊界と接続する練習魔術だと思っている者たちには知り得ることすら出来ない贈り物だ。

 

「神なんか信仰するくらいなら精霊に敬意を払うべきでしたね、阿呆共が」


 主が弦をかき鳴らした数だけ矢が放たれ、正確に邪教徒たちの眉間と心臓を貫いていく。

 そして、教皇気取りのハイエルフも倒れ、ガエルに至っては念入りに矢を撃ち込まれ、言葉を発することが無くなっても主の攻撃が止むことはなく、ドワーフたちが絶句しているのを後目に、ガエルの遺体が粉々になるまで精霊剣で叩き潰し、最後は火にくべ、灰になるのを見守るのであった。

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