第36話 寄生虫療法は激痛である
膝立ちで荒い呼吸を繰り返していた主が、呼吸を整えながら、ふらつく足取りに難儀した様子で立ち上がると、ガ・エルの上半身が落ちていった断崖の底を覗き込む。
だが、既に日も沈み、膨大な量の魔力の残骸で冷えた空気が吹雪を起こすせいで見晴らし悪く、探し出す事が出来なかったようだ。舌打ちして吾輩たちの方へと歩を進める。
「流石――と言いたいところだけれど無茶のし過ぎね。今すぐ手術をしなければ左腕が一生使い物にならなくなるわよ」
カトリエル女史が視線を主の肩では無く、主の足元に向けて言った。
積もった真っ白な雪が赤く染まっている。主は何食わぬ顔をしているが、切断されかけた左肩の出血が酷い。麻痺も怖いが失血死も怖い。
「必要最低限の応急処置だけお願いします」
「まさか……」
カトリエル女史が息を吞んだ。
魔人や邪神、同じ龍殺しのオライオンと戦うなら万全の治療が必要不可欠。四肢の麻痺など以ての外だ。
それにも関わらず、必要最低限を望んだのは――
「ええ、まだ殺せていません。奴は、自分に斬られて落下したのではありません。断崖に逃げ込んだのです。今ならまだ追える。追えるなら殺せる。取り逃がしてしまったら、次は奴も油断しない。最初から本気で向かってくる。そうなったら――」
勝てないとは言わないまでも、困難を極める。
ガ・エルを相手に優位に戦えたのは偏に、奴が主をそこいらの帝国人と一緒くたにしてヒトモドキと侮ったからだ。
そして、交戦中に起きた主の不可解な戦闘能力の上昇や魔人すら驚愕するほどの頑強さ。それに呼応するかのようにガ・エルも強くなっていったが、あれはガ・エルも急成長したとかでは無く、元から備わった力だ。
ヒトモドキ如きに本気を出すのは見っとも無いだとか、見苦しいといった価値観が魔人たちに備わっているように思える。だから段階的に力を引き出すしか無かった。あの場から命を投げ捨てるような逃亡を計ったのも、あのままでは本気を出してしまいそうだったからなのかも知れない。
――だが、断崖の底に身を投げて戦闘による脳の興奮状態が収まれば?
冷静に思考して、主が
異世界脅威論が現実の物となった可能性を考えるかも知れないし、もしかしたら、主を二十人目のルカビアンと考えるかも知れない。
そうなった場合、ガ・エルに本気を出すという口実が生まれてしまう。
「仕方の無い人ね。その肩を手っ取り早く繋ぐ方法があるのだけれど……」
「当然、副作用や後遺症の類はあるでしょう。構いませんよ」
「そう、それなら処置をするから中へ。本当は無菌室でやるのが理想的なのだけれど、悠長に準備していったら、そのまま飛び出して行きそうだものね」
カトリエル女史に促され、校舎の中へ進む途中、「肩を貸しましょうか?」「いえ、大丈夫です」なんてやり取りがあった。甘えるのが下手くそな男だと思ったが、歩を進めるにつれて足取りがしっかりと、力強いものへと戻っていく。
「察しが良くて助かりますが……自分って、そんなに分かりやすいですか?」
「別に……サーガに登場する英雄ならそうすると思ったのだけれど、まさか本当に考えていたなんて、あなたにとって英雄になるのは手段でしか無い筈でしょう?」
カトリエル女史の非難めいた問いに、主は「そうですね」と受け流すように首肯して言葉を続ける。
「英雄願望ではありませんよ。折角、あと一歩のところまで追い込んだのです。治療を優先して損切するのは勿体ない。それに今はアドレナリンで痛覚が麻痺しているから良いですけど、夜になれば痛みが一斉に襲い掛かってきて、のたうち回る事になる。ですが、その時にガ・エルを殺せていれば悪くない代償だと思えるのです」
確かに殺せて無かったら苦痛だけが残る。それは悔恨の極みだ。
「万が一、魔人と遭遇したあなたが重症を負うかも知れないと思って持ってきた甲斐があったわね」
無人の空き教室でカトリエル女史が机の上に置いたバスケットの中から出てきた物。それは――
「え、あの……それは……」
主をして、戸惑いと恐怖に慄くそれは、沖縄の魚みたいなトロピカルな色をした芋虫たちであった。
それを三匹ほどまとめてピンセットでつまみ上げると、雑に主の左肩へ乗せた。主が「ヒッ」と息を吞む。
「寄生虫の一種よ。斬れた肩に寄生させて、骨、神経、筋肉、皮膚の縫合を代行させる。すぐに癒着するから後は駆除薬を飲んで寄生虫殺すのだけれど……」
主の肩を這う芋虫たちは傷口を埋めるように整列すると炭酸が弾けるような音を立てて溶けて、主の体内に潜り込んでいく。完全に傷口が埋まるとトロピカルな色の芋虫たちが主の皮膚の色に変色した。
とは言え、溶けて肉体の中に浸透した部分は兎も角、芋虫の身体の上半分は主の肩から顔を出している状態なので、よく見ると不自然だし、まだまだ治りきっているようにも見えない。
そもそも、
「いったァ!? やべぇ、痛い痛い痛い痛い!! 無理無理無理無理!! マジで無理、いや、ホントにいってぇ!! イダダダダダダダ!!」
中から針金のような触手が伸び、縫合するかのように主の傷口を固く縛り上げたのだ。
「もう少し我慢してなさい。すぐに引くから」
恥も外聞も無く、自称好青年の仮面をかなぐり捨てて主が絶叫する。
あまりの大声に流石のカトリエル女史も顔を顰める。
「マジかよ!? あ、なんか痛みが和らいでき……てねぇ!! ヤバいヤバいヤバいヤバい!! クソでけぇ痛みの波があああああああ!!」
それでも芋虫を引きずり出してはならないと自覚があるようで、主は宙を掻き毟るように両手を宙に掲げる。溺れてもがき苦しんでいる人のような仕草にも見える。少し――いや、大分滑稽だ。
「魔人の攻撃を受けても平然としていたのに、治療の痛みには耐えられないのね」
「別に痛みに強いわけじゃないんだって!! 殺し合ってる時は興奮してるから感じてないってだけで……!!」
主が声を裏返らせて泣き言を口にする。
魔人相手にタイマン張って熾烈な死闘を繰り広げ、あと一歩のところまで追い詰めた男だと言うのに、何ともカッコ悪い。これでは全てが台無しでは無いか。
あーあ、やれやれである。
「オイ、ゴラ!! 胡桃てめぇ!! 人のこと鼻で嗤いやがっ……ぎゃあああああああ……あ? 痛みが消えた……? 今度こそ消えたか? 消えた……よな?」
主がキレかけたかと思えば、絶叫しかけて、恐る恐る肩を動かす。
芋虫たちも完全に変性して、主の負傷部位を肩代わりしてくれたようだ。肩なだけに。少なくとも、パッと見ただけでは裂傷部位に芋虫が挟まっているとは思えないくらい自然な形で主に寄生したようだ。
「癒着は済んだみたいね。じゃあ、駆除薬を飲みなさい。苦いけど我慢できる?」
「いや、子供では無いのですから……」
「説得力が無いわよ。さっきのあなた、注射を打たれて泣き叫ぶ子供と変わらなかったわよ」
「それを言われると何も言えませんが……」
やれやれ年下の女に子供扱いされるなんて情けない話だ。
当代随一の英雄が御覧の有様とはかっこ悪すぎる。思わず鼻で笑ってしまう。
「この野郎、お前だってこの前、動物病院で注射打たれてガダガタ震えて泣いてたじゃねーか」
こ、この男……!! 世の中には人前で言ってはいけないことがあると言うことが分からんのか!?
吾輩とて別に主を蔑むつもりで嗤ったのでは無い。あまりにも無様だから自然と嘲笑が出ただけだ。自然の反応だ。
それだと言うのに、主は吾輩を貶める意図で恥ずべき事実を公表した。故意だ。治ったばかりの肩を咬み千切ってやろうか!!
「がるるるる……!!」
「ガ・エルの息の根を止めるのでしょう? 喧嘩してないで行ってきなさい。手術の準備をして待っているから、早く戻ってきなさい」
攻撃態勢で唸り声を上げると、背後からカトリエル女史に抱き上げられてしまった。女に争いを止められると恥ずかしい気持ちになるのは何故だろうか。
「分かりました。ですが、手術は痛くないようにお願いしますね」
「寄生虫療法ほどでは無いから安心なさい」
「それなら安心だ。よし、行くぞ、胡桃さん。今度こそガ・エルをぶっ殺す」
うむ、一先ずじゃれ合いはここまでだ。
吾輩の秘密をばらされてムカついたが、日本でのことを思い出して懐かしさと、ほんの少しの楽しさを感じたのも事実だ。
――だが、吾輩を抱き上げたのは何故だ。戦いに行くのでは無いのか?
元来た道を戻って、外に出る。ガ・エルと戦った場所に戻ってきた。当然だが、ガ・エルの下半身がまだ残っている。下半身だけで襲い掛かってくるとか自爆して周囲一帯を破壊するということも無さそうだ。
そして、主が縁に足をかけて断崖の底を覗き込んで、吾輩に言った。
「ガ・エルが逃げ込んだのは、あの辺りだ。匂いを追えるか?」
魔人に匂いは無いが、周囲の匂いや気配を侵食して空洞化するので、不自然な無臭の空間を探せば見つけるのは容易い。それに主の返り血を浴びているのもあって追うのも簡単そうだった。
「わん!」
「よし、 俺達から逃げられると思うなよ、化け物が――!!」
肯定の意を込めて一吠えすると、主は満足げに頷いて、断崖の底に向かって飛び降りた。吾輩を抱き上げた理由が今更になって分かった……。
吾輩は主と違って、科学的、生物学的限界を超越した化け物犬では無い。
――普通に死ぬわ、この戯け者のクソ主が!!
「こうするのが一番早いだろ? それに炎を召喚すれば寒さも凌げる。冬の野宿だってへっちゃらだ」
他者を殺めても良い状況に出くわす事が多く、何かと殺害する機会が増え、主の人間性が欠如していく可能性を懸念していたが、そんな事よりも社会性の欠如の方が遥かに重篤だ。
レーベインベルグを手にし、炎を自在に操れるようになったことで真っ先に出てきたのが野宿とは……これが本当に高度な文明社会で生まれ育った人間の言葉なのだろうか。
「出番だぞ、胡桃さん」
落下速度や高度からは想像も出来ない程、軽やかな足取りで主が着地して、想像していた衝撃が来なかったことに驚いている吾輩を何の感慨もなく地面に下した。呆れている間に落下が終了し、怯え竦む暇さえなかったくらいだ。
まあ良い。今度こそガ・エルを殺し切れる。主が語った一切の油断をしない魔人なんてぞっとしない話であるのは紛うこと無い事実だ。
しかし――、
「ワン! ワン!」
「二回……? 胡桃さん、何で二回吠えた?」
主が顔に緊迫感を張り付けて吾輩に問う。主の表情が答えを物語っている。
短い付き合いでは無いのだ。この状況で吾輩が二回吠えることの意味を既に分かっている筈だ。吾輩は無駄吠えするような躾のなっていない駄犬とは違う。
「二体目の魔人か……ヴァルバラみたいな友好的な魔人なんて都合のいい話は無いんだろうな」
悲観的な意見とは思わない。周囲を侵食する無臭の空間が二つある。ヴァルバラやライゼファーも同じ匂いがしたが、それ以上に第六感が悪意を捉えて離さない。
間違いなく敵対的な魔人だ。主の顔を見上げる。ここで引き下がるのは恥ではない。確かにガ・エルを殺す千載一遇のチャンスだが、それを手放してでも撤退するのは勇気ある英断だと言える。
一体は重症とは言え、主のコンディションとて万全ではない。この状況で二体の魔人を相手に闘争に躍り出るのは蛮勇だ。
「まあ、誰が相手だろうと今の自分に行かないなんて選択は無いからな」
――正気か?
「二体目の魔人がガ・エルの救出に現れたのなら阻止しなきゃならない。他の魔人にも俺が人擬きじゃなくて人間だって知られたら余計に面倒になる。それに万が一現れたのが友好的な魔人なら挨拶くらいはしておかないとだろう?」
一理あるが、一しかない。あまりにも危険だ。せめて主の身体が万全ならば賭けに出る価値もあるが――
主が左腕の調子を見るように肩を回し、二度、三度――そして、レーベインベルグを抜刀して一閃。巻き上がるつむじ風が一瞬にして炎の渦に変わり、吹雪を飲み込んでいく。
「うし、絶好調では無いけど、明日一日寝込む覚悟でやれば一戦くらいはいけるな。胡桃さん、誘導頼む」
大小様々な負傷に失血、寄生虫を用いた強制治療、体力の著しい消耗。
だが、主は気付いているだろうか? ベルカンタンプ鉱山で邪教徒狩りをした時は剣圧から生じる突風で木を傾がせ、葉を飛ばすのが精々だった。それが今では剣圧から生じるのはつむじ風で葉を飛ばすどころか、軌道上の木々を圧し折り、薙ぎ倒し、粉々にした。それを万全でない状態でやってのけた。
これは成長と言うより――
「未知が現実の現象として眼前に現れた時、未知は既知へと性質を変える。それは夢物語や妄想の類では無くなり、人の手で再現可能な物へと陳腐化していく。ガ・エルとの戦いを通じて貴様は何の自覚と確証も無く、確信した筈だ。魔人が化け物では無く、同じ人間であるならば自分にも再現できる。自分にも同じ力を得られるとな」
吾輩が主の変貌に気を取られて嗅覚から意識を逸らした一瞬の内に、匂いの空白が眼前に迫っていた。吾輩の考えを覗き見たような事を口走りながら現れた匂いの主は、あの時、吾輩たちを召喚した男だ。ガ・エルの上半身を大事そうに抱えている。魔人、それも融和派ではない。
「は~~~~……」
吾輩の驚愕と戦慄とは裏腹に、主が心底あきれた様子で溜息を吐き出す。
「魔人ガ・エル復活を目論んでいた男の正体は魔人で本当はまだ死んでいない――なんて考えていたが、何の捻りも想像通りの姿で出て来るとはな。安直過ぎて逆に驚きだ。どの面下げて来たんだ?」
「そうつれない事を言うなよ、異世界人。折角、面白い物を見せてやろうというのだ」
「異世界人だと……グァルプ、これは一体どういうことだ? 一体、お前は何を知っている」
ルカビアンの十九魔人序列13位、グァルプ・ルガーツェン。
記録によると性格は残忍且つ、狡猾。戦時中、様々な戦場に介入し、帝国と他国を巻き込む災禍を巻き起こし、勝者不在の屍山血河を幾つも築いたと記されている。
召喚直後の主を操った魔術、
そこまでの事をしてきたにも関わらず、序列は半分より下。この事実が魔人の恐ろしさを物語っている。
「かつて、トゥーダスが提唱した異世界脅威論の象徴となり得るかも知れない存在。それがこの異世界人、倉澤蒼一郎だ。尤も、召喚してしまったのは他の誰でもないワタシなのだがな」
自らが戦犯であることをグァルプは愉快げに嗤った。
十九体の魔人はルカビアン文明が崩壊した際の避難民。その生き残りであって、全員が全員、特別な仲間意識を持って繋がっているわけではないとヴァルバラが言っていた。
しかし、逆を言えば少数の特別な仲間意識を持ったグループがある事を意味している。
確か、グァルプはガ・エルと、その兄であるギ・エル。その二人と親交深いと記述があった筈だが、そういう風には見えない――いや、親しいのは事実なのだろう。
ガ・エルはグァルプに対し、恐怖や驚愕。それに困惑を感じている。
恐らく、これもライゼファーが言っていた主を中心とした変革の一つなのかも知れない。異世界が存在する事を知ったグァルプは今までの己の在り方のままではいられない事を悟ったのか、親しい筈のガ・エルとは既に視座を違えている様子だった。
「異世界人……純粋種だと!? この男が!?」
「そうでなければ、お前がここまで追い込まれるなど有り得んだろう? ルカビアンが制御装置の壊れ、過剰な加護を得た大軍勢では無く、たった一匹のヒトモドキに殺されかけるなんて事はな」
グァルプの挑発的な声色にガ・エルが気まずそうに唸る。
主の顔を見上げると背中に挿したレーベインベルグの柄に右手を添えて、左手の調子を見るように握り締めた拳に力を籠めていた。敵同士の話など聞いてやる理由など無いが情報収集も兼ねて、体力の回復に意識を向けることを選択したようだった。
そんな主の態度をグァルプは横目で観察して、口の端を釣り上げた。挑発的と言うより見下している。今度こそ喉笛を食い千切ってやろうか。
「ならば何故だ、グァルプ。異世界の純粋種を召喚して放置した結果、この男は俺に牙を剥いたのだぞ。一体、何の意図があって放置したんだ」
ガ・エルの殺意が薄れていく代わりに憤りが見て取れた。
ルカビアンの十九魔人の名が示す通り、魔人たち目線で言うなら、この世界に純粋な人間は僅か十九人しかいない。主の存在は数千年ぶりに出会った初対面の人間だ。
それにも関わらず、交通事故のような不幸な出会い方をしてしまった。その責任をグァルプに向けているようだが、そもそも主との認識の齟齬に気付いていない。
融和派以外の魔人には受け入れられないだろうが、主にとって帝国人は立派に人間だ。帝国人がオウラノという人工生命体だと知っても、態度を変える事は無い筈だ。
その致命的な価値観の相違が主と大多数の魔人を敵対へと導いてしまう。
グァルプの含み笑いは身動きの取れない主だけでは無く、状況を理解できていないガ・エルを嘲笑っているように感じられた。
「常々考えていた事ではあったが、いい加減に止まった時を動かすべきだと感じていた。文明が滅びて七千年余。我々が避難民面して停滞している間、無尽蔵に繁殖したオウラノは星を埋め尽くし、国を作り、戦国の世に突入し、遂に統一国家の樹立を成し遂げた」
「我々は……この星に残った最後の人間だ。我々は何を増やし、何を減らすか星の管理者として判断せねばならない責務がある。老害たちと同じ轍を我々が踏むわけにはいかないのだ。ヒトモドキなど好きにさせておけ、トゥーダス・アザリンが決断するまでの栄華でしかない。もう失敗は許されない。万全を期す必要がある」
「断言しよう。永い時を停滞し続けている我々は進歩を続けるオウラノに後れを取っている。追い抜かれるのも時間の問題だ。知識、技術、能力ではない。意志の力だ。心が劣っているのだ。では、矢張り、ヒトモドキを……いや、オウラノを支配下に置くしかルカビアン文明の復活は成し遂げられん。倉澤蒼一郎、この男は試金石だ。友であり、仲間であるワタシからお前たちに向けたな」
「ルカビアンってのは、どいつもこいつも思わせぶりな事ばかり言いやがる。肝心なところを話さないのはルカビアンの習い性か?」
悪ノリで召喚してみただけの奴が、ただの思い付きで黒幕面しているのが余程、癇に障ったらしく、主が苛立ちを露わにする。体力は兎も角、呼吸は万全。戦う準備は整った。回答次第では叩き切ると言わんばかりに攻撃姿勢へと重心をずらしていく。
「心配するな。ワタシはライゼファーほどお前に期待もしていなければ、秘密主義でもない」
そう言ってグァルプは、抱きかかえたガ・エルの心臓を貫いた。
「はァ?」
「な、にぃ……!?」
突拍子もない事態に渦中のガ・エルのみならず、主さえも困惑で素っ頓狂な声を漏らす。
「な、何故だ……グァルプ!?」
「なあ、倉澤蒼一郎。ガ・エルの言葉を聞いてどう思った? 文明が崩壊して七千年も停滞した挙句、コイツはトゥーダス・アザリンの決断などという有りもしない未来を待ち望んで、これからも時間の浪費を重ねようとしているのだ。失敗は許されない? 当然だ。しかし、我々には永劫の命がある。何度でもやり直せる。ならば動く時だ」
「意志で勝る帝国人たちを暴力で従えて、シミュレーションゲームの駒にしようってか?」
「異世界人のお前がそれを非難するのか? 我々が支配しようとお前には関係ないだろう」
「七千年も被害者面して停滞していた阿呆が思いつきで始めたことが上手くいくとでも思っているのか? 断言してやる。成否以前に、お前たちは途中で飽きて投げ出すよ。そして、その結果、世は乱れに乱れる。俺はお前たちとは違って繊細なんでな。例え原始的だろうとも文明社会の中でしか生きていけないんだ。利害が相反するなら非難するし、止めるし、無理なら殺す。当然に決まっている」
ほんの少し前まで住所不定のホームレスで、炎の力を得た事で真っ先に考えた事が極寒の地での野宿の主に文明の必要性があるのかどうかはさて置き、グァルプの思想は危険だ。
確かにルカビアンの十九魔人の能力を結集し、ルカビアン文明の再建を目指し、
しかし、この男は主の言葉を否定しなかった。政治の力では無く、暴力で従えようとしている。
つまり、それは
そんなことをするなら、せめて日本に帰せと言うのが主の本音なのだろう。
「途中で投げ出すか。耳の痛い話だな。しかし、オウラノはワタシが設計した人工生命体だ。生みの親の一人であるワタシが人間ごっこを止め、本来の役割を担えと言えば、それに従うのが当然だ。ワタシの創作物なのだからな」
「だったら最初から最後までモルモットとして管理しろよ。七千年も放っておいて今更権利者面なんて虫のいい話が通るか。七千年も世代交代を繰り返した今となっては、お前なんざ親でも、神でも、著作権者でもない。この世界じゃ
「尤もだ。第一、ワタシの考えは同胞からさえも反対されるか、保留されるだけで賛同される事は無い。高邁な目的は既に消え失せ、今や我々に残されたのは口先だけで、義務も責任も無く、停滞というぬるま湯に浸っていたいだけの賢しく、力だけは化け物じみた怠け者しかいない。だから、倉澤蒼一郎よ、お前には感謝する」
グァルプがガ・エルの胸からぐしゃぐしゃになった心臓を引きずり出し、中に貯まった鮮血を絞り出すように握り潰し、地面に投げ捨て、血まみれになった指先でガ・エルの頭を突き刺していく。頭蓋骨の奥にある脳を破壊する意図があるのは、この場にいる誰の目にも明らかだった。
主は動かない。助ける道理も止める理由もない。結果的にガ・エルが死ぬなら殺すのは誰でも良い。
寧ろ、この場合、壁上での戦いで主がガ・エルを斬り殺したことにシナリオを書き換えるべきか、それとも魔人の内部抗争の事実をありのままに公表して、魔人たちに衝撃を与えるべきか。最善を考えるべき時だ。
融和派がいるとは言え、魔人は十九体。あまりにも数が多過ぎる。
しかも、序列の低いガ・エルですら、真正面から戦ってまともに勝てる相手では無かった。いっそ、内輪同士で殺し合うなり結束を乱すなりさせなければ、命が幾つあっても足りない。
「ワタシには殺した相手の魂を複製する能力がある。魂を元に肉体、能力、記憶、知識、精神を模倣した複製を作ることが出来、しかも、殺した相手を生前と全く同じ在り方で擬態する事も出来るのだが……はっきり言って、無意味でつまらん能力だ。ドラゴンなど模倣せずとも使役できる。オウラノなどいらん。気色の悪い」
ルカビアンの十九魔人という集団から、グァルプ・ルガーツェンという個が抜け出し、その手元には半死半生の魔人。主とガ・エルの戦いに介入する事無く、息を潜めて潜伏し、今になって唐突に表れた理由、それは――
「だから死蔵して腐った能力なのだが、ずっと興味があったのだよ。この能力はルカビアンにも適応されるものなのかとな。お前がガ・エルが死ぬ寸前まで追いつめてくれたお陰で簡単に実験できる」
「く、狂ったのかグァルプ。それとも、お前はこんなことをしてまで力を得て、停滞から抜け出そうと言うのか? お前はそれ程までに停滞を憎んでいたと言うのか!?」
ガ・エルの叫びにグァルプが哄笑をあげ、主が飛び出す。
序列13位のグァルプに序列14位のガ・エルの力が加わったら、どれ程の脅威になるのか。単純な足し算で考えるよりも極大の脅威であろうことは考えるまでもない。
「当たり前だろう。何のために世界を滅ぼしたと思っているのだ」
衝撃の発言がグァルプの口から出ると同時に、主の剣閃がガ・エルの首に奔った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます