第8話 精霊兵器はへっぽこである

「野郎! 兵装使いか!」


 攻撃を防がれ、ドワーフたちが悔し気に歯噛みする。

 恐らくは身体に残った最後の力を漲る殺意と奮い立つ怒りで、どうにか絞り出していたのだろう。どうやら第二の攻撃は繰り出せないようだ。


「念じるだけでド素人の自分でも召喚術士の仲間入りにできるんだから魔術の神秘性も安いものですね」


 魔術と親和性の高い金属や宝石に術式を刻印し、特定の魔術のみを発動させることに特化した兵器。それが魔術兵装だ。

 主の右の中指に彫刻が施された金属製の指サックがはめられているが、正にそれが精霊兵器の召喚術式を刻印した主の魔術兵装である。


 刻印可能な物品一つにつき、刻み込める術式は一つだけだからアクセサリーを全身に身に着けるが如く悪趣味にジャラジャラさせても、行使できる魔術の数で言えば本職の魔術師には遠く及ばず、汎用性が低い一方で、魔力を流し込むだけで魔術を発動できる為、発動速度だけなら魔術兵装に軍配が上がる。


 魔術兵装の利点は兎に角、速度に尽きる。

 速度とは発動の速さだけのことを示すものではない。修練を重ね、魔術を覚えるなんてことをしなくても魔術兵装を身に着けた瞬間、素人だって一端の魔術師になれる。習熟速度が通常の魔術師の比ではないのだ。


 勿論、汎用性が無い以上のデメリットもある。


 魔術兵装は非常に高価だ。

 住所不定で非正規労働者の主では身に余る程に。


「ま、兵装使いと言っても刻印された魔術は、精霊界に接続し、彼らが鍛えた武具、所謂、精霊兵器を召喚するだけのもの。精霊兵器の威力は……あなた方ドワーフの方がよくご存じでしょう」


「まさか……精霊兵器、だと……いや、だが……」


「そうだ。その意匠は……」


「子供の粘土遊び以下のクソヘボいデザインに、素人未満の作り込み。間違いない。精霊兵器だ!」


 散々な言われようだが、精霊兵器とはそういう物なのだから仕方がない。

 帝国の物創り文化に感銘を受けた物好きな精霊が刀鍛冶を真似て作ったのが精霊兵器だ。

 言葉の響きと製造由来に対して、出来はあまりにもお粗末な物だが肉体を持たない霊的な存在が、人間と同じ道具と手法で鍛冶を行ったと考えれば及第点以上の出来栄えだと言える。

 少なくとも吾輩には無理だ。製法や道具の使い方は聞けば分かるが、柴犬の前足ではどうにもならんし、あんな重くて固い鉄の塊を口で咥えようという気も起きない。


「貴様……いや、アンタ、何者なんだ。精霊兵器の召喚術を刻印するなんて金をドブに投げ捨てる以下の暴挙だ。金に飽かせた貴族の世間知らずなバカ息子でもこんなことはやらない」


「とんでもない言いようですね。確かにドワーフの職人の目からすれば精霊盾なんて出来損ないの玩具同然かも知れませんが、三方向から迫るあなた達の攻撃を防ぎ切った」


「それは盾じゃねぇ! 鉄板って言うんだ!」


 何せこの盾には持ち手がない。凸凹になった鉄板に、エングレーブなのか傷なのかすら判別の付かない模様っぽいものが彫刻されている。まあ、確かに鉄板だ。しかも、なんか屑鉄らしく鉱物資源としての価値も無く、再加工にも使えないそうだ。


「それでも良いんですよ。板だろうが壁だろうが盾としての役割を果たしてくれれば。御覧なさい、この精霊剣を」


 主が精霊盾を地面に突き刺して立たせると新たに精霊剣を召喚し、太陽の光に全く反射せず、鈍色の輝きすらこれっぽっちも放たない刃を掲げる。

 ドワーフの鉱夫たちがクソヘボデザインと言うだけあって100円ショップの玩具コーナーに置いてるビニール刀の方が幾分かカッコ良く見える。

 造形点で言えば、採点拒否と言ったところだろうか。


「何が剣だ! 切れ味ゼロの鈍器じゃねぇか!」


「でも、これで人の頭を殴れば殺せますよ」


「だが、剣ってのはな!!」


「最低限、剣の形をしていて振るったら人やモンスターが死ぬ。剣で良いじゃありませんか」


 身も蓋も無いことを言いながら主が左手で剣を無造作に振る。轟と風切り音が唸る。

 その斬撃だか打撃だか定かでない剣閃から放たれた衝撃波が傍に立つ木の葉を全て散らせた。

 もう一振りすれば木々を粉々に砕くことが出来る程の衝撃で、主の膂力で人間の頭に振り落とせば、頭部が潰れて無くなるであろうことは想像に難くない。


「ね?」


 好青年のようでもあり、優しい教師のようでもあり、感情がある振りをした無感情な殺人機械のようでもある。

 そんな笑みに誰もがたじろいだ。ベルカンタンプ鉱山を襲った邪教徒とは違うことは察せられたようだが、それはそれとして主の笑みを浮かべつつも問答を不要とする強引さにまた別の不信感が浮かび上がっているように見える。


 ――気持ちは分からないでもない。


「どうする……?」


「なんつーか萎えた」


 確実に吾輩の主をバカにしている。

 本来なら主を愚弄されたことに怒りを表明すべきなのだろうが、遺憾ながら彼らの態度に同意せざるを得ない。

 何と言うか吾輩の主、倉澤蒼一郎は少しバカなのだ。

 だが、バカでも良いのだ。ドワーフの鉱夫たちから怒りを散らし、毒気が抜けたかのように暴力の匂いを掻き消したのだから。

 被害者を殺しという安易且つ、短絡的な暴挙に打って出ることなく、説得することに成功した主の人間的な成長による喜ばしい成果だ。


「なあアンタ」


「はい、なんでしょう?」


「フリーのモンスタースレイヤーだって言ったな?」


「ええ。そうですよ」


「フリーなら別にギルドを通す必要もない。さっきから殺すだの死ぬだのと真っ当なスレイヤーじゃないな。邪教徒も殺せるって言うならこっちで雇ってやっても良い」


「先ほども申し上げました通り、この地から納品される筈の鉱物資源が届いておらず、その原因の究明と、可能であれば原因を排除してこいと言うのが自分に与えられた依頼です」


 カトリエル女史から提案された表向きの動機を、そっくりそのまま答える。

 馬鹿正直なのか契約倫理によるものなのか主は報酬の二重取りをする気がないらしい。

 日本にいた時からそうだが、主は人間のくせに金に無頓着なところがある。

 金が無いなら無いなりの生活をすればよい。それが嫌なら稼げばよい――といった具合だ。

 それに何より報酬を得ることで生じる責任を面倒くさがっているのだ。

 更に言えば、困窮と仕事なら余程の窮地に陥らない限り、困窮を選んでしまうのが主の悪癖でもある。本質的に怠け者なのだ。


「原因が邪教徒だと言うのであれば鏖殺するのも依頼の範囲です。既に報酬は与えられているので、自分があなた方に要求するのは一つ。この地を襲った邪教徒は今どちらへ? お教え頂けましたら、今ならなんと無料にて邪教徒を皆殺しに致します」


 そして、主は「どうです? お得でしょう? 今だけですよ!!」とテレビで観た通販番組の司会者のような言葉で締め括った。


「分かった。分かった。良いだろう……奴等は一番坑道に押し入った。女子供老人死体も関係なく目についた者を片っ端から連れ去ってな」


「邪教徒は残ったドワーフに対しては何もしなかったのですか?」


「そうだ。そして、押し入ったまま戻ってきていない。生き残りをかき集めて突入も考えたが坑道は既にモンスターだらけだ。奴らの中に召喚術士がいる。飛び切り凶暴な奴が。召喚術士としてはアンタよりもずっと真面なのかも知れんがな」


「習得に大層な時間と並々ならぬ努力を重ねて修めた真面な魔術の使い手が、精霊世界と接続するだけの練習用の召喚魔術に敗れるってのは最高に皮肉が効いて面白いとは思いませんか?」


 そう言葉にする主の口の端が大きく吊り上がり、狂暴で悪辣な笑みを作り上げていた。

 主が浮かべる凶相にドワーフたちが頼もしそうに口元を綻ばせた。


 実は日本にもこの世界と同じように神が実体を持って存在し、殺戮を楽しむ我が主の本質が神の手に負えないから追い出されたのでは無いだろうか。

 この世界に馴染みすぎる主の姿から、そう思えてならなかった。

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