第27話 主はジャイアントスレイヤーである

 黒いモヤを包帯のように傷口に巻き付けた巨人が甲高い金切り声と共に飛び上がる。巨体に見合わぬ――、それとも巨体だからこそだろうか? 尋常ならざる跳躍力で豆粒のように小さくなったかと思えば、隕石の如く急降下。主の頭蓋目掛けて岩石のような赤茶けた拳を叩き落すも、剣の腹で軽く叩かれ軌道を逸らされる。高高度からの急降下攻撃が空を切り、空振りした拳は容易く地面を揺らして亀裂を走らせる。


「砂埃を立てるなよ、鬱陶しい」


 主はその場から一歩も動かず、言葉通り鬱陶しそうに吐き捨てた。

 そこに紙一重で潰されそうになった恐怖や緊張、超絶技巧を勝ち誇る様子は一切ない。主の眼は油断なく、黒いモヤに覆われた巨人を捉えて殺意を漲らせているが、体に余計な力が入ったり、変な気負いは見受けられなかった。

 そしてよく見ると巨人の手首には大きな蚯蚓腫れが浮かんでいた。余程の力で引っ叩かれたのだろう。巨人の拳を逸らしたのは主の超絶技巧と思ったが、どうやら身体能力任せの力業のようだ。

 そりゃそうだよなと納得していると蚯蚓腫れした巨人の手首が沸騰し、赤熱化したかと思えば一気に炭化し、音を立てて地に落ちた。


「殺してやろうかと思ったけど、巨人の方はもう死んでるな」


 主の眼に宿る殺意が僅かに薄れる。確かに痛みや熱に反応している様子がない。

 ドラゴンですら感情を見せていたのに、巨人にはそれが見受けられなかった。


「肉体を斬っても意味が無いわ。絶つべきは霊体よ」


「承知しました。バラバラになった巨人の身体を霊体が継ぎ接ぎにしているとなると――」


 巨人の身体も一度は主の斬撃で四分割にされたが、今しがた落とした手首と同様、黒いモヤが切断面を接ぎ直している。


「核となる部分を――」


「探し出すのも面倒だし、全身斬って焼けば良いか」


 カトリエル女史が答えを口にしている最中、主は脳筋とごり押しの結論を下すと同時に実行に移した。そして主の言葉は比喩でも大言でも無い。

 主の両手から無数に飛び交う剣閃が隙間なく放たれ、尋常ならざる圧力は斬撃の壁であった。そして、その斬撃の壁を追うように炎の壁が巨人を追撃。黒いモヤに寄生された巨人の全てを叩き潰すかのように斬って焼いた。


 何とも頭の悪い絶技である。


「冗談みたいな人ね」


 説明途中で遮られて不機嫌になるかと思いきや、あまりにもバカ過ぎる光景に彼女は吹き出し、言葉にひそかな笑い声を含ませていた。

 いやしかし、我が主ながら出来の悪い冗談が服を着ているような男だ。

 そして、現代日本でよくもこれ程の力を隠し通せたものだと心底感心させられた。


「良い剣だ。自分程度の剣技でも思った通りのことが出来る」


 精霊剣に限らず、並大抵の武器なら主の腕力に耐え切れず、一振りしただけで刀身が折れ曲がってしまう。主の技量と言うより馬鹿力にも応えられるのは出鱈目じみた業物だ。

 習作の未完成品とは言え、レーベインベルグならば主の強者としての立場をもう一段階引き上げることが出来る。魔人の討伐も決して非現実的な夢物語ではなくなったように思える。


「まだよ。再生が止まっていない」


「だったら再生出来なくなるまで、何度でも殺し尽くしてやる……と言いたいところですが、全身を満遍なく斬って焼いても再生するが止まらないなら、コイツの中に核は存在しないのかも知れない。」


 レーベインベルグを覆う炎が轟と音を立てて勢いを増し、再生途中の肉片と黒いモヤを焼き払う。一瞬にして炭化したかと思えば、瞬く間に鮮血の水気が滲みだし、真っ赤な繊維が一瞬にして伸びて、他の繊維と結び付いて肉になり、塊になり、人の姿に、巨人の形に戻っていく。


「死滅せずに再生が止まらないとなると、こいつ自体が本体から枝分かれした肉片みたいなものか。胡桃さん、黒い靄に寄生された巨人の所に先導を頼む!!」


「どうするつもり?」


「一か所に集めて、全員纏めて殺します。悪霊の群れが入り込んだんじゃなくて、一体の悪霊が巨人の群れに寄生するために分裂したのかも知れない。だったら一纏めにした方が核も殺し易いってもんですよ」


 意図が分かれば吾輩も動きやすい。しかし、主を他の巨人のところへ誘導するのは良いが、今この場にいる巨人はどうやって誘導するつもりなのだろうか?


「そういうわけだから胡桃さん、任せた!!」


 主の号令に反射的に駆け出すものの巨人の扱いが気になって背後を振り返ると、主が巨人の足首を掴んで引き摺り、吾輩の後を追ってきた。

 じわじわと吾輩との差が詰められつつある。主が自分よりも二倍か三倍はあろう肉の塊を引き摺りながら猛然と迫ってくる。

 本当にバカみたいな光景だと呆れたら良いのか、あんな物を引きずっているにも関わらず吾輩を追い抜こうとする勢いに悔しがれば良いのか、どんなに凄まじい剣と出鱈目な力があっても頼りにされることを誇れば良いのか、背後から迫る肉の塊に恐れ戦けば良いのか、複雑な気分になりながら次の巨人の所へ駆け抜ける。

 匂いは主に引きずられている巨人を含めて五つ。

 しかし、残りの巨人も手首なり足首なりを掴んで引きずり回していくつもりなのだろうか? 力は足りても腕の数が足りない。吾輩はただの天才だ。巨人を引きずるのは無理だし、カトリエル女史も力はあっても絵面が良くないし、何より主がそんなことをさせるとは思えなかった。


「オラッ!! 引っ付いてこい!!」


 主が無茶なことを怒鳴って巨人を力任せにぶん投げた。最早、コントかギャグだ。

 しかし、どんなに現実離れしてふざけた光景であろうと目の前で起きているのは現実の現象だ。

 主が投擲した巨人が飛翔しながら左右真っ二つに分かれる。投擲と斬撃を同時に行ったのだろう。我が主ながらふざけた奴だ。

 巨人同士が轟音と共に正面衝突し、両断された巨人を中心に黒いモヤに覆われていく。


「よし、思った通りだ」


「巨人を寄生している霊体がもう一体の巨人に繋がろうとしている……これは?」


「あの黒い靄は巨人の傷口を塞ぎながら体内に侵入して寄生する性質を持っているでしょう? 再生の早さから思考で制御しているのではなく本能的、或いは反射的な習性で再生しているのだと判断しました。餌を前にして飛び付く獣のように」


「そういうことね。あなたが予測した通り、あれが一体の霊的なモンスターが分裂した存在なのだとしたら、巨人エサの奪い合いにはならない」


「ええ、全てが自分自身なのですから競合は起きない。だったら傷を付けて傍に放り投げてやれば――」


 流石は吾輩の主。抜群の戦闘勘だ。

 しかし、あれを傍に放り投げるなどと生易しい表現をするのだけは受け入れられない。あの投擲は射出、或いは発射と呼ぶべき猛攻だ。


「傷口から寄生する習性と再生しようとする習性で、巨人の物理的な肉体の都合を無視して無理矢理にでも一つになろうとする」


「そういうことです。あとはこれを最後の一体になるまで繰り返していけば一つの霊体と肉の塊になる筈。そうしたら、もう一度粉々になるまで斬って焼いてぶっ殺せばおしまいです。勿論、一纏めにする前に核を見つけ出せる可能性も十分にありますが」


 主が得意げに策略を披露するが、策などない。何もかもが力業のごり押しだ。

 それでも、これでこの騒動を無事に収める算段もついたのは事実だ。


 しかし、何と言うか――


「まさか、核を持った奴が最後の一体とは、これは何とも運の悪い」


 肉の塊を引きずる主が苦笑を顔に浮かべて言った。

 四体の巨人を取り込んだ黒いモヤが攻撃をしようとする度に主の拳が、さながら躾でもするかのような調子で繰り出され、黒いモヤがかった不気味な肉塊も今や血と泥にまみれて憐れな姿へと変貌している。


「けど、これでやっと解放されるわね。ご苦労様」


 カトリエル女史の労いの言葉を受けて、主が肉塊を核めがけてぶん投げる。

「あー、重たかった」と言いながら肩を回す。ドラゴンに比べたら幾らかは軽いかも知れないが、巨人四体分の重量を片手で引きずり回すなど尋常ではない。

 間違っても「あー、重たかった」などと軽々しく言えることじゃない筈だ。


「よし、それじゃさっさと斬って焼いて殺して、次の街へ移動しましょうか」


 主がレーベインベルグを肩に担いで肉塊へと歩いて近付いていくと、黒いモヤが爆発的に膨張し、五体の巨人を一纏めにするようにして飲み込んだ。

 肉が軋み、裂け、飛び出した骨が折れ、黒いモヤに全身を覆われながら一つの形に定まっていく。五体の巨人が一体の大巨人に合体していく光景は――


「特撮ヒーローの合体ロボみたいだ。けれど、ロボットの合体シーケンスを生身の肉でやると悍ましいもんだな。趣味が悪い。いや、悪あがきにしても本当にセンスと正気を疑いますよ」


 主がこの場にいない誰かに聞かせるように言ってレーベインベルグを構える。

 まるでこの怪物が誰かの手によって生み出された人工物であるかのような物言いだ。

 大巨人が一分の隙間なく黒いモヤを纏ったのは、主が剣を構えたことによる防衛本能か。それとも誰かの怒りに呼応しての現象なのか。


「肉達磨に寄生虫の悪霊を被せたところで気色の悪さを隠せちゃいませんよ、っと」


 軽い口ぶりとは裏腹に、主の踏み込みで地面が陥没。その爆発的な衝撃を背にした主が地面すれすれを飛翔する。弾丸の如く勢いで大巨人の股下を潜り抜け、大木の幹よりも太い両足首が切断。再び、肉迫。すれ違う度に大巨人の手首、前腕、肩口が切断されていく。欠落していく肉を足場に跳躍する主の斬撃が大巨人の首へと迫る。


「適当に回転しながら振り回すだけで肉が切れるんだから楽なもんだ」


 主の腕から剣閃が迸る度に、巨体が小さくなっていく。

 黒いモヤが大巨人を再生させるよりも主が斬撃を走らせ、肉を分断する方が二手も三手も早い。


「どうせ頭か心臓に核を置いてんだろ、バカの一つ覚えに!!」


 大巨人の頭上を捉えた主がレーベインベルグの刀身に炎を纏わせ上段に構える。

 頭蓋と心臓を纏めて焼き斬ろうと刃を振り落とした瞬間、大巨人の口腔から鋭い骨が針鼠のようにびっしりと生え、主を貫かんと放たれた。


「しゃらくせぇ!!」


 迫る骨の針山を払い除けるようにして刃を薙ぎ払って更に加速。

 更に再生する骨の針の幾つかが主の頬を掠め、耳を貫くも、主の勢いを止めるには至らなかった。

 黒いモヤはまるで血が頭に上ったかのように、骨の針の勢いを激化させ、漸く再生を終えた両腕を振り上げる。


 成程、主が言った通りなのかも知れない。


「全部がバカの一つ覚えだな、低能が!!」


 骨に貫かれた耳の肉が千切れるのも御構い無しに首を振って、更に加速。炎を纏う斬撃を大巨人の頭蓋に叩き落し、心臓のある位置まで抉り取るが如く、レーベインベルグを振り抜いた。

 左右から迫りくる大巨人の両掌が主を圧し潰すまで後わずかと言うところで、大巨人を覆うモヤが地面に零れ落ちていく。


「後僅かで自分を潰せるとでも思いましたか?」


 主がレーベインベルグを納刀すると大巨人の両手が血飛沫を吹いて欠落する。


「態々避けるまでも無いんだよ、実力差も見抜けない間抜けが」


 凶相を顔に浮かべた主の罵倒は、大巨人を通して見ている誰かに向けているかのようだった。

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