第4話 狩りは得意である

 フェニックスの玉子包みに舌鼓を打ったのち、なだらかな坂道を下りて、主と共にソウブルー要塞の外に出る。

 この巨大な要塞都市は切り立った断崖の上に螺旋を描くように建造されていて、門は怪獣ですら容易に通れそうな程大きく、見るからに頑強そうだ。


「何度見ても壮大だな。パリで見た凱旋門よりずっと大きい」


 感嘆の声をあげる主と共に門を見上げる。もう既に何度も何度も往来しているのに、飽きもせずに見上げて感嘆の声をあげてしまうのは、大きな物に憧れを抱く本能が吾輩たちの遺伝子に組み込まれているからなのかも知れない。

 しかし、大きければ何でも強く感情を揺さぶられるかと言うとそうでもない。

 例えば門を通り抜けた先の岸壁と大地を繋ぐ、巨大な石橋には主も吾輩も何の反応もしない。あまりにも大き過ぎるのだ。大通りと見紛う程の巨大な石橋を橋として認識できないから感慨の持ちようもない。


「流通が滞ってるって話だけど、この光景だけ見てたら、とてもそうは思えないって勘違いしそうになるなぁ」


 車もなければ自転車すらない国だが、この巨大な石橋が歩行者天国ということはない。

 車の代わりに馬車が行き交っている。その殆どが商売人が売り物を積んだ四頭引きの馬車で、時折、軽トラの荷台みたいな幌のない六頭引きの馬車が点々として、荷台には何処からか上京してきたのか瘦せ細った人たちが身を寄せ合っていた。

 そして、一際目を引く、四頭引きの馬車ならぬ像車。その迫力たるや10トントラックをも凌駕する。像も巨大だが、引っ張っている荷車の大きさは殆ど家だ。


「毎度の事ながら一体、何を積んでいるんだろうな?」


 これだけの荷物が途切れることなく運び込まれているにも関わらず、流通の滞りに懸念する声がよく聞こえてくるのだから、要塞都市の巨大さや、収容している人口の多さも窺い知れるというものだ。

 徒歩が嫌いな者にとっては少々出入りするだけでも途方に暮れ、途轍もない苦痛を感じることになるであろう巨大な石橋を渡り終えると、ある種の名物が見えてくる。


「犯罪者たちもすっかり大人しくなったな」


 石橋が終わると要塞から追い出された。或いは要塞への入場を断られた犯罪者たちのテントが難民キャンプさながらに並んでいる。

 一見すると犯罪者が一か所に集まって危険そうだが衛兵団が常駐しており、善良な帝国民に累が及ばないように目を光らせている。心配無用とは言えないが、印象ほど危険というわけでもない。

 何より、何も知らずに主に絡んで仲間を惨殺された者も数多くおり、今や吾輩の主、倉澤蒼一郎は触れてはいけない存在アンタッチャブルとして認識されている。


「これなら自分が出しゃばることもないかな?」


 そんなことを言うのなら、大人しく衛兵団に入れば良いのにと思わなくもない。

 何はともあれ、そういった経緯もあって完全に心が折れて今や、犯罪者と言うよりは犯罪歴のある難民だ。主のみならず、衛兵団も彼らを今のところは生かしておくつもりのようだ。心の折れた犯罪者を始末する暇があったら、心根の腐った犯罪者を探し出すことを優先しているのだろう。

 お互いに存在を無視して先に進むと、砂地がむき出しになった街道が伸びる。


 舗装されていない道路を歩くと爪の付け根や手足、被毛に土が付着するので、風呂桶に放り込まれて念入りに洗われるのは苦痛だが、そのあとのブラッシングは天にも昇る心地よさなので痛し痒しと言ったところだ。


 更に進むと街道の隅に生えた雑草が高くなっていく。

 人の手があまり入っていない土地に入り込んだことを意味するが、必ずしも危険地帯というわけではない。

 至る所にキリンの首よりもずっと長い監視塔が点々と建っており、帝国衛兵団の兵士たちが不埒な者たちの蛮行を未然に食い止めるべく、しっかりと見張っているので、ある程度は安心と安全が担保されているのだ。


「監視塔は通常の監視体制。野盗の心配は特に無しか。それじゃあ胡桃さん、一仕事任せた」


 愛犬を家族と言い、庇護の対象と見做すのが現代日本の倣いであるが、吾輩はただ守られるだけの愛玩犬ではない。

 吾輩は倉澤蒼一郎を主と認識しているが、同時に彼の相棒という自負がある。

 事実、主はフェニックス狩りには吾輩の力が必要不可欠であると考えている。

 吾輩がフェニックスを釣り出し、主が狩る。そういう役割分担だ。


 森に住処を持つフェニックスは警戒心が強い反面、縄張り意識が強く、しかも短気で攻撃的。

 人間の言葉を喋ることが出来ない柴犬だから言えることだが、フェニックスという孔雀によく似た姿のモンスターは、吾輩の主に似た気質を持つ。はっきり言って怒らせるのは容易い。


 フェニックスの縄張りとなる木の幹には奴らの真っ赤な羽根が刺さっている。

 これが古くなると色素が抜けて白くなっていく。白い羽根の時は所有権の喪失を意味するが、真っ赤な内はまだ羽根を打ち付けたばかりで縄張りであることもそうだが、何よりこの近くにいることを意味する。

 なので、真っ赤な羽の上に小便をかけてマーキング。所有権を上書きする。


 フェニックスは森の中に広く生息している為、一つや二つマーキングを上書きした程度では姿を現さない。

 だが、これが三つ四つと小便をひっかけてやると戸惑いの気配が森の中に漂い出す。敵の侵略を未だに察せていない証拠だ。

 この地を縄張りにしているフェニックスは随分と間抜けらしい。今回の狩りは楽に終わりそうだ。


 五枚目の羽根に小便を引っ掛け、遠吠えを一つ。

 すると漸く、縄張りを荒らされたことに気付いたフェニックスが怒りの気配を放つが、吾輩が何処にいるかまでは把握出来ていないらしく、森に漂う怒りの気配が妙に強弱疎らだ。

 仕方がないので「この間抜け野郎!」という意思表示を込めて「ワン! ワン! 」と吠えてやると遠くの木々が激しく揺れ動く。


「よし、このまま平野におびき出すぞ!!」


 主の意図を汲んで吾輩が先導する。

 どうやら此処のフェニックスは大家族らしく、吾輩たちは囲まれつつあった。

 命の獲り合いというある種の極限状態で、化け物よりも化け物じみた力を持つ我が主が遅れを取ることなど、到底考えられないが、狩りを楽に済ませられるならそれに越したことはない。

 包囲をすり抜けつつ、フェニックスが追撃を諦めないように速度を調整しながら疾走する。

 森を抜け、平野部でも雑草が低くて見晴らしが良く、地面の起伏が少ない場所へと誘導し、五度吠えて立ち止まる。

 此処が最良の狩場であると同時に、フェニックスの数が五羽であることを報せ、更にフェニックスたちへの挑発も兼ねている。所謂、マルチタスクという奴だ。


「サンキュー、胡桃さん!! と言うわけで、くたばりやがれ昼飯共!!」


 主が右足を軸に急速旋回し、流れるような回し蹴りで先頭のフェニックスの首を強かに打つ。常人の首なら容易に肉を裂いて、骨を粉砕しているところだが、フェニックスは脳震盪を起こして目を回すに留まっている。

 モンスターならではの頑強さもさることながら、食肉として納品する物だから傷が付きすぎないように力を調整した主の巧みな技によるものだ。


 ――アーベルト殿に見られたら、手加減が出来るなら最初からやれと言われそうだ。


 手加減が上手くなったのは比較的最近だ。商業地区の人たちの依頼で初めて狩りをした時は散々だった。

 人間離れした膂力で力任せに蹴ったせいでフェニックスを破裂させ、文字通り挽肉に変えてしまったのだが、砕けた骨や臓器、羽根に血液と混ざり合って最低最悪の異物混入状態。

 とてもでは無いが食肉として納品するのは素人目どころか犬の目から見てもアウトな代物を生み出してしまった。

 かと言って、フードロス削減を目指して自分たちで食って処分できるような状態でも無く、仕方がないから別のフェニックスを狩ろうとしたら、目の前で仲間が爆散する光景を目の当たりにして一目散に逃げ出す始末で、戦うよりも探し出したり、追いかける方が遥かに労力を必要とした上に結局見失ってしまった。

 あの日は異物まみれの挽肉で釣り餌を作って、辛うじてその日の食事を得ることに成功したのだ。あの出来事は帝国に来て二番目のピンチだった。

 そうした手痛い教訓から現在の狩猟スタイルを確立するに至ったというわけである。


「まずは一匹!!」


 そして、最後だ。


 上手い具合に脳震盪を起こしたフェニックスの首を引っ掴んで、後続のフェニックス目掛けて叩き付ける。するとカエルの潰れたような声で驚愕の悲鳴を漏らす。

 驚愕の声は群れに伝播し、統率の欠落により攻撃を続行するのか、様子を見るのか、撤退するのか、迷いと混乱が瞬だけ行動が鈍化させる。

 そして、一斉に違う動きをして、仲間と違うことをしていることに気付いて、一斉に動きを止める。何故、こんな事が起こるのかと言うと真っ先に主に蹴り倒された奴が群れのリーダーだからだ。そして、無様な悲鳴をあげたのがサブリーダー。最早、群れとして機能していない。

 後は硬直したフェニックスの首なり尾なりを引っ掴んで力任せに振り回す。

 六人掛けの鉄製テーブルを片手で持ち上げ、鋭敏に振り回せるだけの膂力を持つ主が、グレートデンくらいの超大型犬と同じ大きさのフェニックスを力任せに振り回したらどうなるか? 答えは簡単。口から、或いはケツから腹の中にある物を全て強制排出だ。

 目を回して立ち上がれなくなるどころか、急激な脱水症状で意識も朦朧とする。

 後は恐慌状態から回復しつつあるサブリーダーの首を掴んで、群れのリーダー目掛けて振り落とす。その動きはカンフーアクションスターのヌンチャク捌き宛らだ。

 常識外れの主の膂力に遠心力が組み合わさった一撃はアクションスターよりもずっと狂暴で、荒々しくも猛々しい。


「よし、割と綺麗に屠殺できたな」


 主が満足気に笑みを浮かべる。今や戦いや狩猟と言うよりも作業だ。

 フェニックスは鋭い羽根や、頑丈な幹に羽根を打ち付ける膂力を披露する機会すら与えられず絶命――我々の糧となることが決定したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る