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懐かしい気持ちのまま、その首に腕を回した。


久しぶりに触れた唇は、最高に愛しくて。


「…好きだよ、ルナ。」

やっと言えた。


そう言ってはにかむ笑顔が、大好きだと思った。


「白無垢姿の花嫁に、こんなこと言うのも変だけど…」


時の流れが、あの頃と同じ速度に戻って、彼がポケットから取り出した小さな箱に入っているものが何かなんて、嫌でも分かる。


「…ここに来ること、すごく迷った。

たとえ事件の証拠が掴めても、あの人が逮捕されても、ルナがあの人や天王寺家に恩を感じてることは気付いてたし…ある意味、家族のような人だろうから、真実を明かす事が本当に最善の道なのか、自信、なくて。」


ユキ君の言う通り、本当は今も、複雑な気持ちでいる。

あの人と過ごした時間は長過ぎて、恨みや憎しみよりも、愛が勝ってしまいそうになる。


でも、それは、愛なんかじゃない。

ただ…少し、恩があるだけ。


そんなものであの人のしたことが許されるわけがないし、許してはいけないの。

そう、ユキ君が、教えてくれた。


「…でも、俺、やっぱり、ルナが好きなんだ。頭では、何が正しいのかなんて難しく考えてみても、結局、ルナのことが好きだなって…それだけで。」


1回しか、言わないからね?


そう言って恥ずかしさに頬を染めるのが、ユキ君らしいよね。


「…俺と、結婚してください。」



『…私、お片付けできないよ?』


「うん、知ってる。」


『割と金使い荒いし。』


「うん。」


『…まだ、ユウジ君のファンだよ?』


「…ははっ、なんだよ。そんなん知ってるってば。」


ユキ君は、ルナのことなんて、なんでも知ってるよ、と笑う。



…私、こんなに幸せで良いのかな。

だって本当なら、今日までで全ての自由を奪われる覚悟だったのに。


ヒーローは忘れた頃にやって来るって、本当だったんだね。


『…私で良ければ、ユキ君の、お嫁さんにしてください。』


幸せすぎて、また、涙がこぼれた。


好きな人に、好きだと言われることが、こんなにも幸せだとは思わなかった。


「もちろん、喜んで。…覚悟してね。びっくりするくらい、幸せにするから。」


何言ってんの。

もう、私、こんなに幸せなのに。


でも、ユキ君はきっと、本当に、もっともっと幸せにしてくれるんでしょ?


たくさんたくさん遠回りして、長い時間がかかったけど、今こうして貴方の隣にいられるなら…私の人生、捨てたもんじゃない。




その場にいた報道陣から自然に湧いた拍手で、一連の事件は幕を閉じた。


それは、日本芸能史上、最大のスキャンダル。


古くからの名門である天王寺家と西園寺家の愛憎劇。

その末娘が、4年前電撃引退したスーパーモデル、狭間ルナであったこと、そしてその幽閉されていた過去。

人気グループBLUEの向坂 宏之と何度も報道が出ながら、突然、違う人との婚約発表をした本当の理由。

そんな私を取り戻すため、彼がありとあらゆる手段を使い、自分の芸能人生の全てをかけてまで掴んだ、西園寺家長女殺害事件の決定的証拠。


ワイドショーは連日、私達の今までを、丁寧に解説した。



何もかも明らかになって、私たちを取り巻く環境は大きく変わった。


それでも。



「…ルナ」


ユキ君が私の名前を、嬉しそうに呼ぶたびに、いつまでも変わらない、愛を感じる。


その響きに込められた温かさに、1番大切なものを、もう二度と見失わずにいられる。



切なさに幾度も流した涙の跡を埋めるように、ギュッとその手を握りしめて、これからは、歩いて行こう。


どこまでも、2人で。

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