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狭間ルナ「幼少期からの許嫁」と婚約


狭間ルナ、天王寺グループ跡取りと婚約、芸能界を引退


ルナ引退表明「許嫁と正式に婚約」


ルナ婚約、相手は向坂でなく天王寺


狭間ルナ、婚約相手は18歳


ルナ、卒業でなく「引退」だった




「知ってたか? とは、あえて聞かない。」


今朝の新聞を一通り俺に投げ付けて、社長はそう言い放った。


「お前は “何も知らなかった”。…良いな?」



ワザとらしく大きな音を立てて社長が出て行き、メンバーだけが残されたBLUEの楽屋は、重く静まり返る。



「…気付いてやれなくて、ごめん。」


悠二がポツリとそう言った。


「いや、俺の方こそ、言わなくてごめん。…事情があまりにも複雑でさ。」

「ユキが謝ることでもないよ。…誰も、悪くない。」


隼人さんが、正しかった。


「失礼します、スタンバイお願いします!」


スタッフさんに声をかけられ、移動する。


運の悪いことに、今日はゼクシィの新CMのお披露目。

関係の無い質問はおやめください、なんて言ったって、簡単に俺らの話題に持って行けるだろう。




[皆さんは、過去に結婚を考えるような交際をしたことはありますか?]


「そりゃあ、誰かて好きな人と付き合うてる時は考えますわ!せやけど、俺らは今、仕事と結婚しとるようなもんですからね。」

「そうだね。仕事とラブラブしてるよね。」

「幸せだよね。」


皆は、気を使って、どの質問にも全員からの答え、という形で喋ってくれていた。


俺の仕事は簡単だ。

ただ笑って、そうだね、なんて頷いているだけでいい。



[それでは、もし別れた女性が 結婚、婚約されたと聞いたら、どうお思いになりますか?]


…ただ、笑っていればいい。


「…ああー!それは難しいよね!」

「そうだね…まあ、現実としてどう思うかは別として、男としては、相手の幸せを願ってあげられるような器の大きさではいたいよね。」

「あくまでも願望なんだね。」

「願望だね!」


ね、ね、と笑ってくれるメンバーは、頼もしいけど、それじゃあ記者が満足しないのもわかってた。


[向坂さんは、以前、ウェディングの撮影をされたことがあると思いますが、その時はどう感じられましたか?]


遂に、俺だけをターゲットにした質問が来る。

もう、逃げたって仕方ない。

自分に言い聞かせて、マイクを口元に寄せた。

その途端、フラッシュは今日一番の音を鳴らす。


「…そうですね、撮影の時は、気分を本当の結婚式みたいに持っていくために、今回ゼクシィのCMに起用していただいた僕たちBLUEのウェディングソングとかを流していて。実際に式を迎えるのとは全然違うんでしょうけど、なんていうか、なんとも幸せな雰囲気の現場でしたね。」

「俺も、ドラマで結婚式のシーンを撮ったことがあって…」


滅多に自分から話さないコンちゃんまで、俺だけが答える状況は作るまいとしてくれているのが分かる。



「それでは質問は終わります、BLUEの皆さんは控え室に…」

「向坂さん!狭間さんの婚約報道について一言!」

「向坂さんはご存知だったんですか?」

「交際報道を否定されなかったのは何故ですか?」


何も言わず、表情も変えず、あと数歩歩けば、記者の質問に答えなくてもやり過ごせた。


でも。


「狭間さんに裏切られたと知ったのはいつですか?!」


その質問が耳に入った途端、俺は、思わず振り返ってしまう。


シャッター音はうるさかったけど、メンバーが俺に、やめろと言ったのは聞こえていた。


「…彼女に裏切られたことは、一度もありません。」


それでも、俺の口は勝手に動いていた。


「向坂さんそれは?」

「許嫁がいると知っていた上でのお付き合いだったんですか?!」

「天王寺さんはご存知ですか?」


もはやカオスと化した記者達を必死に抑えるスタッフが居た堪れなくて、俺は軽く手で制した。

答える気を見せた途端に報道陣は静まる。


「…彼女が許嫁の元へ行ってしまうと分かっていた上で、俺の方からアプローチしました。無理を言って、家に転がり込んだり、デートに連れ出したりもしましたが……」


半分嘘で、半分は本当だ。


「…ずっと、最初から、俺の片想いだったんです。…それだけです。

仕事の都合もあって無碍にもできずに迷惑な男だったろうけど、彼女は本当に良い人で、少しの間でも、楽しい夢を見せて頂きました。」


深くお辞儀をして、会場を後にする背中に、最後の質問が投げられる。


「どうして…許嫁がいる叶わない想いだと分かった上で、狭間さんにアプローチしたんですか?」


…そんなの、こっちが聞きたいよ。

そう思いつつも、少しだけ、あいつの真似をしてみせた。


「まあ、その辺は…オトナの事情、ってやつですよ。」


頭の中で、ルナが、ユキ君はバカね、なんて笑っていた。



控え室に戻った俺は、もう、居ても立っても居られなくて。


「…ユキ!」


思いっきり、そこにあったイスを蹴飛ばした。


足先に伝わる痛みが、いやにリアルで。


「……くっそぉ…」


力尽きたようにその場にしゃがみこむ。


涙がボロボロ溢れ出て、俺の足元を少し濡らした。


「…やっぱり、俺の、片想いだったんだよなぁ。」


本当は、ずっと、どこかで期待してたんだ。

ルナは、俺を選んでくれるんじゃないかって。俺のところに、来てくれるんじゃないかって。


でも、気付いている自分もいた。

…最初からずっと、俺の、片想いだったんだって。


俺がルナを好きになって、どうしようもなく愛おしくなればなるほど、ルナは少し、困った顔をした。


それが、ルナが俺を想ってくれている証だと、そう、信じていた。

信じていたかった。

だから俺は、それで良いって、自分に言い聞かせてたんだ。


今、幸せなら。

言葉になんて、しなくても。

たとえ、叶わない恋だと分かっていても。


だけど。


「…好きだよ、ルナ」


一度も言えなかったその言葉は、言ってみて初めて、言えば良かったと思った。


だけど、もう、届かない。


好きだよ、ルナ。


俺の本気の、初恋だった。


俺の最後の、恋だった。


永遠に報われることのないこの思いが、俺の心をギュッと握って、離さなかった。



“ユキ君の、悲しい恋の歌が似合う声が好き”



君はいつか、そう言ったよね。

ならばいつまでも、歌い続けよう。


君だけを、想って。


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