5
『お布団は和室に運んで、問題はユキ君の荷物だよね。どうしよっか…』
買い物から帰ると、マネージャーが俺の自宅から服とか生活用品を段ボールに詰めて持って来てくれていた。
『お洋服、私のクローゼットの一角に置くんでも良い?』
「どこでも構わないよ。」
『おっけー。じゃあクローゼットこっちだよ、それ持って付いて来て。』
それは玄関から向かってリビングの反対側、俺がまだ一度も踏み入れたことのないドアの向こうだった。
『んーと、この辺を空けるから…』
「うわぁ…」
そこは。
「…すっごい広い。」
ウォークインクローゼット。
靴にドレスにアクセサリーに、ショーケースのようにビッチリ綺麗に並べられて、壁には大きなミラー。
いわゆる女の子の憧れ、というのを形にしたような空間で、男の俺でも、素敵すぎて溜息が出る。
『へへ。すごいでしょ?ここ。この家の1番の自慢なの。これ作るために2部屋も潰したんだ~。』
箱か何かをどかしてスペースを作りながら、彼女は言う。
「うん、すごいよ…」
夥しい数の洋服に圧倒され、薄っぺらい感想しか出てこない。
『ん、とりあえずここに置いておいて。あとでもうちょっと片付けて綺麗に並べるけど。』
「ここはきっちり整理整頓されてるんだ?」
リビングは汚かったのに。
『…ここだけは綺麗にしておくって決めてるの。モデルの端くれですからね、お洋服は、大好き。
ユキ君もデビュー前はアパレルで働いてたんなら、興味はあるの?』
「うん…好きだよ。」
『ふーん。じゃあやっぱり、私のクローゼットから色々挑戦してみるべきじゃない?』
そう言うと彼女は、これとかきっと似合うよ~、なんて洋服をいじりだしてしまう。
今朝、服を貸すと提案された時には、さすがに申し訳ないと思っていた。
でも、正直、この空間に足を踏み入れた瞬間から、高鳴る胸を抑えられない。
「…今度、借りてもいい?」
『んふふ。もっちろーん!』
彼女はよく笑うけど、この笑顔は、勝ち誇ったような笑顔。
だから言ったでしょ?なんて。
俺の負けだ。
『あ、こっちも使っていいよ。』
そして彼女はまた違う扉を開ける。
今度は何かと思えば、
『おたくの事務所にある設備には大分劣るだろうけど、一応簡易ジムだよ。』
鏡張りの部屋に、トレーニング用の器具がズラリ。
「え?!スゲー!」
『あー、やっぱり男の人はこっちのが喜ぶね。最初から見せてあげれば良かった。』
確かにそこまで大型の物はないが、自宅とは思えない。
奥の方は物がなくスペースが開けていて、大きなスピーカーもある。
「ハザマさん、踊るの…?」
『ちょっとハザマさんて、やめてよ!ルナって呼ばなきゃこたえなーい!』
えええ…なんて理不尽な。
でもまあ、同棲する相手に苗字呼びっていうのも変か。
「…ルナ。」
そう呼べば、今度は照れたように、笑う。
『きゃーっ!BLUEのユキ君が、ルナ、だって!』
「ちょ、茶化すなよ…」
『あははー!ごめんごめん。』
…コイツ、全然悪いと思ってないな。
「…で?ルナさんはダンス、するんですか?」
そんな風に言われると気恥ずかしくて、ルナさん、なんてふざけたフリをしてしまう。
『するけど…BLUEみたいなアレじゃないよ?カラダの線キープするために、クラシックバレエ。やってるの。』
ああ、バレリーナか。
彼女のスラッとしたスタイルを維持するためと言われれば、納得だ。
『まあ機会があればBLUEの皆さんでも招待して踊らせてあげて?』
でもそしたらリビングも片付けなきゃ、とかなんとか言いながら、ルナはリビングへと戻って行く。
なるほど、家を大分改造した、ってのは、こういうことか。
…やっぱりコイツ、ただの金持ちなのか?
でも何でもかんでもよく喋るコイツが、オトナの事情、なんて隠すんだ。
きっと複雑なんだろう。
そう自分に言い聞かせて、探究心を鎮めた。
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