悲しい恋の歌


風呂から上がると、キッチンから良い匂いがした。



「ドライヤー借りたよ。」


『はいはーい、そこ、座ってー』



来たばかりの人間に、そこ、って。


多分ダイニングのことだろう、とやたらとオシャレなテーブルに着く。


間も無く彼女は、2人分の朝ご飯を運んで来てくれた。



『はい、ご飯と味噌汁ね。朝は和食派だったよね?』


「え?」


『前ラジオで言ってた。』



…ああ、と納得する間も無く、またキッチンへ行ってしまう。



『私スムージー作ったけどユキ君も飲むー?』


「あ、じゃあ、頂きます。」


『んー、持ってくー』



…あれ、これ、待ってないで俺も動いた方が良いんじゃないか?



「いややっぱり自分で取りに行『良いから座ってて』」


良いから、と言われてしまって、一度浮かせた腰を素直に戻す。



『…はい。ユキ君は今日は1日だけお客さんで良いから。でもその気配りはイケメンだと評価してあげよう!』



焼魚とスムージーをお盆に乗せて持って来た彼女は、明日からはしっかり動いてもらうよ、なんて言う。



「…じゃあお言葉に甘えます。」


『はい!どうぞ!んふふっ。』



まだ少ししか一緒にいないけど、こいつ、本当によく笑うんだよな。



「いただきます。」


『召し上がれ!』



「…ん、美味しい…料理できるんだ?」


『そりゃあ未来の旦那のために?』


「なるほど。」


『…あ、そう言えばスウェット入った?良かった良かった。』


「あ、うん、ありがと。…ていうか。これ、メンズLだったよ?」



女子の家のメンズ服なんて、なんとなく触れてはいけないことなのかな、とも思いつつ聞いてみると、


『あはははは!バレた~!』


あっけらかんと笑っている。




「やっぱり元カレの服?」



そんな気にすることでもないのか、と核心を突くと、途端、キョトンとした顔で頭に大きくハテナを浮かべ、次の瞬間、笑い転げるんだ。


忙しいやつ。



『何、そんな風に思ったの?違う違う!…私、実はさ、持ってる服、メンズ多いんだよね~』


「へ?」


『ほら、スタイルが良いから女物の既製服だとサイズ合わないんだよ。』


「うわ、自分で言ったよ。」


『別に、隠せることじゃないしー?』



確かに、日本を代表するスーパーモデルなだけって、背も高い。178ある俺にも引けを取らないし、メンズの方がサイズが合う、と言われれば納得だ。


抜群のスタイルとルックスなのに愛されるのは、敢えて自分でそんな風に言ってしまうような、飾らない性格のお陰なのかもしれない。



『てかユキ君も着れるんだったら、好きに着ていいよ。あとでクローゼットに連れてってあげる!』


「いや、別にいいよ、そんな。」


『いいじゃんいいじゃん!ユキ君元々オシャレさんなんだし。昔からね、貰えるものは貰っておきなさい、使えるものは使いなさい、貸せるものは貸しなさい、って言われて育ったの。だからユキ君も借りときなさい。』


「…ははっ。はいはい。」



なるほど、そういうお母さんに育てられて、この自由の塊が生まれたわけだ。1人で妙に納得してしまう。



「俺はてっきり、元カレの残してった服だと思ったよ。」



こいつにつられて、なんだか俺もよく喋ってしまう。


思えば、誰かとわいわい食べる朝食なんて、いつ以来だろう。



『はー?ユキ君面白すぎ。ていうか私、彼氏なんていたことないし!』

「ブフォっ」


突然の爆弾発言に、思わず咳き込む。



「え?!彼氏いたことないってことないでしょ?」


『いや、むしろここで嘘吐いてもしょうがないでしょ。』


「…嘘だろ」


『いや、だから本当だって!』



このルックスで?このスキルで?男が放っておく?マジかよ。


「…え、じゃあ何、こんな広い家、ずっと1人で住んでんの?」



ここも元々二人暮らししていた、とかだと勝手に思い込んでいた。



『そうだよー、ずっと1人だよ?まあ…広すぎるなーとは思ってたけど。』


「あー…御両親金持ちなんだ?」


『ん?いや、そういう訳ではないよ。』


「えええ。」


『いやいや、金持ち?って言ったら金持ちだったかな?お父さん普通にサラリーマンだったけど、多分年収1000万は貰ってたし…』



それは十分金持ちだろう。


ああでも確かに、娘にこんな良い部屋を与えるほどではないな。


狭間の言わんとしていることは分かった。



「え、じゃあなんで…?」



こんなに広いとこで、1人で?


こんなに良いタワーマンションの最上階なんて、自分の年収じゃ到底届かない。


こいつだって、いくら売れてるスーパーモデルとはいえ、20でここに一人暮らしできるほどは稼いでないだろう。



いつも通り、満面の笑みで、狭間ルナはこう答える。



『んー……まあ、その辺はね。オトナの事情ってやつ?』



「…そうっすか。」



これ以上問い詰めるのも無粋だろうと、そこでこの話は終わらせた。



『まあそんなことはどうでもよくてー。広いお家には余ってる部屋がある、というのは考えが甘い訳です。』


「ん?どういうこと?」



話の展開がよく見えない。



『んー?や、実はね。この家だいぶ改造しちゃってて。日常生活に使えるのは、このダイニングにリビングにキッチン、あとお風呂と、さっきまで寝てた和室だけなの。』


「おう。」


『だからね、ユキ君に一部屋あげる、みたいなことが出来ない訳でして。』



なるほど、そんなことを気にしてたわけか。


確かに、付き合っている訳でもない男女が一緒に暮らす上ではプライベートな部屋が欲しい気もする。…ていうか欲しい。

かといって俺の家に来られてもここよりだいぶ狭いんだし、だったらそんなのは仕方ないじゃないか。


「まあ、お互い忙しくてそんなに家にいる訳でもないだろうし。別にそんなの全然いいのに。」


『うー、ごめんね、本当に。私がうち来る?なんて言っておいてさ…』




ああ、なんだ。


やっぱり気にしているんじゃないか。



こいつ、一見何も考えていない自由人のようで、実は色々考えてるんだろう。


さっきも、BLUEのゴシップを私のせいで、なんて言っていた。


昨日だって、平気ですみたいな顔で同棲とか言ってたが、本当は色々思うところがあったらしいし。


今日だけはお客さんで、なんて言うのも、服を貸そうなんて言うのも、きっと俺のこと、考えてくれているんだろう。



…なんて、ポジティブすぎるかな。




『てことで今から、ユキ君の布団とか食器とか買いに行きまーす。はい準備して~』



…自由すぎるのは、本当だけど。


「ん。ご馳走様。」



でもどうせなら、ここにいる間くらい、こいつのペースに巻き込まれるのもアリかもしれない。

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