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コンコン、とドアをノックする音が響く。
さあ、タイムリミットだ。
『はい、どうぞ。』
口だけでそう答えて、重い腰を上げた。
「…ごめん、遅くなった。」
『…いえ、そんな…』
身体だけで後方の扉を振り返れば、
「…綺麗だね、ルナ。」
『…へ?』
いつも私のことなんて見向きもしない婚約者に、まさかそんなこと言われるなんて夢にも思わなくて、驚きに顔を上げる。
私の視界に飛び込んで来たその優しい微笑みは、案の定、思っていた人のものではなかった。
『…どうして、』
「言ったでしょ?」
一歩、また一歩と近付いて、彼は私の手をとった。
「ルナのためなら、いくらでもバカになれるって。」
触れ合った指先から、懐かしい温もりがジンと伝わって、一気に鼓動が早まるのが分かった。
『…バカ』
「うん」
『本当に、バカ』
「うん」
どうして…
『どうして今更、現れるのよ…』
もう、何もかも手遅れなのに。
ごめんってば、なんて、悪びれもせずに彼は笑う。
「…思ったより、時間かかっちゃってさ。」
『…何が』
「…ルナを取り返す、準備が。」
その言葉と同時に、彼は私の手をグイッと引いて、気付いた時には、その腕の中にスッポリと収まっていた。
ダメ。
『やめて…』
「なんで?」
『いいからやめて、離して!』
厚い胸板を必死に押して、なんとかそこから逃れて。
なんで?なんて。
『やめてよ…』
そんなの、貴方だって分かってるじゃない。
『…これ以上、叶わない夢を見せないで……』
もう、懲りたの。
許されないと知って、落ちた恋だけど。
二度と覚めないとは知らなかった。
でも今はもう、分かってる。
『…これ以上、私を惨めな気持ちにさせないで』
報われない恋なんて、胸が、いたくなるだけでしょう?
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