34


コンコン、とドアをノックする音が響く。

さあ、タイムリミットだ。


『はい、どうぞ。』


口だけでそう答えて、重い腰を上げた。


「…ごめん、遅くなった。」

『…いえ、そんな…』


身体だけで後方の扉を振り返れば、


「…綺麗だね、ルナ。」

『…へ?』


いつも私のことなんて見向きもしない婚約者に、まさかそんなこと言われるなんて夢にも思わなくて、驚きに顔を上げる。


私の視界に飛び込んで来たその優しい微笑みは、案の定、思っていた人のものではなかった。



『…どうして、』

「言ったでしょ?」


一歩、また一歩と近付いて、彼は私の手をとった。


「ルナのためなら、いくらでもバカになれるって。」


触れ合った指先から、懐かしい温もりがジンと伝わって、一気に鼓動が早まるのが分かった。


『…バカ』

「うん」

『本当に、バカ』

「うん」


どうして…


『どうして今更、現れるのよ…』


もう、何もかも手遅れなのに。



ごめんってば、なんて、悪びれもせずに彼は笑う。


「…思ったより、時間かかっちゃってさ。」

『…何が』

「…ルナを取り返す、準備が。」


その言葉と同時に、彼は私の手をグイッと引いて、気付いた時には、その腕の中にスッポリと収まっていた。


ダメ。


『やめて…』

「なんで?」

『いいからやめて、離して!』


厚い胸板を必死に押して、なんとかそこから逃れて。


なんで?なんて。


『やめてよ…』


そんなの、貴方だって分かってるじゃない。


『…これ以上、叶わない夢を見せないで……』


もう、懲りたの。


許されないと知って、落ちた恋だけど。

二度と覚めないとは知らなかった。


でも今はもう、分かってる。


『…これ以上、私を惨めな気持ちにさせないで』


報われない恋なんて、胸が、いたくなるだけでしょう?

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