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そしたら彼は、今度は心の底から申し訳なさそうに、ごめん、と言った。
「悪いけど、それは無理なお願いだよ。」
私の顔を上げようとして頬に添えた彼の手は、少し、震えていた。
「ここに来るまで、4年もかかったけど…もう二度と離さないって決めて来たから。」
その震えはきっと、久しぶりに顔を合わせたことへの感動で。
躊躇いや、恐怖ではない。
自信満々にそう言い放つ貴方は、当然私がついて行くと思ってるんでしょう?
でもね。
『…ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。』
もう、4年も経った。
何もかも、変わった。
私も、変わった。
『私だって、何度も逃げ出そうとした。こんなのおかしいって思った。…早く貴方に会いたかった。
でも、ここを出て行ける理由なんて、無かった。簡単には裏切れないくらい、私は天王寺家に恩があるの。』
変わらず真っ直ぐで素敵なままの貴方の隣に、今の私は、並べない。
オトナになった私にはもう、運命に抗う気持ちはないの。
彼は少し驚いた顔をして、でも、優しく微笑んだまま、言った。
「…少し、悲しい話をしてもいい?」
ルナのお父さんと、お母さんのこと。
そう言われただけで、彼の言いたいことは、なんとなく分かった。
『…知らない方が、幸せなこともあるって、今は思ってる。』
“ 2人は、自殺だった。”
そう教えられて生きてきて、一度も疑問を抱かなかったわけではない。
何故あの日、母は私たちを訪ねることを許されたのか?
何故私は、母の実家ではなく天王寺家に引き取られることになったのか?
そして大きくなってから知った、母の実家の闇に葬られた不正問題の噂。
でも、この家に嫁ぐことは決まっているのに、証拠もない疑いを胸にかかえて生活するのも、バカバカしいから。
心中で両親を失った天涯孤独の私を、お義父様は、助けてくれた。
それが真実かどうかは、問題じゃない。
ただ、決定的な証拠が無い限り、私は、そう信じて生きていく。
それだけ。
そこまで考えて、彼の言葉に引っかかる。
彼はたしかさっき、取り返す準備に時間がかかった、と言った。
『…まさか…!』
「…出過ぎたことしてごめん。でも、これしか方法が無かったんだよ。」
そんな彼の言葉に被せるように、外でサイレンが響くのが聞こえた。
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