24


ヒュー!という口笛の音に我に帰る。


「美男美女で、絵になるねぇ~」

『高田さん!』


その声の主はカメラマンさんで、気付くとルナは俺から飛び降りた。


「やーっぱり2人はそういう仲なわけだ?」


高田さんと呼ばれた人の良さそうなカメラマンさんにそう指摘されると、ルナは照れたように笑って、こちらをチラッと見た。


『高田さん、他の人に言っちゃダメですよ?』

「いや、皆知ってるっしょー?」

『でもダメ~!』


ずいぶん楽しそうに笑うルナの姿から、信頼しているというか、心を許しているのが伺えた。


「初めまして、よろしくお願いします。」


俺が手を差し出し握手すると、隣の悠二とも同じように手を握り合っていた。

…そういえば悠二がいたのを忘れてたよ。


ルナは俺だけに聞こえるように小声で、


『私が初めて友達になった人なの。』


そう言った。


なるほど、ルナが外の世界に出るようになったのはモデルの仕事を始めてからなのだから、納得だ。


「やっぱり、コーサカ君に頼むのがいんじゃないの?るーな。」

『えー、んー…でも…』


「え?俺が何か…?」


何を話しているのかよく分からず尋ねれば、ルナは、躊躇いがちに話し始めた。


『…実は、私、この雑誌の専属モデルを今年いっぱいで卒業するんだけど…』

「え、そうなの?」


俺は前に聞いていたことだが、悠二は驚いていた。


そう。今年いっぱいでの卒業。


…それは同時に、俺たちの別れが近付いている事を表す。


そのことはなるべく考えないようにしながら、ルナの言葉の続きに耳を傾けた。


『だから卒業特集ってことでね、ウェディングの撮影をやることに決まって…その相手役候補に、BLUEのメンバーも何人か名前が挙がってるの。』


ユウジ君も、ユキ君もね、とルナは言う。


『…私とユキ君の報道は有名すぎるでしょう?だからBLUEのメンバーを起用すればファンの反感を買う、とか、だったらいっそユキ君本人を使っちゃえばいいじゃないか、とか、色々な意見が出てて。』

「俺は、カメラマンていう立場としてはね、コーサカ君推しだよ?だって絶対にるーなの1番いい表情引き出せるでしょ。本物の彼なんだから。」


高田さんはそう言って肩をすくめて見せた。


…なんだか、すごい話だよな。

まあスタッフは皆、ルナが専属を卒業したらもうモデルとして働けなくなるなんて知らず、あくまでも次のステップへの一歩だとしか思ってないから、そんな話になったんだろうけど……


ルナは、望まない結婚をするために、やめるんだぞ?


なのに…ウェディングの撮影だなんて。あまりにも残酷だ。

ルナの気持ちを考えたら堪らなくて、俺は何も言えない。




「…ユキ、お前、やれ。」


そんな沈黙を破ったのは、悠二だった。



「…え?」


聞き返せば、悠二は悲しそうに笑う。


「2人は付き合ってるのに ルナちゃんの前でこんなこと言うのもアレだけどさ…俺たちは、こんな歳で人気、出ちゃったから。多分、これから先もしばらく…結婚なんて出来ないよ。」


いつだったか、2人でそんな話をしたことがあったのを思い出す。


「だからさ、すごいラッキーなことだと思うよ。若いうちに、こんなに綺麗なルナちゃんと、ウェディングの写真だけでも残せるなんてさ。」


悠二達と俺らとでは、抱えている事情が違う。

でも。


確かに悠二の言う通り…たとえ結ばれないことが分かっていても、思い出だけ残すくらい、許されるかもしれない。


「…悠二の言う通りかもしれない。」


俺はルナを真っ直ぐに見て言った。


「もしルナさえ良ければ…俺は、やりたいよ。ルナとの、ウェディングの撮影。

だって…やっぱりウェディングドレスを着たルナの横に立つのは、俺であってほしいから。」

…たとえルナが、他の男のものになってしまうとしても。


そう言いながら見つめていたルナの瞳には、みるみるうちに涙が溢れて。


『ユキ君…意味、分かってるの?』


ああ、分かってるさ。

嫌ってくらいに分かってる。


こんなに愛しい君は、もうすぐ他の男の所へ行くんだろう?

こんなに愛しあっているのに、あの広い家に俺1人を残して、消えてしまうんだろう?

俺たちは、絶対に幸せになれないんだろう?


「…ちゃんと、分かってるよ。」


そう言って、その涙を指ですくった。



後日、正式に事務所を通して、スーパーモデル狭間ルナの最後の雑誌の表紙を、2人のウェディング写真が飾ることに決まった。



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