どうして

25


同棲生活も半年以上経って、11月に入った。


「ただいまー…」


広い家は、2人で暮らすのには寒いな。

いつの間にかすっかり言い慣れた帰宅の報告をしながら、そんなことを考えていた時。


『ユキ君!おかえり~!』


「…それは、突っ込んだ方が良いんだよね?」


リビングの机が、コタツになっていた。


『そろそろかな~って思って出したの!ほら、あったかいよ、ユキ君も入りなよー』


いつも座っているソファを背もたれにして、地面に座った、少し小さめのルナは、自分の隣をバンバンと叩く。


コタツか。

実家にはあったけど、一人暮らしを始めてからは入ってないな。



「…あ~、このぬくぬくはダメだね。」

久しぶりのその感覚に、心まで一気に温まる。


『ねぇ~…人間がダメになるよねぇ…』

もう既にまったりモードのルナは、日本人でよかった~なんて言いながらみかんを剥き始める。



『はい、ユキ君あーん!』

「いや、みかんくらい自分で剥けるし」

『なに!私が剥いたみかんは食えないって言うの!』

「言ってねえよ」


隣でわーわー騒いでうるさいので、仕方なく口を開けば、ルナは嬉しそうに俺の口にみかんを放り込む。


『おいしい?』

「…ん。」

『んふふー。』


その返事に満足したらしいルナは、俺の肩にコテんと頭を預けた。


「…何かあったの?」


コタツの中でそっと手を握れば、ルナは驚いたような顔をする。


もうコイツの行動パターンは大体読めてるんだ。

こんな風に甘えてくるのはいつだって…何か言いたいことがある時。


ルナはばれた~なんて笑ってから、前を向いたまま、話し始めた。


『良い報告と悪い報告、どっちから聞きたい?』

「…悪い報告。」

『えええー!良い方から言おうと思ってたのに!』

「じゃあ聞くなよ!」


おい、と軽くつつけば、痛い~なんて大袈裟に騒いで見せる。


「…いいよ。ルナの言いたい方から言って。」


なんて、やっぱり俺はルナに甘いんだ。


『じゃあ良い方ね。…私達のウェディングの撮影詳細が決まりました~パチパチ~』

「おお、もうそんな時期か。」


聞けば、ルナの夢のハワイ婚を叶えるということで、向こうに一泊するらしい。


『そうだよ!もう準備しなきゃね~』


トランクどこにやったっけなぁ、なんて言いながらみかんを食べるルナは、とてもスーパーモデルではない。

ただの…


…ただの、恋人みたいだ。



『次は悪い方でーす。』


ルナは、明るい口調とは裏腹に、少し不安そうに俺の腕に自分の腕を絡める。


『…1月にこの家を出ることに決まりました。』


「…そっか。」


『うん。』


なんとなく、そういうことかな、とは思ってた。


あの日、ルナの誕生日にそのことを聞いて以来、お互い覚悟しながら過ごしてきた、と、思う。

お互いに、どれだけ忙しくても、家に帰って来れる日は必ず一緒にご飯を食べたし、時間があればゲームもしたし、仕事中も同じ局にいると分かれば時間を作って会いに行ったし。

テレビを見て、映画を見て、ライブDVDも見たし、ラジオも沢山聞いた。


オフが合うことなんて無かったから、デートこそしなかった。

でも。

俺たちは、期限付きの恋だと分かっているからこそ、何気ない毎日を大切に過ごしてきた。


小さいことから大きいことまで、俺の今までの28年間の人生で、1番、笑った。


1番、幸せだった。


だから、悔いはない。

俺たちにできる精一杯の毎日は、手にしたから。


ルナもきっと、同じ気持ちでいてくれると、思うんだ。



『楽しかったよね。』

「…悔しいけど、めちゃくちゃ楽しかったわ。」

『あっという間だった!ドラマやってたのとか懐かしいね~』

「そうなんだよね。元はと言えば、そのためにここに来たんだよね。」


それはまだ、桜が咲いていた頃の話だ。今はもう秋も終わりそうじゃないか。

そう考えると、ずいぶん長く一緒にいたのかもしれない。



『…楽しかったよね。』

「ルナ、それ、2回目だよ。」

『だって…楽しかったんだもん。』

「うん……だから、泣かないで。」


楽しかったことを思い出したら、余計に胸が締め付けられて、俺も涙がこぼれそうで、堪らなくなって、ルナを抱きしめた。


幸せだったこの日々に、後悔はないんだ。


あるとしたら、


『…どうして』

ルナは俺の背中に回した腕にギュッと力を込めた。

『…どうして、ユキ君のこと、好きになっちゃったんだろう?』



…それだけ。



でもルナ、そんなの、ズルいよ。


今まで言わなかったくせに。

俺には言わせなかったくせに。


こんな時に、初めて、好きって言うなんて。



「…でも、俺は、幸せだよ。今、ルナがここにいてくれるだけで、すごく幸せだ。」


ルナを放して、顔を見た。


確かに俺を好きと言ってくれたその唇に、確かめるようにそっと触れた。


「ルナ…俺を好きになってくれて、ありがとう。」


俺は努めて、笑いかけたつもりだったけど。

そのキスは、ルナをもっと泣かせてしまった。



…俺は、泣けなかった。

涙を流すルナが、この世のものとは思えないくらい、美しくて。


泣くのも忘れて見惚れていた。



見惚れながら、天女様に恋してしまった男には悲しい結末が待っていると、いつか聞いたことがあるのを思い出していた。


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