26


しばらく沈黙が続いてから、ルナは突然ガバッと起き上がる。


『よし!もう泣かない!』


両手で小さな顔をパシッと叩けば、いつも通りに笑った。


「…ルナは笑顔が一番似合うよ。」


『……それ、どこかで聞いたことあると思ったら、あのドラマのセリフじゃん。』

「え?そうだっけ?」

『そうだよー!うわ、キザな奴~』

「ちょ、茶化すなよ…ったく…」


そういえばそうだったかもしれない、と自分でも気付いてしまうと、余計に恥ずかしくなってくる。


はあ、とルナは息を吐く。


『…私が婚約したら、みんな、びっくりしちゃうね。』


俺は、そうだね、なんて応えた。

世間は俺たちの同棲報道を信じてるわけで、近しい人たちだって俺たちが結ばれると信じてる。

破局報道なく、いきなり違う男と婚約。しかも相手は…あの天王寺家の御子息。


「俺、なんて言えば良いの?知りませんでした?」


報道が出れば、絶対に記者から質問攻めにされるだろう。


『…多分社長さんは、何も言わずに通せって言うよね。』


まあ、そうだろうな。

というか、こんなに複雑な事情、説明しようがないじゃないか。


でもね、とルナは続ける。


『ユキ君はきっと、自分が悪い、みたいなこと言っちゃうんでしょう?』


また俺の肩に頭を乗せて、そんなことを言うけど、

「えー…俺、そんなに良い人じゃないから、多分、普通に黙っちゃうよ。」



ルナは俺が、自分と同じくらい強くて優しい人間だと思っているらしい。


…俺は、ルナとは違う。


もし俺がルナと同じ運命にあったら…きっと、それはそれはこの世を憎むよ。そんなに気高く、凛としてられないよ。



弱くて、臆病で、君に、好きの2文字も言えない。



『ユキ君てほんと、自分のこと、何も分かってないよね。』


ルナはピシャリとそう言って、俺の意識を引き戻す。


『…ユキ君は、良い人です。バカみたいに。』

「バカみたいには余計だよね。」

『じゃあ賭ける?』

「出たよ。」


お前、それやりたいだけだろ?

ルナは俺の話を聞く様子もなく、何やら、紙を探している。


「何書いてんの?」

『んー?…はい、サインして!』


それは。


【誓約書】

私は、良い人ではないので、狭間ルナのことを庇いません。

もしも庇ったりしたら、賭け金30円を倍にして返します。




「…え、何これ、自分が良い人じゃないって誓うの?」

『え、だってそう思ってるんでしょ?』


ルナは俺にペンを渡して、サインしろと催促する。


「てか別にわざわざこんなことしなくても、普通に…」

そこまで言って、気付いてしまう。


この賭けが成立する頃には、ルナはもう、ここにいないんだ。


『ねえ、ユキ君さ、わざとそういうこと言ってんの?…あーもう~!折角泣き止んだのに~』

「あー、ごめん!ごめんって!サインするから!!」


ルナの目がまた赤くなり始めるから、俺は急いでサインする。



…だって、未だに信じられてないんだよ。

それくらい、ルナは、俺の日常の一部になってしまったから。


だから、少しでも気を抜くと、この幸せが、永遠に続くような気がしてしまうんだ。


ルナが今、ここにいて、俺を好きだと言ってくれて、その人生の一部になれた、それだけで十分幸せなはずなのに。


俺はいつから、こんなに欲張りになったかな。


…ずっと一緒に、いたいだなんて。


そう言ってしまったら、ルナを困らせるだけだなんて簡単に分かったから、それはそっと自分の心にしまった。



***



BLUEの楽屋を出ようとした時、隼人さんに引き止められた。


「はい、これ」


手渡されたのは、


「お土産リスト、ってこれ…」

「あ、それで俺ら全員分やからな~」


悪びれもせず言うのは、健ちゃんだ。


「いいな~ハワイ。俺も行きて~!」


コンは泣き真似をしてみせる。


「あのねえ、遊びに行くわけじゃないからね?」

「なーに言ってんだよ!」


目の前の隼人さんに思いっきり叩かれた。


「お前な、ルナちゃんとウェディングの撮影で、しかもハワイって、それただのハネムーンじゃねーかよ!このヤロー!」

「せやで!俺らは日本で指咥えて待っとんねんで!ユキばっかり良い思いしおってなんやねん!」


皆口々に、そーだそーだと言う。

そしてトドメを刺すのは、いつだって悠二だ。


「おいユキ!本番は、絶対に呼べよな?」



俺はもう、苦笑するしかない。



「…皆には、先に言っておくけど。」


なんだかんだと誰よりも俺たちのことを応援してくれているメンバーに、これ以上嘘はつけないな、と思ったんだ。


「俺とルナは…なんていうか。色々複雑だから。」


さっきのおふざけモードから一転して、一気に皆が俺に集中するのが分かった。


「本番は、無いんだ。これが、最初で最後だよ。…俺はね。」


じゃあ、留守番頼むよ、なんて言って、逃げるように楽屋を出た。



あー、くそ。

自分で言って、自分が苦しい。



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