ありがとう

27


トントン、と叩かれて目を覚ますと、ルナがこっちにカメラを向けていた。


『到着しましたよ~』


着陸の振動でも起きなかったの?なんて首を傾げるルナ。


「…それ、何のカメラ?」


寝ぼけ眼にそう聞けば、


『るーなの卒業スペシャルのウェディング企画の舞台裏を、後日YouTubeにアップするわけですよ。』

「…なるほど。」


ルナはデビュー以来5年間、ずっとこの雑誌の看板モデルだった。その卒業スペシャルだから、誌面だけでなく、SNSを使って盛大に行うんだろう。


「皆さんおはようございます。BLUEボーカリストの向坂宏之です。ルナさん、今回は久しぶりに相手役よろしくお願いします。」

『こちらこそです。ちなみにハワイは今、早朝4:00でございます。』

「…うわー、すでに時差ボケだわ。」

『うふふ。でしょうねぇ~』


そこまで撮って、カメラを閉じる。


『ごめんね、いきなり撮って。』

「いや、プライベートな旅じゃないのはちゃんと分かってます。」


長時間のフライトの直後なのに、きっちりメイクもして、服もリゾートなものに着替え終えているルナからは、相当気合が入っているのが伺える。


モデル 狭間ルナとしての、最後の大仕事。


折角俺も関われるんだから、きちんと仕事しないとな。


南国の緩やかな風に吹かれながらも、俺は改めて気を引き締めた。



***



「…初っ端から海ね。」


目の前では、波が引いては返す浜辺で、ルナが水着の撮影中。


なんでも、ハワイは今、雨季なんだとか。

タイトなスケジュールの中、サンセットだけを当てにするのは危険だということで、朝日の中すでに撮影を始めている。


「向坂くーん、入って~!」

「はい!」


高田さんに呼ばれ、俺も駆け寄る。


「もうね、2人で好きに遊んでくれれば良いから。」

『やったー!』


ナチュラルな感じで、なんて言われてルナは大はしゃぎしてるが、こんなにカメラだらけの中、ナチュラルもクソも無いだろ、と思ってしまうのは俺だけだろうか。


本業が歌手の俺は、やっぱりこういうのは慣れなくて、ドギマギしながら入水する。

途端、後ろから思いっきり水をかけられた。


『ユキ君のバカー!』


振り返れば、満面の笑みで俺を罵倒するルナ。

…めっちゃナチュラルだな~。


ルナがあまりにも自然体で、いつも通りすぎて、なんだか緊張していたのが笑えてくる。


「やられたらやり返す!」

『ひゃっ!…わーもうビショビショ~!もう~!』

「ちょ、おい、押すなって!」

『やられたらやり返す~』

「いや、パクんなよ!」

『きゃぁっ!』


押された俺はドテッと尻餅をついて、そこにバランスを崩したルナが覆い被さる。


水着を纏って、朝日に照らされて、少し髪を濡らしたルナは、いつもより色っぽい。


2人の間に南国の風が吹けば、俺たちは引き寄せられるようにキスをした。


「ん、お疲れ~」


カットの声がかかって、仕事だったことを思い出した時には、ルナはもう立ち上がって挨拶を始めていた。

…なるほど、あの表情は、商売道具ってわけだ。


長く一緒にいたのに、どうやら最後の最後になって、ルナの本気のプロ意識を見せ付けられているらしい。


「…お疲れ様でした。」


俺が後に続いて挨拶すれば、すっかり日が昇っていて。


「るーな、俺的にはこれでバッチリだけど、どう?気に入らなければ今日の夕方にサンセットで同じカット撮るけど。」

『お~、ちょうど良い感じに私達のシルエットと朝日が重なってる!じゃあこのカットはこれでオッケーですか?』

「ほいほい了解。…おーい、このカットはこれで終了、予定変更して今日のサンセットはウェディングのみ準備でオッケーだぞ!」


「「「はーい」」」


そうか、ナチュラルに、なんてはしゃいだふりして、俺がキスするのと日が昇りきってしまうタイミングまで、ルナは計算してたのか。


『ユキ君お疲れ~!』


最高に楽しそうに走ってくるルナは、本物のスーパーモデル。


「…本当に…」

『へ?』

「…いや。お疲れ様。」


本当に、この仕事、好きなんだな。

その賛辞も、今のルナにはつらいだろうと、グッと飲み込んで頭を撫でた。


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