んー…


ああ、朝か?


なんか、ずいぶん久しぶりにぐっすり眠れた気がするな…。



いつもとは違って和室で、井草の良い匂いと、ほんのり香るシャンプーの匂いと、あたたかくて柔らかい……柔らかい…




ん?待てよ?


なんで和室?


てか俺が抱いてる柔らかいコレはなんだ?



………誰だっけ、コレ。



『…んー?あ…ユキ君起きたの?おはよう。』


「おう、おはよ……」



あー、そっか、俺昨日から狭間ルナと同棲して…



「いや、だからってなんで同じ布団で寝てんだよ?!」


あー!一気に目が覚めた。


驚いて布団から飛び退く俺を見て、狭間はキョトンとした顔をする。



『なんでも何も…うち、布団コレしかないしね。むしろユキ君が人の家に転がり込んできたんじゃん!ツベコベ言うなよ!』


あー腹立つ!なんて言って、あいつはリビングへと行ってしまった。



あいつ、朝からこんななのかよ…。


とりあえずあとで社長に連絡して、もう一回考え直すように頼もう。



なんて考えながらも、布団を畳んでリビングへ行く。



『ユウジおはよう~!ユキ君預かり始めて、1日目の朝だよ!

…あ!一緒の布団で寝たけど、やましい事は何もないからね!私はいつもユウジらぶだよ!』



「…何やってんの」


リビングでは、狭間がBLUEのポスターに話しかけていた。



『毎朝ユウジに挨拶するのが日課なの!いいでしょほっといて!』


「…お前、やっぱりただのファン。」


『そうですただのファンですー。』


一応会話の途中なのに、喋りながらどこか違う部屋に行ってしまう。



来たばかりのこの家でどうすれば良いのかもよく分からずに、昨日と同じソファに座って、適当にテレビを付けた。


チャンネルを回しても、どこも朝のニュース。

ふと時計を確認すると、まだ8:30だった。オフにしては早起きしたらしい。



…もしかしたら、あいつのこと、起こしちゃったかな。


昨夜いつまで起きていたのかは分からないが、あいつが布団に入ってきた頃にはもう俺は熟睡してたのだから、本当はもう少し寝ていたかったかもしれない。



***


[続いては芸能ニュース!

今朝はとんでもない報道が入ってきましたよ。

なんと!今人気急上昇中のダンス&ボーカルグループBLUEのボーカル 向坂宏之さんと、幅広い年齢層から支持される人気モデル 狭間ルナさんが真剣交際しているのだとか!]


[お二人はこの春始まるドラマのヒーローとヒロインとして共演されているんですよね。

向坂さんは、昨年大活躍だったBLUEの活動に加え、俳優としても高い評価を受けて、ドラマでは初主演。狭間さんも、雑誌だけでなく、バラエティー番組などでは見ない日が無いくらいのご活躍ですが、今回が女優デビューの作品!]


[狭間さんはBLUEデビュー当初からの大ファンだとも公言していて、今回のドラマでそのメンバーと初共演できることをすごく楽しみにしていたんだとか。お二人共こういう形で恋愛報道されるのは初めてで、双方の事務所からの今後の対応も気になります。

いや~、それにしても大物カップルの誕生ですね!]


[今の芸能界の最前線を走るお2人ですからね!しかもこの写真見てくださいよ!並ぶと本当によく絵になりますね。]


[ドラマでは恋人役ということで、今後そちらも合わせて要チェックですね!]


***



…仕事が早いことで。


もう俺たちの報道が出ていた。



今日社長に取り合おうと思っていたが、俺が甘かったらしい。手遅れだ。





『…ごめんなさい。』



声に驚いて振り向くと、いつの間にか狭間が後ろに立っていた。



『嫌だったんでしょ?今回こうやって報道されるの。

…ううん、BLUEの初ゴシップをこんな形で、私のせいで世に出すことになるなんて…私が、嫌だった。』



ソファの空いてる方に回って来て腰を下ろせば、フカフカの白いカバーにできたシワが少し深くなった。


彼女はかなしそうに笑ってまた続ける。



『ごめんね、やっぱり意見がただのファンで。

でも、もう後戻り出来なくなってしまったなら…私は、ユキ君がいつか、ここで暮らしたことも良い思い出だった、って思ってほしい。しばらくここにいるなら、どうせなら楽しんでよ。』





その笑顔には、何か魔法がかかってるんじゃないだろうか。



俺だけか?



いや、違うだろ。



老若男女を魅了する、スーパーモデルの微笑みは、男を黙らせるのに、1秒もいらない。



そんな風にこっちを見つめられたら、もう何もかもどうでも良くなってしまうんだ。



「…君がずっと思っていたようなBLUEのユキ君にはなれないかもしれないけど。しばらく、よろしくね。」



俺がそう言えば、彼女、今度は無邪気に笑うから。



『んふふっ。なーに言ってんの!ちゃんと思ってた通りの、ユキ君だよ。ほら、これタオルと、私のだけど服ね。下着はとりあえず昨日マネさんがコンビニで買って来てくれたやつ持ってるよね?お風呂はいっておいで!』



だからもう既に、ほとんど、落ちかけていたんだ。



「ん、ありがと」





…恋に。


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