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そして今、俺は、狭間と書かれた玄関の前にいる。
あの後結局、結婚なんていう大口を叩いてしまったプロデューサーは狭間の突拍子も無い発言に反対することもできず、完全に狭間のペースで何もかも決まってしまった。
『どうぞー』
呑気にドアを開け、いい歳の男を躊躇いなく家に上げる。
…コイツ、気が強いどころの騒ぎではない。頭、おかしいだろ。
「おい、ちょっと!そんな簡単に同棲とか決めちゃって本当に良かったのか…
……?!」
話しかけながらもリビングに入ると、その光景に、言いたかったことも何もかもブッとんだ。
『ん?あ、汚くてすみません。潔癖ですか?』
「いや、まあ綺麗好きだけど潔癖ってほどでは…ってそうじゃなくて!これ…!」
思わずまた狭間のペースに巻き込まれそうになったが、綺麗とか汚いとかそういう問題じゃなくて。
…いや、確かに部屋は汚いんだけど。
そうじゃない。
『あ、これ?私このポスター気に入ってるんですよー!』
都内高級タワーマンション、最上階。
東京の摩天楼が見下ろせる大きなバルコニーに面したリビングには、俺たちBLUE、5人のポスターが、デカデカと掲げてあった。
「…!」
くそ、やられた。
そういえばコイツ、元々BLUEのファンだって公言していたじゃないか。
製作発表の時も、BLUEが主題歌に主演のドラマでの女優デビューが嬉しい、なんて言っていたのを、今になって思い出す。
そうか、お前、最初からそのつもりで…。
「…帰る。」
『へ?やっぱり嫌になりました?』
「嫌も何も…たとえ共演者でもファンと同棲なんて、他のファンがどう思うと『あ、大丈夫ですよ』」
人の言葉を遮って、満面の笑みでこう言う。
『私、ユウジのファンなんで。』
別にヒロユキ君なんかと同棲なんてしてもドキドキしないし…
なんて言われたら、もう、何も言い返せない。
…いやいやいや、ちょっと待てよ!
なんで俺が早とちりして恥ずかしいみたいになってんだよ!俺は間違ってない!
「…それでもやっぱりそういう問題じゃ『それじゃああのクソ豚プロデューサー野郎の思う壺じゃん!』」
どうも人の話を最後まで聞けないらしいコイツの癖への苛立ちと、それを超える口の悪さへの衝撃と。
もう、ダメだ…
『あいつ仕組んでたんだよ。気付いてなかった?』
完全に戦う気力をなくした俺は、そこにあったソファーに腰掛け、無言で続きを促した。
『あの飲み会の帰り、私達に先に2人でタクシーに乗り込むように指示したの、あのプロデューサーだったでしょう?』
そう言われてみれば、そうだったかもしれない。
『でも男女のタレントが2人きりでタクシー、なんて、撮られたら危険すぎるって、私マネージャーに別に帰れるように手配してって頼んだのよ。
でも、自分もすぐ行くから大丈夫ですとしか言わなくて…』
なるほど、つまりあの写真はたまたま、撮られたわけではない。
「…全部最初から仕組まれてた、ってことか。」
パパラッチにカネでも握らせて、待たせておいたんだろう。
そりゃあ、やたら綺麗に撮れてたわけだ。
『なんか変だとは思ってたけど、こんな風になるとは思わなかったの…』
困ったように眉を下げる整った顔を見ると、俺も胸が痛んだ。
くそ、注意不足だった。
いくら酒が入ってたからといって、許される失態じゃない。
でも…
「…にしても、だからってなんで、同棲…」
『うーん、それよりご飯どうする?』
「それより?」
『え、だって、もう日付変わるよ?お腹すくじゃん。』
「…じゃん」
『ユキ君て納豆とか嫌いな人?』
「ユキ君」
『あ、そう呼んじゃヤダ?』
「いや…」
ユキ君というのはBLUEファンからの俺の愛称で、ヒロユキのユキをとって…
「ってそうじゃなくて!やっぱりお前タダのファンだろ?!」
ダメだ、コイツにペースを乱されちゃいけな『パース!』
「うぉっ?!」
『おー!さすが運動神経良いね~』
お椀やら醤油やらを抱えながらキッチンから出てくる狭間の声に我に返り、思わず反射的にキャッチしたあいつからのパスがなんだったのか、手の中を確認すると。
「……オカメ納豆。」
オカメが俺に、微笑んでいた。
『ほらそれ持ってきてここ座ってー!とりまご飯食べよ。
…あ、やっぱり納豆嫌なの?』
「…納豆は、好きだよ。」
『あ、そう?良かっ「そうじゃない」』
…そうじゃないだろう。
「天下のBLUEの1番人気コウサカヒロユキに向かって、納豆投げる奴がいるかぁぁぁ?!?!?!?!」
…ああ。終わった。
ダメだ。
ここにいると俺までアホにな『あははっ!』
狭間を見れば、腹を抱えて笑っている。
『へぇー、ユキ君て自分のことそんな風に思ってんの?うけるー!!
なんかさ、ユキ君はBLUEの中でも、こう…なんだ…?
(((クールで冷静沈着?)))
そうそうそれ!クールで冷静沈「いやいやいや今喋ったの誰だよ?!」』
ここに来てからというものツッコミどころはありすぎるが、今確かに第三者の声がしたぞ?!
『…ああ!コレ?真姫ちゃん!スクフェス~』
「って、何?え?飯食いながらスマホでゲームしてんの?!」
『うん、私ラブライバーだからね~』
「いやでも今じゃなくて良くね…?」
『えー!だってLPもったいないじゃん!』
「…L, P……。」
もう、限界だ。
7つも違うからか?
コイツが何を考えているのか、サッパリ分からない。
いや、何も考えていないのか?
とりあえず、分かったことが一つある。
「…俺、もう寝るわ。」
コイツとまともに取り合ってても、今の状況は何も変えられない。
話にならないどころか、体力を無駄に消耗するだけだ。
『ご飯いいの?お風呂は?』
「疲れた。」
『あ、そう?じゃあそっち突き当たりの部屋に和室があるから、畳んである布団敷いて寝てー?』
「おっけ」
『明日はお互いオフなんだっけ?』
「うん」
『じゃあ朝は無理に起こさなくて良いよね。』
「うん」
『了解。おやすみなさい。』
「…おやすみ」
言われた通り廊下を進むと、和室があったからここだろう。
部屋に入ってそっと襖を閉めると、無意識にため息がこぼれた。
「はぁ………どこの新婚だよ。」
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