オトナの事情。
かわいくない
1
『…ずるいよね。そういうとこ。』
「ああ…よく言われるよ。」
どちらからともなくキスをして、
「カーット!」
今日の撮影はおしまい。
「いやー、ヒロユキ君、ルナちゃん、良かったよー!やっぱり2人のキスシーンは華があるね!!!」
「ありがとうございます。」
『うふふっ。ありがとうございます!でもやっぱり、未だに慣れませんよ。』
俺の隣で朗らかに笑う彼女は、今1番人気のモデル、狭間 ルナ。
顔良し、スタイル良し、性格良し。
今20歳だったか。
そんなに色々恵まれてちゃ、ここまで色んな人に妬まれ疎まれ、苦労して来たんだろうな。
大してよくも知らない彼女に少し同情の念を抱きながら、お疲れ様でした、と挨拶をする。
「…あ、ヒロユキ君これであがりだっけ?ルナちゃんもう1カットあるからさ、ちょっと待っててくれないか?2人に話があってね。この後なんかスケジュール入ってる?」
「いや、今日はもう帰るだけなんで、大丈夫ですよ。」
なんだ、早く帰れると思ってたのに。まあこれといってやることもないし。
監督にそう言われれば仕方がないか、とスタジオの空き椅子に腰掛けた。
彼女は俺を待たせている罪悪感からか、いつにも増してハイスピードで撮影を進めて行く。
いや、いつもサクサクこなしているんだけどね。そういえば、NGなんて出しているの、見たことが無い。
演技が上手いか、と問われれば、上手いのだと思う。というか、初挑戦だとは思えないくらいしっかりやっていて、たまにそれを忘れてしまう。
ああでも台本、当て書きだからな。
人気モデルが演技初挑戦で、いきなり月9のヒロイン。ありがちな話だ。
多分彼女は、このドラマが成功すれば、今度はCDでも出すんだろう。
モデルでデビュー、次は女優、そして歌手。
教科書通りだ。
だからどうしても、彼女の演技を純粋な気持ちで見れない。
確かに上手いけど、普段とキャラ、変わってないしな…。
なんて、俺だって本業は歌手なんだ。
俳優の仕事も増えてきたけど、やっぱり純粋な俳優ではない。
…人のこと言えないな。
似てるんだ、自分に。
初挑戦だから、って舐められないように必死に練習してるんだろうな、とか。
ボロボロに読み込まれた台本を見ると、どうしても自分を重ねてしまう。
だから余計、彼女がかわいくない。
『すみません、お待たせしてしまって!』
駆け足でこっちに向かう彼女が、ふと足を止めて俺の後ろの誰かに会釈をする。
誰かと思って俺も振り返れば、お互いの事務所の社長とドラマのプロデューサーが、共だって歩いてくるところだった。
「おお!いらっしゃいましたか!いやいや、すいませんね。」
監督もそこに加わって、別室に招かれた。
なんだ?プロモーションの話か?
そういえば、放送開始日も近付いていた。
「時間もないので単刀直入に言わせていただきますとね…」
口を切ったのはプロデューサーだ。
「思った以上にドラマの期待値が伸びなくて、悩んでるんですよ。」
…主演2人を招いて、それを言うか。
俺はまだ良いとしても…彼女は、初めてなのに。
泣くか?と思ってふと横を盗み見ると、狭間ルナは、顔色1つ変えていない。
おお、なんだ。
むしろ動揺しているのは、俺の方か?
重い沈黙に、監督がフォローを入れる。
「いやいや、2人は本当に良く頑張っているし、監督という立場から言わせて貰えば、正直思っていた以上の熱意を持って取り組んでくれているんです。
でもね、前評判というのは、お2人の実力とは関係なく出るものだ。
最近の、月9という枠自体の視聴率低下に加えて、今回はJ'sさんからはキャスティングをしないという話ですし…」
監督はそこでチラッと、うちの社長を伺った。
…なるほど、うちの事務所が圧力をかけてるわけだ。
はあ、と思わずため息が漏れる。
「…ゴシップですか?」
わざわざ俺たちを招いてそんな話をするなんて、ソレだろう。
物分りが良くて助かる、とでも言いたげに、狭間の事務所の社長が封筒から写真を取り出した。
「実は、両社にこれが届いていてね。」
その写真は、先日のドラマクルーでの飲み会の後、俺と狭間ルナがタクシーに乗り込むところをとらえたものだった。
くそ、撮られていたのか。
運悪くも、2人きりの写真だ。
「握りつぶすのは簡単だが…使うのもアリだ、って話になってるんだよ。」
うちの社長も口を開き、もう上での意見は固まっているのが伺えた。
あとは本人の同意を、というところだろう。
「…俺は、まあ、今付き合っている人がいる訳でもないですし…。ただ、グループの方に影響が出てしまうと、困りますけど。」
とは言ってみるが、この社長のことだ。
人気急上昇中の俺たちのグループにとっても、話題性があるのは良いことだ、ぐらいに思ってるんだろう。
狭間ルナは、何を言うか。
『別に、私達の意見なんか聞かなくったって、もう答は出てますよね?構いませんよ。サクッとデートでもしてきます?』
なんて強気な。
率直な感想は、それだった。
コイツ、本当に初めてか?
普段から枕営業でもしてんじゃねえの?
多分、その場にいた俺以外の人も、その態度に少なからず驚いていた。
プロデューサーは、その驚きが、苛立ちの方に繋がってしまったらしい。
……そういう奴、いるよな。
「デートも、良いですねえ!…うーん、でも、ね? コウサカさんの歳を考えると…恋人くらいじゃ、ねえ。28歳でしたか?そろそろ、結婚もおかしくないくらいですよね。」
ああ、くそ。
タレントの足元見やがって。
狭間ルナの強気な態度に、ギャフンと言わせてやりたくなったんだろう。
俺は28でも、コイツは20だぞ?
交際報道くらいならまだしも、結婚はないだろう。
仕方ない、助け船を出すか。
「あー、そうなんですよね。そろそろ結婚考えないと、とは思うんですよね…でも、俺たち今回が共演初めてで、ついこの間お会いしたばかりですし。このスピードで結婚なんて、さすがに怪しまれますよ、逆に。」
俺の言葉にプロデューサーも少し冷静になったのか、黙ってしまう。
じゃあ、交際報道だな、という場の空気を一気にぶち壊した狭間ルナの発言を、俺は生涯忘れることはないだろう。
『じゃ、同棲くらいにしておきましょうか。コーサカさんウチ来ます?
…あ、嫌ですか?結構広いですよ?』
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