29

それが終われば今度は、チャペルから車で10分くらい行った海で、表紙にもなるだろう撮影がスタートする。

ここでは俺1人のカットはないので、まずはルナのピンを見学。



白い砂浜と、真っ青な海。


ウェディングドレスという魔法に身を包んだルナは、どこまでも続く空にも負けない、圧倒的な存在感だ。


「…はいそのまま前見て~…そうそうそう…」


指示に的確に答えていく姿は、吹く風さえも意のままのよう。

見る者全てを虜にするような、うっとりする表情をする。


少し切なさのまじるその笑みは、俺と同じ気持ちでいてくれるからだと思って良いんだろうか。



この仕事を受けると決めた時の俺は、何も分かっていなかったと、ハワイに来てからもう何度も思わされている。


思い出だけでも、なんて。

そんなの無理だろう。


どうにもならないと分かっていても、どうにかしてルナを手に入れたいと思ってしまう。



『ユキ君~おいで~!』


無邪気に手を振るルナが、いつも通りで、なのにそんなに綺麗で、いや、いつも綺麗なんだけど、何かが違って。


それが、誰かと永遠を誓うための格好をしているからなのは、明白で。


分かってるんだ、これは撮影だって。

だけどウェディングドレスを見ると無意識に、幸せ、というワードを連想してしまう、人間の先入観みたいなものが邪魔して。


もしかしたら、もしかしたらこれは現実なんじゃないか、なんていう俺のポジティブすぎるアホみたいな都合の良い考えが、ふっと浮かんでは、必死に沈めこむ。


近い将来、その隣にいるのは、俺じゃない、と言い聞かせて。


そしてまたその現実に心がえぐられて、やっぱり俺の目頭はジンとして。


ああ、くそ。


「向坂君、笑顔!」


そんな気持ちでいる時に、笑える奴がいるかよ。

俺の気持ちが、誰に分かるかよ。


なんて思いつつ、もう何度目だろう、また自分を虐める。



仕事を受けたのは自分だと。


それを繰り返せば、段々耐性がついて来て、やっと俺は普通に笑顔が作れるようになる。


そんなことを知ってか知らずか、そのタイミングで高田さんは、2人で見つめ合うカットの指示を出した。


『ふふっ、何これ、照れちゃうよね。』


幸せそうなルナを見れば、やっぱり俺の口元も緩む。


俺が苦しくなるのも、幸せになるのも、全部全部ルナのせいで。


ああ、愛してるって、こういうことね。


俺の中の誰かが、妙に納得していた。



ルナの笑顔が魔法みたいに俺をリラックスさせてくれて、雰囲気が良く撮影が進んで、さあ、いざ表紙を撮るぞって時になって。



『…あー!もう、本当にごめんなさい。すみません、今すぐ、止めるから』


泣いたのは、ルナの方だった。



『わー、なんでだろ、止まんないよ。』


徐々に夕陽も傾き始めて、それが余計ルナを焦らすのか、涙は止まらないどころか、どんどん溢れる。


スタッフや俺に何度も謝るその姿が、苦しそうで。


その涙の理由を、自分に重ねるのは容易だった。


「…良いよ。」


もう、良いよ。

そう言って、ルナを抱き上げた。


ルナは慣れたようにバランスをとって俺の首に手を回しながら、へ?と聞き返した。



「…そんなに俺を好きだと思ってくれたなら、この何ヶ月かに、ちゃんと意味があったって、思える。」


それだけで、もう、良いよ。



ルナはグチャグチャな顔で、大粒の涙を溜めて、一瞬驚いたように目を見張った後、最高に優しく微笑んで、愛おしそうに俺の頬に触れた。


その、切なさを閉じ込めた、細くてか弱い指先から、なぜだろう、温かくて幸せな気持ちが俺の心に流れこんで。



「…愛してる。」


その言葉は、無意識にこぼれるものだと、初めて知った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る