ただのファン

13



「え、今日、悠二の彼女来るの?」


歌番組の楽屋でわいわい話していると、悠二のケータイに、彼女が局についたと連絡が入った。



「そ。あいつ、今日誕生日だからさ、久しぶりに呼んだんだよね。」

「へー!おめでたい!」

「もう何年になるっけ?結構長いよね?」


「ちょうど4年ですよ。…お互い良い歳だからさ、結婚したい気持ちもあるんだけど…やっぱり、こんなに人気出て仕事もらってる時に、できないよねー…」


悠二がその彼女と付き合って長いのは、メンバーは皆知っていることなのだが。



「…まずいな。」


「ん?ユキなんか言った?」


「いや、なんでもない。」



…本当は、なんでもなくない。



声をかけてきたのは、コンちゃんだ。


「今日、ルナちゃん、来ますよね。」


どうも、うちのグループで1番良く気が回るのは、末っ子らしい。



「…まずいよな~。」

「てか言ってなかったんすか?」

「え、だって、俺から言うことじゃないよ…」



ルナには、悠二に彼女がいることを言っていない。

そして今日は、ドラマの番宣を兼ねて、歌の前振りにルナが来てくれることになっていた。


あいつはきっとうちの楽屋に、挨拶に来るだろう。



「…チャンスじゃないっすか。悠二さんから目を離す。」


コンちゃんは、ニヤニヤ笑うけど。


「…そうじゃないんだよなぁ~」


俺はため息を吐くしかない。


「言おうかとも思ったんだよ?悠二に彼女いるって。でもさ、あんなに純粋に、ファンとして、悠二のこと応援してるの毎日見てるとさ…」

確かに、コンちゃんの言う通り、俺にはチャンスかもしれない。


それでも。


「…笑ってて欲しいんだよ。俺のこと、好きじゃなくても。」


だって、ルナの笑顔を見てると、もうそれだけで良いような気がしてくるんだ。



「ユキさん…」

「なに。」

「ピュアっすねぇ~」


コンちゃんはケラケラと笑った。


「ツアーやれば120万人も動員するようなミリオン歌手が、8個も下の女の子相手にそんなに振り回されてるとはねー!みんな夢にも思いませんよ。」

「うるせー。」


俺は応援してますよ、なんて言われて、柄にもなく少し喋りすぎたな、と後悔した。




「こんにちはー…」



そんな話をしているうちに、悠二の彼女さんは楽屋にやってきた。

こんにちは、なんて、いかにも業界人じゃありません、という感じの彼女は、悠二に駆け寄って何か話している。



「誕生日なんだとか。おめでとうございます。」

「あ、ありがとうございます…!」


声をかければペコペコとしていて、緊張しているのだろうか。

誰にでも明るく声をかけまくるルナとは正反対だな、なんて、無意識にルナと比べてしまう自分は、重症だ。



そしてついに、


『おはようございます!』


ルナが、BLUEの楽屋の扉を開いた。



「…ルナ、」

俺は何故だか、反射的にルナの手を引っ張ってしまった。


『え、ユキ君?どうしたの?』


「…なんでもないよ。」


自分で、悠二の彼女だよ、なんて、紹介する勇気も無いくせに。




どうしたの?変だよ?なんて俺を覗き込んでいたが、勘の良いルナはすぐに気付いてしまう。


『あれ…?もしかして…』


悠二は今更困ったような顔をして、彼女を紹介する。

「あー、ルナちゃん……彼女なんだ。今日、誕生日だからさ、遊びにおいでって呼んでて。」

「はじめまして!るーなちゃん、よく雑誌でお見かけします…!ヒロユキ君の彼女さんだっていうのはゆうちゃんから聞いてます…!」



俺らの同棲がヤラセだとあまり広めないように、悠二が気を使って、報道は本当だと彼女には言ってくれていたんだろう。


ああ、どうしてこう、何もかも上手くいかないんだよ。


誰も、悪くないんだ。

なのにイライラしてしまう俺は、心が狭い。



とにかく、ルナを部屋から連れ出そうとした時、


『えええー?!そうなんですか!?』


ルナは、1ミリも動じずに、いつもどおりに驚いてみせる。


『私、ユウジさんの大大大ファンなんですよ!最近ご一緒する機会が多くて幸せだな~なんて思ってたのに、彼女さんにまでお会いできるなんて…!お誕生日なんですね!おめでとうございます!

は~、でもやっぱりユウジさんの彼女さん、めちゃくちゃ美人だ~!』


「いや、そんな…!ありがとうございます!

あの、るーなちゃん、生だと雑誌で見るよりもさらにかわいくてびっくりしてます…!それに、るーなちゃんとヒロユキ君の方が、美男美女でずっとお似合いで…」



……彼女に悪気はないんだ。


それでもやっぱり、楽屋はなんとも言えない空気に包まれてしまう。


悠二もどうしたものかと苦い顔をしたが、今更、俺たちの報道は嘘だとバラすわけにもいかない。

メンバーも、どうにかしようとは思ってくれてはいるんだろうが、もう事情が複雑すぎて、誰がどう動くのが正解か分からなくなっていた。


その時、



『え~、そんなこと言われると照れちゃうよね、ユキ君!』


うふふ、なんてテレビ用の笑い方で、さっき俺が引っ張ったその手を、俺の腕に絡めた。



…ああ、お前は本当に、強い女だよ。




「…おい調子乗んなって。」

『あー!ユキ君照れてるでしょ?ねえ?』

「ちょ、黙れってば…」


反対の手で俺の頬をつつきながら、照れてるー、なんて無邪気に笑うから、俺はもう、胸が押し潰されそうで。



「おーい、イチャイチャは外でだぞー!」


隼人さんは、気を使ってくれたんだろう。



「すいません、おい、ルナ、ちょっと…」

腕を引っ張って廊下に行こうとすればルナは、きゃーっユキ君ってば大胆!なんて、部屋を出るギリギリまで抜かりない。




『ねえユウジ君の彼女!すっごい美人さんじゃない!びっくりしちゃったよ~!』


ルナは部屋を出たのにまだニコニコしているから、なんだかもう堪らなくなって、思わずギュッと抱きしめた。



『ちょっとユキ君?ここも人通るよ。』


「いいから。」


『えー?何が良いのよー。もう。』


「…俺には、そんな強がらなくて、いいから。」



彼女の身体に回した腕にさらに力を入れれば、苦しいから離して、なんて言うんだ。


『…あのね、なんか勘違いしてるでしょ?私は、ユウジ君の、ファンだから。だからね、彼女さんの隣で幸せそうなユウジ君見れるの、嬉しいんだよ。』


「…嘘だ。」


『本当だよ。』


「…嘘だよ。」



強がって笑う顔なんてこれ以上見たくなくて、俺の腕から逃れようとするルナを、しっかりと胸の中に押し込めた。



「無理しなくていいから……俺には、ちゃんと、弱い所も見せてよ…」



ルナはそれ以上何も言わずに、抱きしめた俺の背中に自分の腕を回した。



『もう。…ユキ君のくせに、カッコつけすぎだよ。バカ。』


「…ルナのためなら、いくらでもバカになるよ。」



腕の中で小刻みに揺れるその身体は、ちゃんと捕まえておかないと消えてしまいそうなくらい、儚くて。


俺と同じ、メンズのLだと言うその背中は、びっくりするくらい、小さかった。


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