60円
7
「おいルナ!あまりにも散らかしすぎ!」
『えー?んー。』
朝食の片付けをしてキッチンから出ると、ソファに寝転んで雑誌を読むルナの姿があった。
潔癖、とまでは行かないが割と綺麗好きな俺は、どうしても雑誌なんかを床に散りばめておきたくはない。
その辺の本類をまとめてソファの前の机に置き、ルナの脱ぎ散らかしたものをランドリーに入れて、寝転がる巨体の足を半分どかしてソファに座る。
いいか、俺。
お前は家政婦じゃない。
誰もが羨むスターだろう。
それが20の小娘相手にこんなに甘くて良いのか。
…いや、良くないはずだ。
だけどもうこれは。
…ああ、やっぱり。
惚れた弱みだ。
今日は朝から一緒に撮影だからルナのマネージャーの車に乗せて行ってもらうことになっているが、約束の時間までまだある。
かといってルナも自分の読み物に夢中になっているので、とりあえず俺も、さっき積み上げた雑誌の中から何か見てみることにした。
こいつ、普段何読んでるんだ?
…VOGUEに、ELLEに…
この付箋だらけの分厚いのは…最新のプレタポルテ秋冬コレクションの総集編?
ハリウッドセレブのゴシップ誌もある。
…うわ、こんなところにうちの事務所の月刊誌挟んでおくなよ。ビックリした。てか積み上げたの俺か。
…あ。
その下にあった、ルナが表紙の女性誌が目に留まる。
“るーなのお気に入り私物、大公開!”
その見出しに、ページをパラパラとめくる。
『あー!ユキ君発売前のやつ見てるー!』
ルナは自分のほうの雑誌を見終わったのか、俺の手元を覗き込んできた。
「へー、発売前なの?これ?」
『そそ。明日とかかな?多分。』
自分の特集を見て、この取材嫌だった~なんて苦い顔をする。
「…てかお前、ルームウエアはジェラピケのふわもこ、って完全に嘘だろ。」
『良いの。芸能人は夢を売るお仕事ですから。』
まあ確かに、ヒラヒラのワンピースよりも楽に着れるメンズの服が好きです、なんてルナに言われたら、ファンはショックを受けるんだろうけど。
「別に、テレビでも好きな服着れば良いのに。」
少しだけ、昨日のお返しをしてやった。
「てか!お前少しは片付ける努力をしろよ。読者は騙せても、俺が悠二にチクるぞ。」
ここでルナが悠二のファンであることを利用してしまう辺り、俺はダサい。
そんな気持ちを知ってか知らずか、いつも通りにケラケラと笑う。
『ははっ何言ってんの!ユキ君にはそんなことできませんよーだ。』
「はあ?言ってやる!絶対に言ってやる。決めた。」
『べっつにー?ユキ君にそんなこと言われたところで、ユウジが信じるわけ無いじゃん。』
くそ、人のこと甘く見てやがるな。
『ユキ君が私のこと色々吹き込んでもね、ユウジは絶対に「ユキ盛り過ぎ~笑」とか言って、ニャンチュウみたいに笑って終わりだね!』
悠二のクシャっとした笑顔が脳内で再生された。
「いやでも、少しくらいルナへの印象悪くなるな。」
『いやいやいや、ないない!』
何がそんなにおかしいのか、ソファで足をバタバタさせ笑っている。
『ユウジが「盛り過ぎ~」て笑って、ハヤトさんが「本当だよ!でもユキがそんな感情的になるとか珍しくね?」とかなんとか言うじゃん。
で、ケンちゃんは「あんなにかわええるーなと同居しとるくせに文句ばっかりとか…贅沢すぎやん…」とかブツブツ言ってるのに誰にも相手にされなくて、コンちゃんはスマホで私のこと調べ始める、BLUEの楽屋。
ああー!見える見える!』
「見えねえよ。」
くそ。俺はBLUEの中でどういう存在だと思われてんだ?
『じゃあ賭けるか?!』
「はあ?」
突然賭けるとか言い出し、ドヤ顔でポケットから取り出したのは。
「…30円」
『今日の夜帰って来たら、倍にして返しなさい!』
「いや、倍って60円だし…」
と、呆れたところでベルが鳴った。
マネージャーさんが到着したのだろう。
『じゃあ絶対だかんね!60円!』
そう言い残して玄関に向かってしまうので、俺は手のひらに乗った3枚の10円玉を仕方なくポケットに入れた。
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