60円


「おいルナ!あまりにも散らかしすぎ!」


『えー?んー。』


朝食の片付けをしてキッチンから出ると、ソファに寝転んで雑誌を読むルナの姿があった。


潔癖、とまでは行かないが割と綺麗好きな俺は、どうしても雑誌なんかを床に散りばめておきたくはない。


その辺の本類をまとめてソファの前の机に置き、ルナの脱ぎ散らかしたものをランドリーに入れて、寝転がる巨体の足を半分どかしてソファに座る。



いいか、俺。



お前は家政婦じゃない。



誰もが羨むスターだろう。



それが20の小娘相手にこんなに甘くて良いのか。




…いや、良くないはずだ。



だけどもうこれは。



…ああ、やっぱり。





惚れた弱みだ。



今日は朝から一緒に撮影だからルナのマネージャーの車に乗せて行ってもらうことになっているが、約束の時間までまだある。


かといってルナも自分の読み物に夢中になっているので、とりあえず俺も、さっき積み上げた雑誌の中から何か見てみることにした。



こいつ、普段何読んでるんだ?



…VOGUEに、ELLEに…


この付箋だらけの分厚いのは…最新のプレタポルテ秋冬コレクションの総集編?


ハリウッドセレブのゴシップ誌もある。


…うわ、こんなところにうちの事務所の月刊誌挟んでおくなよ。ビックリした。てか積み上げたの俺か。



…あ。



その下にあった、ルナが表紙の女性誌が目に留まる。


“るーなのお気に入り私物、大公開!”


その見出しに、ページをパラパラとめくる。



『あー!ユキ君発売前のやつ見てるー!』


ルナは自分のほうの雑誌を見終わったのか、俺の手元を覗き込んできた。


「へー、発売前なの?これ?」


『そそ。明日とかかな?多分。』


自分の特集を見て、この取材嫌だった~なんて苦い顔をする。


「…てかお前、ルームウエアはジェラピケのふわもこ、って完全に嘘だろ。」


『良いの。芸能人は夢を売るお仕事ですから。』


まあ確かに、ヒラヒラのワンピースよりも楽に着れるメンズの服が好きです、なんてルナに言われたら、ファンはショックを受けるんだろうけど。


「別に、テレビでも好きな服着れば良いのに。」


少しだけ、昨日のお返しをしてやった。



「てか!お前少しは片付ける努力をしろよ。読者は騙せても、俺が悠二にチクるぞ。」



ここでルナが悠二のファンであることを利用してしまう辺り、俺はダサい。


そんな気持ちを知ってか知らずか、いつも通りにケラケラと笑う。



『ははっ何言ってんの!ユキ君にはそんなことできませんよーだ。』


「はあ?言ってやる!絶対に言ってやる。決めた。」


『べっつにー?ユキ君にそんなこと言われたところで、ユウジが信じるわけ無いじゃん。』


くそ、人のこと甘く見てやがるな。


『ユキ君が私のこと色々吹き込んでもね、ユウジは絶対に「ユキ盛り過ぎ~笑」とか言って、ニャンチュウみたいに笑って終わりだね!』


悠二のクシャっとした笑顔が脳内で再生された。


「いやでも、少しくらいルナへの印象悪くなるな。」


『いやいやいや、ないない!』


何がそんなにおかしいのか、ソファで足をバタバタさせ笑っている。



『ユウジが「盛り過ぎ~」て笑って、ハヤトさんが「本当だよ!でもユキがそんな感情的になるとか珍しくね?」とかなんとか言うじゃん。

で、ケンちゃんは「あんなにかわええるーなと同居しとるくせに文句ばっかりとか…贅沢すぎやん…」とかブツブツ言ってるのに誰にも相手にされなくて、コンちゃんはスマホで私のこと調べ始める、BLUEの楽屋。

ああー!見える見える!』


「見えねえよ。」


くそ。俺はBLUEの中でどういう存在だと思われてんだ?


『じゃあ賭けるか?!』

「はあ?」


突然賭けるとか言い出し、ドヤ顔でポケットから取り出したのは。



「…30円」


『今日の夜帰って来たら、倍にして返しなさい!』


「いや、倍って60円だし…」


と、呆れたところでベルが鳴った。

マネージャーさんが到着したのだろう。


『じゃあ絶対だかんね!60円!』


そう言い残して玄関に向かってしまうので、俺は手のひらに乗った3枚の10円玉を仕方なくポケットに入れた。



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