『はいこれユキ君の!』

「うぉっ?!」



今度は何を投げられたかと思えば、ゲームのコントローラーだ。



『ウイイレやろ!ね!』


「ウイイレ?!」



なんでそんなものがこの家に。



『ユキ君、元サッカー部ならやったことくらいあるでしょ?』


「え、いやまあ、そりゃあ」


半ば強引的に座らされ、見慣れたオープニング画面が現れる。



『いえーい!まさかユキ君のポスターの前でユキ君とウイイレする日が来るとは!』


隣でルナはもうやる気満々の様子。


…仕方ない、少しくらい付き合うか。



***




午前0時半。




スーパーモデルにウイイレで負ける、元サッカー部のボーカリストがここに1人。



「…ってか強くね?!え?!」


『ユキ君弱くてつまんなーい!!』



ルナはケラケラと笑いながら床に仰向けになっている。


『はい明日の朝ごはんの係はユキ君にけってーい!』


「いや別に、それくらい全然作るけど…」



ゲームに熱中して思わずテレビに食い入っていた体をもう一度ソファに座らせて彼女を見れば、なんだか随分満足気な顔をしていて。



「ははっ…こんなに熱中したの、久しぶりだ。」



自分も思わず、笑みが零れる。


この家にいると、どうも感情を素直に表現してしまうらしい。





『あああああっ!』

「どうした?!」


ルナが突然叫びながら飛び起きるので、何事かと思いきや、急いでテレビのチャンネルを回し始めた。



『忘れてたぁぁぁ!追っかけで見なきゃ…!』



どうも録画した番組を見忘れていたのか、リモコンを忙しく操作している。


「ん?なんのばんぐ…み…」


『あら。ユキ君があっちにもこっちにも。』



それはついこの間収録した歌番組で。


『きゃーっ!これ歌うの?!私これ大好きー!!』


ルナは興奮して俺のことをバシバシと叩きながら、きゃーきゃー騒いでいる。



ああ、ファンだったよ、こいつ。



『うふふっ。ユウジかわいー!』



司会者からの質問に悠二が答えるたびにニヤニヤしたり、笑ったり、俺が映ればこっちをチラチラ見てみたり。


かと思えば、彼女が大好きだと言うこの曲が始まった途端、何故か俺の手をギュッと握って、真剣に聴き入っている。



『はぁぁぁ!良かった~!』

「うわぁっ!」



俺たちの出番が終わると、俺に飛びついてきた。



「え、ちょ、」

『もう!なんなの!なんて良い声なの!あんな声であんな悲しい曲歌われたら、泣いちゃうよ…』



狼狽える俺には御構い無しに、一層強く抱きつかれる。


おいおい、これ、無意識にやってるなら、本格的に魔性の女だぞ?


とりあえずなんとか引き剥がして隣に座らせると、本当に幸せそうに、良かった~なんて言うから、こっちまでありがたさでいっぱいで。



「…でも、悠二は野球派だよ?」


だけど昨日、ユウジのファンだ、なんて言ってたのを思い出したら、なんだか無性に腹が立って、そんな風に言ってしまう。



そしたらルナは、呆れたように笑った。



『あのねえ、ユキ君。好きな人に合わせて好きな物を変える女がいたら、それは、好きな物に合わせて好きな人も変える女だよ。』


あんた、そういうのに引っかかるタイプでしょう?



そう言われて、全く心当たりが無いわけではなかった。


そしてルナは、自分の好きな物を曲げるようなことは、絶対にしない女だというのも、もう十分に分かっていた。




「…どこがいいの?悠二の。」



なんとなく気になって、声に出してしまった。



『えー?うーん…なんだろう…』


理由はいっぱいあるんだけど、と考えて出した彼女の答えに、また俺は負けてしまう。



『だってきっとユウジって、普段もそのままユウジだと思うの。』



そんな風に答えた彼女の言葉の続きはきっと、“貴方と違って”。



それはつまり、俺がルナに悠二の好きなところを聞くのは、ジェラシーからだと、ルナは気付いてるってことだ。



悠二はどちらかというと、ルナみたいに、ピュアで素直で、いつだって正直だ。


…自分でも分かってるんだ。


俺は、別にカッコつけてるつもりではないけど、確かに、あまり感情を表に出さないようにしている節がある。だから皆にクールだ、なんて言われる。



『でももう、私は知ってるもんねー!』


「へ?」


ニヤニヤしながら、ルナは言う。



『ユキ君だってちゃんと、子供みたいに熱くなって、ゲームするんだもんね?』



別にテレビでも、熱くなればいいのに。


なんて言いながら、今度は俺たちのCDをかけ始める。



「…恥ずかしいからやめてよ。」


やたらと音質のいいスピーカーから自分の歌声が流れるのは、やっぱりこそばゆい。



『…でも私、本当は、ユキ君の声の方が好きなんだー。』



俺の話には聞く耳を持たずに振り返るルナは、何故か、困ったように笑っていた。



『…悲しい恋の歌が、良く似合う。』



多分それが、俺がルナとの叶わぬ恋に落ちてしまった瞬間。



そしてその悲しい結末も、ルナだけが知っていたんだ。



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