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「とにかく、中に入ったらまず、もし迷子になったらどこで待ち合わせるか決めるよ。ディズニーは迷子センターないからね?」


開園前にゲートに並び、周りはすでに何人か俺たちに気付いているようだったが、極力気にしないように、でも小声でそう伝える。


『大丈夫だよ~ユキ君は絶対に私とはぐれないよ。』


ルナの方は、周りなんか全く気にせず大声で話してるが。


「いや、だから万一だって…」

『じゃあ賭ける?!』

「ちょ、芸能人が大声で賭けるとか言うなよ…」


もうすっかりウキウキモードで、自分の世界に完全に入り込んでいるルナは、手慣れたように俺のポケットに30円入れた。


『今のところ、私の5連勝中だからね!』

「はいはいはい。」


こんな状態じゃあ、これ以上俺が何か言ったところで聞かないだろうと、素直に受け入れる。

あれ以来、何度か賭けを持ちかけられては、俺の全敗だ。


そしてなぜか、いつも賭け金は30円。

まあ、だからこそ手軽に楽しめるし、そうやってふざけ合う時間が特別な感じがして、良いんだけど。



『あ、ユキ君、前の方進んでるよ!』


歩きやすいように、とスニーカーを履いて、いつもより少し小さめな背をピンと伸ばしてはしゃぐルナをみると、俺も周りの目なんて気にならなくなって来て。


「…ん、はぐれないように。」


押されるように前へ進む列の中で、ルナに手を差し出した。


ルナはえへへ、なんて照れたように手をとるから、なんだか俺も恥ずかしくなって来た。


いや、ここは、夢の国。

今日だけはそんなのも、きっと許されるはずだ。

だから俺は、今日、言うしかないんだ。



***



『大きい地球~!』

「ルナそっち後で良いって…」

『いーから!』


開園ダッシュどころか、見るもの全てに心が奪われたように目を輝かせるルナは、ゲートを通って数秒のうちに足を止める。


『ユキ君、こっち向いて!』


繋いだ俺の手を引っ張って、ルナはスマホをインカメラにする。


地球をバックに写真を撮ろうとするので、シャッターボタンを押す瞬間、俺はルナの頬にキスをした。


『きゃっ!』


突然のことに驚くルナに、

「…これくらい許して。」

と、どうしても俺は弱気だ。


『もう。…ユキ君のバカ。』


なんて言いながら撮った写真を確認するルナは、少し頬を染めていて、俺のこと、ちょっとは意識してくれているのが嬉しい。


だってルナは、照れると必ず、バカって言うんだ。


…ああ、これでなんで、付き合ってないんだよ。



ふと顔を上げると、数人がスマホをこちらに向けていた。

…これは、思ったよりまずいな。


さっき自分のした大胆な行動が急に悔やまれて、周りに気付かないルナに、もう行くぞ、と声をかける。


『うーん、ちょっと待っててね。…すみません!お姉さん!』


あーもう。


人の言うことを全く聞かずに、近くにいたキャストさんに声を掛け始めた。


『すみません!私、誕生日なの!』


ニコニコとした笑顔の正体がルナであることに気付いたらしいキャストさんは少し驚きつつ、

「…お、おめでとうございまーす!…えっと、お名前は…?」


誕生日シールとマジックを取り出しながら尋ねるキャストさんにルナは。


『うふふっ。狭間ルナです!』


今日一番の元気で応えた。



さすが教育の行き届いているディズニーだけあって、キャストさんは騒ぎ出したりしない。

でも周りからは、やっぱり!なんて声が聞こえて来た。


一方、胸に大きな名前シールを付けてご満悦なルナは、素敵な誕生日を!と声を掛けてくれるお姉さんに手を振りながら歩き出す。


…どれだけ地味な格好をしても、そんなにデッカく名前書いてちゃ意味がないだろうに。


先が思いやられる、とやっと動き出した途端、恐れていた事態が起きた。


「るーなちゃん!お誕生日おめでとう!ファンなんです!!!」


高校生くらいだろうか、女の子が、目に涙を浮かべて声を掛けてきた。


あーあ。


まだ地球儀の前だぞ?バレるの早すぎだろ。

…やっぱり、俺たちに普通のデートを楽しむのは無理があったな。


俺はガッカリしつつも、ここでちゃんと対応しなくちゃネットで変なこと書かれるし、と、その子の方に向き直った。


なのに、どうしたものか、と俺が悩む間もなく、


『きゃー!ありがとーう!21歳になっちゃった!うふふ。』


ルナはその子に、ギュッとハグしていた。

それどころか、その子の連れらしい他の女の子3人まで手招きして、同じようにハグしている。


『写真?もちろん良いよ~!ユキ君ユキ君、撮って!』

おいおいおい、人前でそんなに堂々と俺の名前呼びやがって。


あー、もう。


なんで躊躇いもなく、そんなに喜べるんだ。

仕事中でもないのに、応える必要無いのに。

嫌だとか、そんなの、一瞬も見せないで。


「…分かったって。ケータイ貸してくれる?」

「…!ありがとうございます!」

「え、あの!!!BLUEのヒロユキ君ですよね?!応援してます!」


ルナのファンだというその子達が、あまりにも嬉しそうで。


「…ありがとう。」


俺も、握手なんてしてしまう。


写真を撮った女の子達を見送って、俺に、嬉しいね、なんて微笑むルナには、きっと一生敵わない。



「すみません、私も写真撮って欲しいです…!」

「すみません!」


その様子を見た人達が大勢写真を撮って欲しいと言ってきて、もちろんルナは、嬉しそうに応える。



「ねえ、ちょっとカメラ頼んだ!」

一緒に来ている彼氏さんにケータイを渡そうとする人がいれば、


『いいよいいよ!ユキ君が撮ってくれるよ!ほら彼氏君もこっちおいで!』


なんて、勝手に人を使うし。


結局ルナは10組以上と写真を撮って、俺も数枚頼まれた。

ちなみに、未だ、地球儀の横。


「…全く。これじゃルナがミッキーじゃんか。」

やっと列が途切れたところで、今度こそタイミングを逃すものかと、ルナの手を引っ張って歩き始める。


ほんとだね~なんて笑うルナは、繋いだ手を自分に少し引き寄せて、ごめんね?と俺の顔を覗き込んだ。


『大丈夫!今日はユキ君とも、いっぱい写真撮るからね!』


その笑顔は心なしか、さっきファンに対応していた時よりも嬉しそうだったから、それで許すことにした。




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