36
『…っ!』
頭が真っ白なまま、控室を飛び出した。
外に出た途端、フラッシュに目がくらんで、一瞬前が見えなくて。
でもかろうじて、奥にパトカーが停まっているのが見えた。
『お義父様…!』
力一杯に叫ぶ私の声に応えるように、
「…殺人、および幽閉の疑いで、あなたを逮捕します。」
警察官の、冷酷な宣告が、その場に響いた。
報道陣を押し退けてパトカーに近づけば、乗り込もうとするその人と目が合う。
『…やっぱり、貴方だったの?』
お父さんとお母さんは本当は天王寺家に殺されたんじゃないかと疑う気持ちはいつもあったけれど、どこかで、まさか、とも思っていた。
なんだかんだと私を大切にしてきてくれたこの人を、信じたい気持ちが、心のどこかにずっとあった。
だから、ここから、この家から、25年も逃げ出せなかった。
『貴方が、お父さんとお母さんを、殺したの…?!』
やっと真実から目を背けられなくなって、でも私はまだ、一言、嘘だ、と言って欲しかった。
「…やっぱりな、ユリナには、白無垢がよく似合う。」
彼はいつも通り、ゆったりと笑って言う。
「だいぶ粘ったが、やっぱり僕の負けだよ、西園寺 百合菜。」
どこまでも負けん気の強い女だ。
最後の言葉は、ドアの閉まる音で掻き消されそうになったけど、私の耳に届くには十分だった。
『…何言ってるのよ。』
図らずも流れた涙は、私が彼を信じてしまっていた証。
『その西園寺 百合菜は、貴方が、殺したんじゃない…』
貴方、ずっと、私の奥に、お母さんを探してたのね。
だからいつも、遠くを見てたのね、なんて。
走り出すパトカーの後ろ姿を見ながら、いやに冷静に、そんなことを思う自分がいた。
途端、一気にシャッター音が加速して、私の背後に近付いてきたのが誰なのか想像するのは容易だった。
『…本当はね、分かってた。2人を殺したの、お義父様だって。』
振り返れば、私よりも辛そうな顔をする彼。
『でもね、私、あの人のこと、信じたかった。真実を知って、あの人がいなくなってしまうのが…嫌だった。』
確かにあの人は、両親を殺して、私の自由を奪ったけど。
それでも、なんだかんだと私を大切に育ててくれたあの人が、悪い人だなんて、思いたくなかった。
自分を愛おしそうに見つめるあの人に、憎しみを抱きたくなかった。
『バカみたいでしょ、私。』
あの人が私を愛おしそうに見つめるのは、私の向こうに、お母さんを探してたから。
殺してしまうほどにお母さんを愛していたこと、気付きたくなかった。
その愛は、私に向けられたものだと、思いたかった。
『…誰かに必要とされていたかったの。たとえそれが、実の両親を殺した人でも。』
「…お前、ほんとバカ。」
そんな憎まれ口を叩きながらもそっと私を抱きしめる腕に、冷たい言葉しか吐かないのが彼の優しさだったと思い出す。
「…お前まで、狂った愛に、巻き込まれてんなよ。」
そう。
長く世話を焼いてもらう内に、見えなくなってしまっていたけど、あの人の愛は、いつもおかしかった。
私には現実が辛すぎて、そのおかしな非日常に逃げていた。
『…でも、もう大丈夫。ちゃんと、私のことだけ見てくれる人、見つけたから。』
見上げればそこには、愛しい人。
『その人が、私の目、覚ましてくれたみたい。』
私のことを、正しく愛してくれる人。
『…ユキ君、来てくれて、ありがとう。助けてくれて、ありがとう。』
こんな私を、必要としてくれる人。
「…よかった。ルナにはもう俺なんていらなくなったんじゃないかって、本当はずっと心配だったんだよ。」
そう笑った、少しシワの増えたその顔は、2人の離れている間に流れた年月を表していたけれど、大切なものは何も変わっていなかった。
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