『ただいま~!ユキ君もう帰ってるー?』




ルナは、朝からドラマの撮影に雑誌の取材にと、キツキツのスケジュールをこなして来たとは思えないほど元気に帰って来た。


「…おかえり。」


明日の撮影分の台本に目を通していた手を止めて見上げると、おかえりなんて久しぶりに言われた、と笑う。


『ごめんね、すぐにご飯用意する!』


「いや、俺今日早かったからさ、簡単なものだけど用意したんだけど…」


なんとなく恥ずかしい気持ちをグッと隠してそう伝えると、ルナはただでさえ大きな瞳をまん丸にして驚く。


『え!ユキ君がお料理したの?!』


「まあ、味の保証はないけど…ごめん、キッチン勝手に使っちゃった。」


『ううん、そんなの全然良いよ!!!!え、すっごい嬉しい~ありがとう!』


まだ食べてもいないのにそんなに喜ばれると、素直に作って良かったと思える。


「すぐに食べる?温めるけど。」


『うん!お願い!』


コート脱いでくる、とクローゼットに向かったルナを見送ってキッチンに向かう。



さて、問題はあの60円にいつルナが気付くかだ。

面と向かって渡すのも憚られて、リビングの机に置いておいた。


ダイニングでご飯食べて、その後…



あいつ、何したいって言うかな、今日は。


またウイイレ?


いや、ルナのことだから、昨日と同じことをしたいとは言わないかもしれない。



それに、疲れてるかもな。

明日は一日中スタジオだし…



とにかく、ご飯食べたら、それとなくリビングに連れ出すしかないな。



なんて考えて、火を止めた。


「できたよ」



ダイニングに運ぶと、ルナは何やらスマホでゲームをしていた。こちらに気付けば、目を輝かせる。


『きゃー!オムライスじゃん!え、すごーい!』


「…食べれる?」


『うん!え、てか私、1番好きなものオムライスだよー!』


いただきます、と美味しそうに食べてくれる姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。



そして俺の脳内では、お昼に楽屋でコンが読み上げていた、ルナの公式プロフィールが再生されていた。



「狭間ルナ、本名は芸名と同じだが、ルナの字が月。その風貌と名前からよく勘違いされるがハーフではなく、母親がセーラームーンのファンで、作中の猫のキャラクターから取った名前。

6月1日生まれの現在20歳、171cmの49kgでCカップ。ダンス&ボーカルグループBLUEの今内悠二の大ファンで、好きな食べ物はオムライス。

…学歴は、地元東京都国分寺市内の私立小中学校を卒業、ということになっているが、実際に通っている姿を見た者はいないとか…」



…良いよな、コレくらい。

お互い、芸能人なんだし。


…好きな食べ物、知ってて用意するくらい。


まあもっとも、その後楽屋では、謎すぎる学歴について議論になったのだが。



『んふふ。誰かが作ってくれたもの食べれるのって、幸せだよね。』


突然笑い出したかと思えば、そんなことを言う。


「ずっと一人暮らしだったんだっけ?」


『んー。まあね~。』



…ああ、またそうやって濁す。


でも、俺たちは付き合ってるわけでもなんでもないんだ。


俺には、問いただす権利なんてない。



『あー、でもやっぱり、一緒に暮らすのがユキ君で良かったぁ。』


顔をくしゃっとさせて、そんなことを言うもんだから。


「…なんでよ、いきなり。」


速まる鼓動がバレないように、努めて冷静に聞き返せば、


『だってユウジだったら、お料理できないでしょ。』


ほらそうやって、簡単に他の男の名前を出す。



『…でもユキ君、さすがだね。』


俺の気持ちも知らないで、ルナは話を続けるんだ。


『グリンピース入ってないよ、これ!』



あはは、なんて笑って、ごちそうさまでした、と食器を下げに行く。


…あーあ、俺もつくづく簡単な男だよ。



俺がグリンピース嫌いなのとか、朝食はごはん派だとか、そんなこと知ってくれてたんだって、それだけで、なんかもう、びっくりするくらい嬉しいんだよ。


…いやいや相手は、ただの、ファンなんだから。


他意はないぞ、と自分に言い聞かせる。


それでも


『ユキ君ニヤニヤしてるけどどうしたの?』


「んー?いや、別に…思い出し笑い。」



やっぱり、少し、嬉しい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る