第27話 NEET、葛藤。のち脱却

 あの生理的嫌悪感をかき立てるネズミの鳴き声を聞いてから俺が初めてやったことといえば、それは荷物の整理だった。


 方眼紙と筆記用具をリュックの中のファイルにぶち込み、リュックに突っ込んでいたスコップを引き抜く。これをちゃんと固定するための留め具も考えないといけないだろう。鉈みたいに鞘がついていたら良いんだが……そればっかりは俺が作るか、親父に頼むしかない。


 鉈の位置も確認し、いつでも引き抜けるように意識の片隅に置いておく。

 そして、俺はネズミににじり寄ることにした。


 さっきの鳴き声からすると、ここから少し戻った場所にあいつはいるはず。そこは確かT字路だ。迷う可能性は低いだろう。

 このまま放置しても、帰り道の障害になる可能性が高い。


「……とりあえず退路の確保が最優先、だな」


 帰り道に敵がいては、落ち着くことも出来ない。

 それに、俺は自宅警備員だ。自宅を守らないでダンジョンの地図を作るのにうつつを抜かしていたとなれば、叱られるのは確実。というか、ネズミが出口を発見してしまったらやばい。


 ので、戦うことにする。


 そう決意した瞬間、手汗がブワッと出てきた。

 ぬるぬると滑るスコップの柄。それを手汗と一緒に服で拭う。そこで、俺は自分の手が震えていることに気がついた。


「…………」


 やっぱり、怖い。

 殺される可能性がある場所に身を投じるのが怖い。


 一度殺したからと言っても、首にガラスを突き立てて殺しただけなのだ。天運によって助かっただけなのだ。トドメを刺しただけで、俺が自分でネズミと対峙して倒したわけではない。


 そのことを考えると、どうしても身体が震える。


「落ち着けー、落ち着け俺ぇ……すぅ……ふぅ……」


 混乱した時は深呼吸。鉄則だ。

 呼吸を続けるにつれて、冷静になっていく自分が感じ取れる。

 さっきの思考をもう一度繰り返す。


 帰路の確保が鉄則。

 その帰路にネズミがいる。

 ネズミが出口を見つけたらやばい。家族がやばい。

 だから、ネズミを倒す。


 よし、よし。何を嫌がっているんだ、俺は。

 この上なく理路整然とした戦う理由があるじゃねえか。だから落ち着け。落ち着いて武器を取って、戦うんだ。


「よーし、よぉぉぉし……やる。やってやる」


 乱れた呼吸は整った。手にはスコップがある。れっきとした武器だ。壁に突き立ててから振り回せば、目つぶしにも良いだろう。

 今、俺は無力じゃないんだ。逃げることだけしか出来なかった時とは違う。


 戦える力がある。そして、戦う必要がある。


 自分にそう言い聞かせ、俺は戦場へと向かう第一歩を踏み出した。

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