第15話 NEET、立候補する

「――引っ越そうよ!!」


 真っ先に、妹がそういった。うん、同意。こればっかりは同意。俺も文字通り死にそうな目に遭うのは御免だ。俺はこの家の外の環境に適応出来るのだろうかという疑問はあるが、それでも命あっての物種だ。


 俺はそう考えていたが、どうやら親父は違うようだった。


「……仮に引っ越したとしても、あの穴は消えない」

「え、いや、そうだけど。でも、別に消えなくても良いじゃん……」


 妹よ、その通りだ。

 俺は妹の考えに同意すると同時にあることに気がついて、血の気が失せた。

 親父は俺の考えを肯定するように言葉を続けた。


「ああ、そうかもしれない。……だが、その場合次来た人たちの命はどうなる? 俺たちは運良く助かったが、最悪の場合次に越してきた一家があのネズミの手にかかって全滅するかもしれないだろう?」


 心臓がわしづかみにされたみたいだった。嫌な未来を予想して、たらりと冷や汗が頬を伝う。背中につららをぶっさされたような気分だった。

 妹は硬直し、俺はなんで気づかなかったんだろうと頭を抱える。うっそだろオイ、『引っ越し=多分人が死ぬ』ってなったら俺が殺したようなもんじゃねぇか。嫌だわそんなん。


 ネズミならともかく(この言い方はアレだけど)相手はちゃんと意思疎通が出来て、人生歩んできた人間だぞ? それを考えるともし引っ越したとしても、その後俺は絶対普通に暮らせない自信がある。


 率直に言って、罪悪感で潰れる。

 妹もそれは同じようで、言葉が詰まっているようだった。


「え……、えと、それじゃ、警察は!? 警察とか、自衛隊とか、そういう人たちに頼れば……!」

「無理」

「お兄ちゃん! いくら人と話したくないからって――!」

「いや、そうじゃなくて」


 こいつ、俺が人と話したくないからって自ら死に近づくような奴だと思ってるんだろうか。だとしたら心外だ。

 そんなことを考えながら、俺は重大な問題点を挙げる。


「どうやって信じてもらうんだよ。家の下にダンジョンみたいなのがあるってこと」

「あ……」


 どう言っても、信じてもらえる未来が見えない。最終的には、いたずら電話とでも受け取られるんじゃないだろうか。


 いやまあ、単純に『家の庭に穴が開いてる』とかだったら呼び出せるだろうが、その場合やってくるのは軽装の人だろうから、地獄に一名ご招待するのとさして変わらない。一名の警官を犠牲に警官隊を召喚なんてこと、俺は御免だ。


 辿る結末は引っ越した場合と同じようなもんで、結局俺は罪悪感で潰れるだろう。


 お袋も俺と同じ辺りまで考えたようで、珍しく眉間にしわを寄せながら、至極残念そうに結論を下した。


「結局、私たちでどうにかするしかないのかもね……」

「……ああ、洞窟には極力潜らないようにするとしても、ある程度の危険性を推し量る必要がある」


 そのためには、やっぱり洞窟に何度か入ることが必要不可欠だ、と。

 この時点で俺は話の終着点がなんとなく見えた。


 お袋や妹には当然ながら潜らせられない。

 親父は会社があって、それを何度も休んでという場合にも行かない。五十越えてるわけだし、身体にもガタが来ている。


 しかし、ここに身体能力が全盛期を迎えていて、年がら年中暇で日中の自由が利きすぎていて、無理してもそれを訝しむような友人もいなくて――極めつけに、死んでも特に問題ない奴がいる。



「――じゃあ、俺が潜るわ」



 言わずもがな、俺である。

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