第9話 NEET、敵を討つ

「どんっ……!?」


 ――な脚力してるんだよお前! という叫びは途中で途切れた。言うまでもなく、飛びかかってきたネズミに対して回避行動を取ったからだ。

 ついでに、受け身を取るなんて技能も持ってないため、思いっきり地面に突っ込んだ。下がふかふかの土だったおかげで助かった。すぐさま椅子を杖代わりに立ち上がり、ネズミの方を見る。


『ギ、ギュゥゥウウ……!』

「…………」


 純粋に、ネズミは運が悪かったのだろう。いや、俺の運が良かったというべきか。


 そいつは縁側の方に突っ込んでしまい、ガラスの窓を突き破り、頭を打って苦しんでいた。しかも、もがいてガラスの破片を自らの身体に押しつけて、切り裂かれるおまけ付きである。


 俺は慎重に、椅子を構えて瀕死のネズミに近づく。……椅子を頭に振り下ろしたら、このネズミは死ぬだろうか?


「…………」


 いや、死なないだろう。ネズミが壊したガラスの破片を使うか。


『ギュウゥウウウウ! ヂュウウウ!!』


 俺はじたばたと暴れるネズミににじり寄ると、念のために椅子を盾にして中くらいの大きさの、ちょっと手で掴みづらい程度のガラスの破片を片手に握った。ペストを持っている恐れもある。怪我は万が一にも避けるべきだ。そう思い、ジャージを脱いで凶器ガラスを軽く……手が切れないように包んでから握り直す。


 さて、どこを狙うべきか。

 足か? 腹か? 頭か? 首か?


「…………」


 首にしよう。

 上に乗っかって押さえ込むことが出来るし、あそこはたくさん血が通っている。心臓があるかどうか、血が流れているかいないかわからない怪物だが、それでも首を切れば死ぬはずだ。


 ――いや、血が流れているのは確実だ。今、現在進行形で流れている。


 まあ、首を切れば死ぬと考えて良いだろう。俺は相も変わらずだらだら冷や汗を流し、手汗でジャージを湿らせながら冷静に、そう、極めて冷静にネズミを押さえつけるようにして、上に乗った。


『グ……ギュッ……!』

「……フゥー、フゥー、ハッ……ハッ……! ……スゥーハァー」


 呼吸を整える。ネズミの悲痛な声は、聞こえないふりをした。

 やばい。何がやばいって、気持ち悪い。生きるためにしなければならないということはわかっているのだが、もうちょい経過観察しても良かったのではないかとか、こんなお粗末な勝ち方で良いのだろうかとか、今更のように後悔の思考が溢れ出てくる。


 そして、それを振り払えない自分が憎い。


「フゥー…………やるぞ、やる。やってやる」

『…………』


 独り言を口にして、心を落ち着かせて行く。

 そのまま、沈黙の帳が降りたように思えた。


 合図は、玄関の鍵穴に鍵が差し込まれる音――つまりは、妹が帰宅した音だった。


 ――許せネズミ。俺も生きたいのだ。


 俺はガラスの破片を振り下ろし、ネズミの命を奪った。

 達成感とか、そういうのはなかった。ただ後味が悪く、そして気持ち悪い。


 俺は胃袋から消化途中の食べ物と胃液を吐き出すために、トイレに行くことにした。

 すれ違い様に妹の悲鳴が聞こえたが、気にする余裕はなかった。





 ※   ※   ※



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