第26話 NEET、ダンジョンを歩く

「……あー」


 やっぱり心臓に悪い空間だな、ここ。


 帰りたい。今すぐここから帰りたい。

 なんつーか、生存本能が全力で警鐘けいしょうを鳴らしているのがわかるのだ。その原因が、奥にネズミがいるからだってのはわかってるけどさ。


「レベリングとか、ねーのかな」


 序盤で延々と雑魚敵を倒して経験値をためれば……って、ネズミがその雑魚敵だったわ。ということは、強敵もいる? 泣きたい。いや、いるとは限らないんだ。いてもなんらおかしくないだけで。


「…………」


 これ以上思考を続けると気がめいるな、考えるのをやめよう。


 無言で、先を警戒することにする。

 どうやらランタンを買ってきたのは正解だったようだ。光量こそ心許ないが、かなりの広範囲を照らし出してくれている。良い買い物をした。あれだけの、筆舌し尽くしがたい恐怖と戦ったかいがあるというものだ。


 願わくば、あの地獄が一度で済みますように。

 なんて思いながらも、俺は無理だろうなあと半ば悟っていた。


 使い続ける以上、物は壊れる。これは絶対だ。

 壊れたらまた買う必要があるし、その時にはもっと便利なのが出ているかもしれないと言って、妹は俺を引っ張っていく。そして、俺もそれに強く反発は出来ないだろう。道具にこだわらないで命を落とす可能性もあるからだ。


 言わずもがな、このダンジョンを攻略するには、全力を尽くす必要がある。

 俺のような引きニートならば、特にだ。


 全力を尽くした上で、細心の注意を払い、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する必要があるのだ。無茶苦茶言ってる自覚はあるが、パーティならともかく俺は単独(もといボッチ)なのでこんくらいしなければ何も出来ない。

 最初のネズミだって、多分逃げたり反応したりするのが一秒遅れたら死んでただろうし。


 俺からしたら、外も怖いがこっちも怖い。でもこっちより外に出て人間の悪意に晒される方が怖いので、多分それで緊張がほぐれているのだろう。

 …………。嫌な欠点の活用方法だな。


「はあ」


 俺はため息をはくと、家に何故かあった方眼紙にルートを記入していく。曲がり角なんかも記録して、まっすぐ進んでいく。

 角は二つくらいだが、未だに突き当たりには出ない。結構一方向に長いようだ。いや、純粋に広いという可能性もあるか。


 考えることが多くて嫌になるが、久々の思考に脳細胞が感激しているのもなんとなく感じ取れた。喜びと苦痛を同時に感じるとか、自分がドMになっているようでいい気がしない。


 と、その時だった。



『――――』



 ネズミの鳴き声がした。

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