第2話 NEET、いったん撤退する

 自宅地下に洞窟がある。


 その事実を理解した瞬間、俺の心中は不安で埋め尽くされた。

 もちろん、自宅がある日突然沈み込んだりとかしないよな? という不安である。ローンは支払い終わってたっけ? 保険、入ってたっけ? 自宅埋没保険とかある?


 というか万が一沈んだ場合って、どこを訴えれば良いんだ? 建築会社か?


「い、いや、でかさを理解する方が先か?」


 混乱の果てにそんなことを思いついた。名案だ。もしかしたら、この洞窟が隣家にも及んでいるかも知れない。とりあえず事実確認をせねば。そんな考えに取り憑かれて、それを基盤に色々と思考を進める。


「まず、暗いし懐中電灯は必須だろ……? コウモリとかいるかな? とりあえずスコップも持ってこう。うん、塹壕戦では猛威振るったとか言うし、武器として使えたらいいな。深いってわかったら友達呼んで……友達いねえわ俺。ははっ」


 自分で言うのもなんだが、独り言が多い。当社比二倍、いや、三倍だろうか? 高速回転する口に思考も置いてかれそうになりながら、俺は結論を下した。


「一回ウチに戻ろう」


 家崩壊の危機だし、もし崩落したら今度は俺の命の危機だ。

 慎重に慎重を重ねてもなお不安が残る。


 本音を言うなら入り口を埋めて、見なかったことにしてさっさと忘れたいが、自宅崩落の危険性がある以上、それをやったら毎晩眠れない日々を送ることになるのは間違いない。


 というか、他の奴に潜らせたい。けど、家にはその”他の奴”はいないのだ。父はいつも通り仕事だし、母は友達と日帰り温泉旅行に行ったらしい。妹はさっきも言ったが学校だ。

 よしんば他の奴を待ったとしても、嫌味を言われたり、家での立場が今にもまして酷くなることがわかる。


「……泣きそう」


 嘘だ。既にちょっと泣いてる。


 とりあえず、この陰気な空間から抜けだそうと、地表に手を掛けて上にあがる。どうやら、穴を埋めようとぶち込み続けていた土が積み重なり、文字通りの土台となって洞窟の中からでも地表に手が届くようになったらしい。


「…………」


 あと、もうちょっと土が足りなかったらこの洞窟から脱出出来なくなっていたかもしれない。その事実に少しぞっとしながらも、怠けずに必死こいて土を穴に放り込んでいた過去の自分に感謝する。


 穴から這い上がると、愛しの太陽と暖かい空気が俺を出迎えてくれた。なんかもうこれだけで、祝福されてる気分だった。最高だ。

 昼寝出来そうな良い気候だったが、これからあの洞窟に戻ることを考えると気分が少し滅入った。


「いや、自宅の安全のためだ……仕方ない。仕方ないんだ」


 そう言いながらも、洞窟に入りたくない気持ちは消えなかった。

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