第7話 NEET、決断する
思ってみれば、当然のことだったのかもしれない。
あのネズミは、確かに俺の事を追ってきていた。だから、最終的に出入り口に辿り着くことは必然だったのだろう……だが、ロープを伝って上にやってくるなんて聞いてない。
茶色い毛並み、黒く大きな瞳。尻尾は蛇のような長さと太さ、そしてしなやかさを持っており、手足には他者を傷つけるためのかぎ爪が生えている。あれをロープに引っかけて上ってきたのだろうか。
そいつは周囲を注意深く観察したのち、再び俺と目線を合わせた。
『…………』
「ひっ」
明確に睨まれた。思わず後ずさろうとするも、さっき蹴り倒した椅子につまづいて転んでしまう。恐怖で、目から涙がこぼれた。四つん這いになりながら、無様に後ろに下がり続ける。
『…………』
しばらく観察するように睨めつけた後、そいつは俺から目をそらした。
その事実に安堵する……と、同時に俺は危機感を抱いた。
こいつは、何をするつもりなのだろう?
ネズミは、今のところ何をするつもりもないのかもしれない。だが、その気になったら飛びかかって俺を殺せるだろうし、この家の窓を――俺とこいつを遮る唯一の障害をぶち破ることも出来るのだろう。
正直言って、物凄く怖い。
だが、太陽の下で見たためか、恐怖は先ほどよりも和らいでいたし、こいつは俺を見ていなかった。だから、思考する程度の余裕は出来ていた。
そして、こいつは何をするか……というのを考えた時にだ。
真っ先に考えたのは家族のことだった。次に俺がお気に入りのパソコン。最後に世界平和とかそこら辺。多分だが、銃で撃たれたらいくらこいつでも死ぬだろう。しかし、銃で撃たれるまでに俺が、ひいては俺の家族が喰われないという保証はない。
リビングにある時計を見ると、時刻は午後の四時だった。妹がそろそろ帰宅する時間だ。あいつは帰宅部に所属しているから、通常より帰ってくるのが早いのだ。
つまり、あと何分かで妹は帰宅するし、帰宅した時に待っているのは怪物の魔の手だ。かなりの高確率で妹は死ぬだろう。そしてその時には既に俺はあいつの胃袋に入っていると思われる。
「…………」
正直に思う。そんな死に方嫌だな、と。
死ぬならせめて老衰で死にたい。だけども、あのネズミはそんなことを許してくれないだろう。さらに言えば、外に出るのは嫌だ。誰かに話しかけ、助けを求めるなんてのも反吐が出る。俺は対人恐怖症なのだ。
「……あ」
そこで、俺は一つの可能性に気づいた。
冷や汗を噴き出す身体を知覚しながら、俺は思考する。対人、そう、他人。なんで俺は他人の存在を考慮に入れてなかったのか。
もし、このネズミとそいつが徘徊する洞窟の存在が公になれば、家には人手が入るだろう。俺も話を聞かれることになるだろう。
――最悪、この家から俺たち一家は追い出されてしまうかもしれない。
「う、ぐ、うぐぐ……うぅぅ……っ!!」
天秤にかける。
居心地の良い我が家と、己が身の安全を。
といっても、選択肢はあってないようなものだった。
ここで俺が何もしなかったら、確実に俺も妹も、そしておそらくはお袋も親父も死んでしまうのだ。みんな、仲良くネズミの腹の中にすっぽり収まることになってしまう。
「…………クソがっ!!」
ちくしょう、ちくしょう。
ほんと、なんで俺がこんな目に。
そんなことを思いながら、俺は戦うことにした。
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