第26話闇に、抱かれる
このままじゃあたし、みんなを…………
「………………殺しちゃう………」
────ふと。
光の中で。
誰かが、泣いているあたしを後ろから抱きしめた。
そして、あたしの右手に自分のを重ねると。
耳元で優しく、囁いた。
「大丈夫。僕が上手くやってあげるよ。貸してごらん」
直後。
あたしの身体から放たれていた『光』が、みるみる収縮してゆく。
代わりに、重ねられたその手から生み出された『闇』が、生き物のようにうねりながら『光』を喰らっていく。
それはまるで、羊を喰らう狼のようだった。
闇色をした、ケモノ。
その内の、一際大きな闇の塊が。
ジェイドたちの目や鼻、口から、体内に入り込むのが見える。
すると、
『……………あ……あああぁぁあ……ああぁあぁぁ………』
突如、ジェイドともう一人の術師が、白目を向いて痙攣する。
よだれと、鼻水と、涙を垂らしながら、ガクガクと震えると……
そのまま倒れ、動かなくなった。
ほぼ同時に、あたしの身体もがくんと力を失う。
そうして。
死を振りまく『光』は、完全に。
消えた。
「……………」
崩れ落ちたあたしの身体を、誰かが受け止めていた。
後ろから、抱きしめるように。
「ふぅ。危なかった」
「…………………」
そんな、まったく緊張感のない。
聞き覚えのありまくる声を聞いて。
「……………………はぁあっ?!」
あたしは、跳ね起きた。
案の定、あたしを抱きかかえていたのは……
「く……クロさん?!」
「やぁ、さっきぶり」
あたしの叫び声に、彼は呑気に答える。
「な、な……なんで、クロさんがここに……ていうか今の、あたし、隊長は……あれ?」
すっかり頭が混乱してしまって、なにがなんだかわからない。
ただでさえ頭がぼうっとしているのだ。
処理が追いつかなかった。
けど、とりあえず今確認すべきは、
「た、隊長やみんなは……無事なの……?」
辺りを見回すと、みんなはまだ意識を失い倒れている。
が、身体の傷は……見た限りだと、癒えているようだった。
クロさんも周囲を眺めながら、一つ頷く。
「ルイスもみんなも生きているよ。急激に再生機能を活性化させたせいで、ちょっと疲れて寝てるだけ。いやーほんと、間に合ってよかったーぁ」
と、クロさんがなんでもないことのように、あっさりと言ってきて……
「…ど、どういう……」
「──つまり」
クロさんは、あたしの目をまっすぐに見つめると、
「今のが君の魔法の、本来の能力。感じたでしょ?再生を繰り返しすぎた細胞が、限界に達して崩壊していくのを」
「あ……」
言われて。
あの不思議な感覚の正体が何だったのか、はっきりとわかった。
要するに、あたしの魔法の本当の能力とは……
「細胞の再生を強制的に促して……人を、死に至らしめる…魔法…?」
「そう。普段は本来の力の半分も発揮していないから、治癒するに留まっていたけど……感情が高ぶって、君を守る精霊が暴走してしまったんだね」
「み、みんな本当に……生きているの……?」
「大丈夫。僕が君の魔法を食べて中和したから。いい塩梅で傷も癒えているよ」
ばっ、とクロさんから離れ、隊長の元へと駆け寄る。
仰向けに倒れ、意識を失っているが……
確かに、刺された胸の傷は塞がっていた。
ほっ……と安堵してから、クロさんの方を振り返る。
「敵は……?」
「死んではいない。けど、中和するのと同時に僕が魔法で精神を食ったから、起きてももう襲ってきたりしない」
「精神を……食う……?」
「うーん、正確には、視覚を奪って幻覚を見せた、っていうのかな?気が狂うようなキッツイのを叩き込んだんだぁ。だって……」
ふわっ、と。
クロさんが近づき。
両手で、あたしの頬を包み込む。
「僕のレンに、ひどいことしたんだもん。まだ触ってもいない首筋に傷つけて、突き飛ばして、僕のために着てきたワンピースを台無しにして……。あは、腹わた煮えくり返っちゃったよ。殺してもよかったんだけど、死ぬより辛い目に遭ってもらおうと思ってさ」
そう言って、笑う。
黒い瞳を細めて、笑う。
その表情はまるで、悪魔のようで……
………………………って、え?
あれ?そういえばこの人、さっきあたしを振りましたよね……?
ん?なんでここにいんの?
つうか、なんであたし以上にあたしの魔法のことに詳しいの?
隊長やみんなとは、知り合いなの?
え??え???
安心した途端に、いろんな疑問が一気に頭の中を巡る。
そんなあたしをよそに、彼は少し頬を膨らませて、
「もう。だから言ったでしょ?男にもっと警戒心を持てって。何考えているかわかんないんだから、こんなのについて行っちゃだめ」
「いや………クロさんのほうが何考えているのかわかんないんですけど」
と、今の気持ちを素直に述べると。
クロさんは、困ったように頭を掻いて。
「はは。だよねぇ。うーん……何から話せばいいのかな。とりあえず……」
彼は何かを見つけたように、あたしの背後に視線を向ける。
つられて、そちらを振り向くと、
「………ルイスたちを、ここから運び出そう」
ロガンス帝国の紋章を付けた別の兵たちが、こちらに向かってきていた。
* * * * * *
それは、クロさんが呼んだロガンスの援軍だった。
彼らは、倒れた隊長たちを運び出し。
気を失ったままの敵二人を拘束。
さらには、燃えてしまった森の一角の消火作業を、出際よく進め……
あたしは、隊長たち共々、安全なキャンプ地に保護された。
クロさんはああ言ったけれど、どうしても心配で。
自分のせいで命の危険に晒してしまった隊長たちに、申し訳が立たなくて。
援軍の医療担当の人にみんなの状態を聞いて回り…
命に別状はないことを聞かされ、胸を撫で下ろしたところで。
「はいはい。君も治療治療」
と、クロさんに手を引かれ、テントの一つに連れ込まれた。
「これでよし、っと」
ナイフで傷つけられたあたしの首筋に、クロさんが絆創膏をぺたりと貼る。
幸い傷は浅く、すぐに出血も
ベッドに座るあたしの正面に、クロさんも椅子を持ってきて座り。
そしてポケットからたばこを取り出し、口にくわえ。
銀色のライターで、火をつけた。
「………はー…やっと落ち着いた」
白い煙と一緒に、深く息を吐くその姿は。
紛れもなくクロさんだった。
さっき、あたしを振ったはずの人。
その人が何者だったのか。
あたしは、ようやく理解した。
「……クロさん。あなた、ロガンスの軍人だったんですね」
あたしの言葉に、クロさんは静かに煙を吐いてから、
「そ。所属はラザフォード第二部隊」
「……それって」
あたしがお世話になっていた、ルイス隊長の…あの部隊…?!
でもあの時、クロさんの姿なんか、一度も……
あたしの驚いた顔に、彼は、
「あーあ。これで全部ネタばらししないといけなくなったね」
困ったように、笑う。
そして、
「……さて、何から話そうか」
少しだけ、テントの天井を見上げてから。
ゆっくりと、あたしの知らない物語を語り始めた。
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