第6話予感
「あの……隊長の魔法って……」
その夜。
当初の予定から少し離れた場所にある川のほとりに、その日の寝床を構えたあたしたちは。
昼間の襲撃から、少し緊張が続いていた。
キャンプ地の周りにはいつもの倍の見張りが立っており、頻繁に交代しながら辺りを警戒している。
あの火の球で負傷してしまったみんなを治療しながら、あたしはルイス隊長に遠慮がちにそう尋ねた。
すると隊長は「あぁ」と言って、
「俺の能力は〝風〟と〝雷〟だ。どちらも自在に生み出し、使うことができる」
「って、ずいぶんサラッと言いますけど……それって、すごいことなんじゃ……」
通常、それぞれに授けられる精霊の力……つまり魔法は、一つの属性・性質のみを持っているはずなのだ。
しかし、昼間見た隊長の魔法は……
「らしいな。なんせ、精霊が二種類ついているらしいから」
「二種類?!」
思わず声が裏返る。
守護する精霊が、二体?
そんな話、聞いたこともない。一人に一つ。それが世間の常識である。
信じられない発言に言葉を失ったままのあたしに、しかし隊長はぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、
「知り合いの精霊研究オタクは『Sクラスのレアもんだ!』なんて言ったりするが……ひどくねぇか?人をモノみたいに」
「いやいやいや!その人正しいですよ!!レア中のレアでしょ!!」
なるほど……軍の一隊長を務めるくらいだ、やはり並の器ではないのか。レアもん。言い得て妙だ。
フォルタニカに並び、ロガンスが強国と謳われる所以ゆえんが、わかった気がする。
「──それにしても…」
一度、ごくりと喉を鳴らしてから……
意を決して、切り出す。
「昼間のやつら……一体、何者なんですか…?」
あんなことがあったのだ、当然みんなこの話をするものだと思っていたが。
キャンプを構えた後も、昼間の襲撃に関して、誰も何も言わずにいた。
何も言わずに、いつもより少しだけ、警戒しているのだ。
隊長に至っては、普段と全く態度が変わらない。
なにか、口にしてはいけないような理由があるのだろうか…?
そんな心配をよそに、隊長は肩をすくめて、
「さあな。イストラーダの残兵かもしれねぇし、フォルタニカのやつらにバレたのかもしれねぇし……今は追跡している者からの報告を待つしかない」
と、いつもの軽い調子で返す。
「そんな……待つことしかできないんですか?」
「そうだ。素性が知れない限りは、動きようがない。と言っても……相手がどちらであれ、あまり派手には動けないんだが」
「それって、どういう……」
わからない、という顔を向けると、隊長は息を一つついて、
「これ以上、戦争の火種になるようなことは避けたいってことだ。もう……〝必要最低限の戦い〟は終えたからな。極力、争いたくない。ま、ロガンスに入っちまえば、さすがに手出しはしてこないだろう。早ぇとこ国境を越えなきゃな」
……まただ。
また、この人は、この人たちは。
自分のことより、他の……
戦争に関わるすべての国にとっての〝最善〟を考えて、行動する。
自身の身を、危険に晒してまでも。
こういう姿勢を目の当たりにする度に、惹かれる。
ロガンス帝国。きっと、素敵な国なのだろう。
隊長は気だるげに首を回すと、
「しっかし、そううまくはいかねぇもんだなぁ。今までどこからも襲撃がなかったことのほうが奇跡だったか。いやー久しぶりに戦ったから、疲れたー」
なんて、緊張のかけらも感じられない声でそう言う。
『疲れた』。本当に、それだけ?
その一言で昼間の出来事が片付けられるのなら、隊長は本当にすごい。
だってあたしは……
あたしは、こんなにも………
「……怖かったか?」
表情から読み取ったのか、隊長が尋ねてくる。
少しためらったが、あたしは声が震えそうになるのを堪えて、
「……隊長は、怖くないんですか?今この瞬間だって、また襲われるかもしれないのに…」
下唇をきゅっと噛み締め、思い出す。
襲撃された時の、あの緊張感。
なにもできないという、恐怖。
そして、見たこともないみんなの表情、殺気……
あたしは、忘れていたんだ。
これは戦争なんだって。
みんなは軍人で、ここには戦争をしに来ていて。
そして……あたしはなんの力もない、ただの一般人なんだってことを。
これまでのみんなとの日々が楽しすぎて、忘れてしまっていた。
少し治癒魔法が使えるからって、みんなの力になれている気がしていた。みんなと同じ目線な気がしていた。
けど。
隊長のあの戦い方……あれはやはり、ちゃんとした訓練を受け、経験を積んだ者の動きだ。
通常、呪文というのは、最初に自分の名前を言わなければならない。あたしもそうだ。
しかし隊長のは違った。彼の呪文の詠唱は、驚くほどに簡略化されていて…
そして、あの力。当たり前だが、一般人とは格が違う。
その上、彼の言った通りちゃんと相手を殺さないように加減されていた。
隊長だけじゃない。みんなのまとまった動き。戦いに慣れた者にしかできない反応……
思い知らされた。
要するにあたしは、完全にお荷物なのだ。
あたしを自分の馬に移したり、かばったりしている時間があったのなら、あんな敵すぐに拘束できただろう。
だから、怖い。
あたしがなにもできないせいで。
あたしを守るために、みんなが傷つくのが……
「──怖いことなんて、なにもねぇだろ」
うつむくあたしに、隊長は笑顔を浮かべてそう言う。
「見ただろう?俺は、強い。どんなやつがどんな手段を使ってきたって、大丈夫だ。俺は自分の力を信じているし……なにより、ここにいる仲間全員を信じている。それは、過信とは違うぞ。信頼だ。こいつらは、普段はただの軟派野郎だが……やる時は、やる。今回みたいな、急な襲撃でもな」
彼の言葉に、兵のみんなも賛同するような表情を見せる。
「それに……フェルも」
「え……?」
隊長に顔を覗き込まれ、思わず目を見開く。
「俺はおまえさんのしぶとさを信じている。あんなことで簡単に死ぬようなタマじゃない。そうだろ?みんなもそうだ。だから、なんの心配もしてねぇ。それだけの話だ」
そう、笑顔を向けてくる。
みんなも同じように、笑ってくれて……
「………」
そう言ってもらえることで、どれだけ気持ちが楽になるか。
堪え切れず、視界が歪んでくる。
「おいおい泣くなって。そんなに怖かったか?悪かったよ。こんな思いさせて」
「ちが……ちがぅ…」
そうじゃない。
嬉しいのだ。
だって、どう考えたって足手纏いなのに。
みんなは、そんなこと無いかのように振る舞ってくれて。
そしてきっと、心の底からそう思ってくれているのだ。
「…りが、とう……」
「ん?どういたしまして」
ははっ、と笑って、頭をぽんと叩いてくる隊長。
「おまえさんはほんと、人間くさくなったよなぁ。逢ったばかりの頃なんかは、子供とは思えないほどかたーい表情してたのに。こんなに感情を出してくれるようになってくれて、俺は嬉しいよ。おまえを連れてきたのは、間違いじゃなかったな」
当たり前だ。
あなたがいたから、あなたたちがいてくれたから。
あたしは、失っていた大切な心を取り戻すことができた。
それは、思いやり。信頼。愛情。
あたしにとって、それこそが『光』だった。
失っていた、光…
「…しかし……」
ふと。
頭を撫でる隊長の手が、止まる。
「え?」
「………いや、なんでもない」
「……?」
その時、彼が見せた表情……
もどかしさと、罪悪感とが入り混じったような、そんな表情を。
なぜ、彼が見せたのか…
あたしには、わからなかった。
──だが、その理由を。
あたしは、思ったよりずっと早くに知ることになった。
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