第20話泡沫ランデヴー II


 そして。



「………………」



 デート開始から、僅か十五分後。

 あたしは、目の前の光景に、絶句していた。



「どしたの?好きなのから食べていいんだよ?」


 そう言って、テーブルの向かいに座るクロさんは。

 可愛らしく、小首を傾げた。



 クロさんに連れられ、街で唯一残っている洋菓子店に来ていた。

 いつだか、ローザさんがケーキを買ってきてくれたあのお店である。

 おやつの時間だし、店内のカフェスペースでケーキでも食べようということらしい。

 うむ、二人でカフェ……多少心配ではあったけど、なんかデートっぽい、デートっぽいぞ。

 などと思いながらしばらくショーケースを眺めていると、


「迷うなら全部頼んじゃいなよ。僕がおごるんだし」


 ……なんて、ドSの国の王子様とは思えないような寛大なお言葉を賜わり。

 あたしは耳を疑った。

 またなにか、あたしを困らせる作戦でも思いついたんじゃないかと思っていたのだが…




 ──そして今。

 目の前には色とりどりの、大量のケーキがテーブルにところ狭しと置かれている。

 本当に全部、ショーケースの端から端まで注文しやがった……

 ……が、なんだか怖くて手をつけられずに、絶句しているというわけだ。


「……しょうがないなぁ。それじゃあ」


 食べようとしないあたしを見かねた様子で、彼は大量のケーキの内、一番シンプルないちごのショートケーキにフォークを刺すと、



「はい、あーん」



 それをあたしの前に差し出し、そう言ってきて……


「………………………」



 あ……あーん……だと…?


 そんな伝説上の行為が、まさか目の前で……現実に起こりうるなんて……

 よりによって相手は…あのクロさんで……


「ほら。お口、あけて?」



 お く ち 。


 やめて。そのかわいい顔でかわいい言い方しないで。かわいいの波状攻撃で殺す気か。


 ……おかしい。絶対になにかある。なにかあるに違いない。

 この人が、こんなにデレを連発させるわけがないのだ。

 …………そう、思っているのに。


「ぁ………あーん…」


 だ、ダメ!口が勝手に!!絶対にからかわれるのに!!

 と、馬鹿にされるのを覚悟して、目をぎゅっと瞑って……

 ぱく。


「…………」


 いちごの甘ずっぱい香りが口の中に広がる。

 あぁ…食べちゃった……どんなからかわれ方されるのか……

 ………しかし彼は、


「どう?おいしい?」


 目の前で、まるで本物の王子様のような笑顔で聞いてくる。

 ……あれ?

 やっぱり、いつもとどこか違う……


「とっても、おいしい、です」

「ほんと?よかった。じゃあこっちも、はい。あーん」

「あーん……」

「おいしい?」

「ん…おいしいです」


 おいしいに決まってんだろ!!

 あのクロさんが食べさせてくれてるんだぞ!世界で一番美味いわ!!


 なにこれやばい、なんか呼吸が……

 どきどきしすぎて体が熱い……


「次は…これにしようかな。はい、開けて?」


 あーん……という具合に、次々とケーキを差し出される。

 んん……だめだ。

 普段冷たくされているせいか、耐性がない…優しさに耐えられない……!


「あの……」

「ん?なにか他に頼む?」

「いえ、そうじゃなくて……クロさんも食べてください。あたしばっかりじゃ、悪いですよ」


 それに……

 ご、ご迷惑でなければ……

 あたしも、クロさんに「あーん」てしたいな、なんて……


 ……なんて言えば、それこそ、


『は?なにそれ、恋人気取り?言っておくけど、僕は犬にエサを与えているだけだから。調子に乗らないで(冷笑)』


 などと返ってくること必至。普段なら。

 ……しかし、今日はどうやら本当に勝手が違うらしい。


「そう?じゃあ…」


 彼は、こちらに手を伸ばして。

 不意に、あたしの唇を親指でなぞってくる。

 くすぐったいような、妙な感覚。


「……お言葉に甘えて」


 彼の指を見ればそこには、あたしが食べたケーキのクリームが。

 え、やだ。あたし、口の周りにクリームつけて……

 と、口を拭った──その時。



 ぺろっ。



「……………」


 彼は、その親指を咥えて。

 あたしの唇についていたクリームを、見せつけるように舐めたのだ。


「うん、おいしい。甘くって、僕好みの味だ」


 こ……この人は………

 あたしの予想の、遥か上を……


「……………………」


 ぷしゅぅぅぅ……

 と音がしそうなくらい、全身が紅潮するのを感じる。


 ……だって…今のって、今のって…

 か、か、間接………キ…………



「──レンちゃん」

「は、はいっ」



 急に名を呼ばれて、我に返る。


 ……待てよ。めろめろになるのはまだ早い。

 いつもならこの辺りで突き放すようないじわるを言われるはずなのだから。


 絶対来る。きっと、来る。


 冷静な思考回路を取り戻したあたしは、そう考えて少し身構えていると……



 すっ、と。

 彼はにっこりと微笑んで、あたしに紙ナプキンを差し出して。


 言った。



「──鼻血、出てるよ?」




 ………………………………ぴぎゅ。

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