第3話ちゃんと、生きなきゃ

 

 次に目が覚めた時、辺りはもう既に明るかった。

 テントの端から入り込む陽の光。

 朝か。もしかしたら、昼かもしれないが。


「…………………」


 どうやらあのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい……瞼が重たい。

 ゆっくりと起き上がり、ベッドから下りてみた。

 立ってみても伸びをしてみても、昨日のようにふらつかない。

 頭の傷も、昨日ほど痛くはなくなっている。なんとか動けそうだ。


 昨日……

 今思い出しても、夢だったんじゃないかと思ってしまう。


 あまり好きではなかったけど、一年間お世話になった領主の一家。

 一緒に働いた、給仕仲間たち。

 その、無残な死体……

 恐怖。絶望。そして。


 ルイスに出会い、あたしは……生き残った。


 生きている以上は、ちゃんと今日を生きなきゃ。

 もう、泣かないと決めた。

 ちゃんとこの目で、前を見て生きるんだ。

 だから、涙で視界を塞ぐわけにはいかない。

 それには、まず……



 ……ぐぅ。



「……腹ごしらえね」


 よくよく考えたら、昨日の襲撃以降何も口にしていない。最後に食べたのは、昨日の朝ごはんだ。

 ……ルイスは?

 と、テントの中を見回すが、いない。


 そこで初めて、外が騒がしいのに気がつく。

 そういえばテントの外がどんなふうなのか、さらに言えばここがどこなのかも知らない。

 考えてみたら、それは恐ろしいことだった。

 ルイスの善人オーラにうっかり心を許してしまっていたけど、一体どこまで連れてこられたのか……


 ……ちょっと怖い気もするが。

 思い切ってそぉっと、テントの入口を開けて、覗いてみた。

 すると。


「わ……」


 そこは、森の中だった。

 しかし、森を見て声をあげたわけではない。

 人だ。

 少し拓けた広場のような場所に、軍服を着た兵士たちが、食事をしたり剣を振るったり談笑したり、それぞれ好きなことをして騒いでいた。その数、二十名ほどか。


 これは、ルイスの仲間……つまり、ロガンス帝国軍の人間なのだろうか。

 しかし見たところ、その中にルイスはいないようだった。


 どうしよう。思い切って出てみようか。

 いやしかし、仮にもあたしはイストラーダの人間なわけで、こんな軍人だらけの中に女一人で出て行ったらどう思われるか……



 ……ぐぅぅ。



「あぅ………」



 腹の虫の猛抗議に、テントから顔だけを出して、思わずそう唸った……その時。


「おっ、おはようフェレンティーナちゃん!傷は大丈夫?」

「へぇー、噂通りの美人さんだなぁ」

「ご飯まだでしょ?これ、食べるかい?」


 それまで思い思いに行動していた兵士たちが一斉に集まって来て。

 戸惑うあたしにお構いなしに………いっぺんに話しかけてきた。


「昨日は大変だったね。ごめんなぁ、俺達の力不足で」

「敵軍の中で不安だろうけど、心配いらないよ。ここには隊長がいるからね」

「そうそう!あの人の側にいりゃとりあえず安心だな」

「ぇ…あ…あの……」


 や、やっぱりルイスが来るまでおとなしくテントの中で待っているんだった…

 あまりにもあちこちからいろいろ言われるもんだから、目が回るぅ……

 それに、『隊長』って……


「おーう、なんの騒ぎだ?」


 そこでまた別の声が、兵士たちの後ろからする。

 ──その瞬間。


『おはようございます!隊長!!』


 今まで散々騒いでいた兵士たちが突然、一斉に足をそろえ気をつけの姿勢になり、道を開けた。

 それは、見事なまでの連携で……


「おはよ。あぁ、フェル。起きていたのか」


 そんな声と共に。

 みんなが開けた道を、あたしに向かって歩いてきたのは…

 あの、ルイスであった。


 ………どゆこと?


 訝しげな顔で見つめていると、ルイスは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべて、


「よう。調子はどうだ?」

「まぁ、大丈夫……って、あんたひょっとして、偉い人なの?」

「え?まぁ……いちおうこいつらの大将だけど、エライわけではないかな」


 そ、そうなんだ……こんな普通のあんちゃんみたいな喋り方のくせに……

 言われてみれば昨日、さらっと隊長だとか言ってた気がする。

 話の内容からしても、だいぶ重要な役割を任されているようだったし…


 ………はっ。そんなことよりも。


「その……なにか食べ物、わけてもらえたりする?お腹空いて死にそうなんだけど…」


 思わず声を潜めて言う。

 だって、周りでまだ「気をつけ」されてるんだもの。その威圧感と言ったら。

 そんなあたしの態度に、ルイスはやはり笑って、


「あぁ、もちろん。今その準備をさせていたところだ。……お前のについても、話したいしな」

「あたしの……これから?」

「そ。まぁ飯食いながらでいいだろ。ついてこい」


 そう言って背を向け、一番大きなテントのほうへ歩いて行く。


 これから……か。

 確かにあたし、もう行くあてなんてないしなぁ…どうすればいいんだろ……

 ルイスには……なにか考えがあるのだろうか。



「おーい、早くしないと飯冷めるぞー」

「あっ、待ってよ!」


 先を行くルイスに呼ばれ駆け出すと、周りから例の兵士たちが「またあとでねー」とか「ごゆっくりー」とか、口々に言ってきて。


 こいつら…こんなノリで、本当に軍隊なのか……?

 歓迎ムードはありがたいけど、なんかな……


 などと思いながら、あたしはルイスの待つテントに駆け込んだ。

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