第4話ひとりぼっちは、もう


「──で。おまえさんは、これからどうしたい?」



 ごちそうさまのポーズをとった直後、向かいに座るルイスがそう尋ねてきた。

 それにしても、意外とおいしかった。軍隊なんて味のしない携帯食料しか食べてないんだとばかり思っていたけど。

 レトルトにしてはいい味してるし、ちゃんと温かかった。

 と、いちおう領主の元で働き、料理に携わっていた身としては思う。



「どうしたいと言われても…正直なところ、どうしようもないの。行くあてもないし」


 お茶を一口飲んでからあたしは言う。それにルイスは、


「おまえさん、親戚とかはいないのか?」

「いたら孤児院になんか入ってないわよ。父親はあたしが生まれる前に死んでるし、母親も十二の時に病気で死んだ。生まれ育った村も、この戦争で無くなっちゃったし……知り合いなんて、もうどこにもいないの」

「そうか……」


 そう呟いて憐れむような表情を見せるが、そんな顔しないでほしい。

 あたしにとっては、もう当たり前のことなのだから。


「…じゃあ、やっぱりこうしよう」


 ルイスが意を決したようにそう言う。

 そして、あたしの目を見て、


「このまま、この隊について来い」

「え……?」


 がたっ、と立ち上がるあたしに、ルイスがびくっとする。


「あ、あくまでおまえさんが良ければ、だけどな。絶対に守ってやれる保証もねぇし、安全な引き取り先に受け渡すまでだが……と言っても俺たちは敵国の人間だから、この国の孤児院に踏み入るわけにもいかねぇ。住み込みで働かせてもらえるような場所を探す形になると思うが……それでも良いか?」

「………………」


 それはあたしにとって、十分すぎるくらいに魅力的な提案だった。

 働きながら一人で生きていこうにも、いかんせんこんなご時世である。施設を介さずに女の子が一人で働けるようなところを探していたら、見つかる前に餓死してしまうだろう。

 それを、短期間でも身の安全を確保しながら探せるというのだから、


「…………お願い、します」


 答えは、決まっていた。

 頭を下げるあたしに、ルイスは安堵の表情を浮かべ、


「おまえさんがそれで良いなら、俺も安心だ。それまではおまえの能力を見込んで、救護係の補佐をしてもらえるとありがたい。頼めるか?」

「まぁ、せめてそれくらいは……」


『やったぁぁあ!!』


 という野太い声と共に、いきなりテントの入り口ががばっと開き…

 例の兵士たちが全員、満面の笑みを浮かべて押し寄せてきた。

 二十名ほどが一斉に駆け込んできたものだから、先頭にいた者が倒れ、その上にまた倒れて……と、なかなかの惨事になっている。


「……コントか」

「てめーら、盗み聞きしていやがったな?」


 あたしのつぶやきは聞こえていなかったらしいルイスが、こめかみをひくつかせながら言う。

 そんな隊長の態度に、先頭だった男(仮に『兵士A』としよう)が這いつくばったまま答える。


「申し訳ありません隊長!間諜から連絡が入り報告しようとしたのですが、フェルちゃんの食事が最優先と考えテント前で待っていたところ、会話がたまたま耳に入ってしまったのであります!」

「そして自分はその間、背中がガラ空きだったこいつの護衛をしていました!」

「さらに自分はこいつの護衛を…」


 はあぁ。


「……もういいわかった。わかったからとりあえず連絡を受けた者以外は出て行け」


 次々と繰り出される言い訳の連鎖に、ルイスはため息混じりに指示をした。

 ぞろぞろと退散する兵士たちは、怒られた自覚がないのかルイスが怖くないのか、「よろしくねー」とへらへら笑いながらあたしに手を振って出て行った。

 ……それでいいのか、ロガンス軍。

 こんなお気楽なやつらについて行って、本当に大丈夫なんだろうか?不安になってきた。



「──で、報告内容は?」


 先ほどの兵士Aだけを残して他が去った後、ルイスが真剣な面持ちで切り出した。


「はっ。しかし……」


 すると兵士Aは、あたしの顔を見て少しためらうような表情を浮かべる。

 ……え?なに、あたし?

 あぁ、やっぱりあたしが聞いてちゃまずいような話をするのかな?

 と、テントから出て行こうかとルイスに目配せをする。しかし彼は静かに首を横に振り、


「構わん。報告しろ」


 とだけ言った。

 兵士Aは顔にまだ迷いを滲ませながら、さっきまでのお気楽ムードからは考えられないような真剣な声音で、


「はっ。報告いたします。間諜からの通達によると……イストラーダ王国はフォルタニカ軍により、国土の八割を制圧されたとのことです。イストラーダ政府が降伏宣言を出すのも、時間の問題かと……」


 ……なるほど、そういうことか。

 たしかに普通なら自分の国が敗戦するなんて情報、聞きたくもないだろう。彼はそれを案じて、あたしに気を遣ってくれたのだ。


「……そういうことだ、フェル。これが、イストラーダの……おまえさんの国の、現状だ。遅かれ早かれわかることだろうから…この事実を、聞いておいてほしかった」


 ルイスが深刻な表情であたしのほうを向く。が、あたしは涼しい顔で、


「そんなん言われなくても、この国が負けるのなんて国民であるあたしが一番わかっていることよ。それに、残念ながらそこまで愛国心強くないしね」


 むしろ、これ以上犠牲を生まないためにもイストラーダ政府には一刻も早く降伏してほしいくらいだ。

 そんなあたしの言葉に、ルイスのほうが辛そうに、


「おまえはそう言うが……これから俺たちについてくれば、嫌でもこの国の惨状を……昨日のような光景を目の当たりにすることになる。それはきっと、おまえが思っているよりも辛いはずだ。耳で聞くのと目で見るのとでは、違うからな。それでも……本当に、良いか?」

「良い」


 彼の真っ直ぐな眼差しを見つめ返し、即答する。


「こんな世の中だもの。辛いのはどこも同じ。だったら、あたしは……」


 自分でも聞こえないくらいの小さな声で、


「……もう、独りで辛い思いするのは、嫌なのよ」

「え?」

「……なんでもない。とにかく、あたしは平気だから。そんなに心配しないで」


 それでもルイスはまだ腑に落ちないといった顔をする。

 まったく、どこまで人情家なのだろう。

 心配されることに慣れていない身としては、くすぐったいったらない。


「そうか……まぁ辛かったら、すぐに言うんだぞ?」

「わかったわかった。……ま」


 心配そうに見つめる彼に、あたしは顔を背けてから。

 いちおう、言っておくことにする。


「……今さらだけど、感謝してるわ。助けてくれて……ありがとう」

「…ははは!」


 あたしの言葉に、驚いたように目を見開いてから、ルイスは声を出して笑う。


「こんな状況なのに礼が言えるなんて、よく出来た人間だよ。おまえさんは」

「う…うるさい。それより、これからちゃんと面倒見てよね」

「あぁ、任せろ。こう見えても子供のお守りは得意なんだ」

「だぁかぁら、子供じゃないって……もう」


 ま、いっか。

 この人の前では、子供でいたほうが楽かもしれない。

 頭の上に手を置かれ、隠しきれない心地良さに、そう思わずにはいられなかった。



「………ぐず…」


 ……というやりとりの一部始終を、横で泣きながら見ていた兵士Aなのであった。


「あ……おまえ、まだいたんだ」

「……ていうか、なんで涙…?」

「……ずびっ」





 ──そうして。


 あたしはルイス隊長と、お気楽な兵士たちの部隊について行くことにした。

 もともと彼らは、この戦争がもうじき終わるであろうことを見越して、ロガンス帝国に帰還するところだったらしい。

 その途中で偶然、あたしのいた街の惨事に出くわし、生き残った者を探すため一時的に足を止めたのだそうだ。

 本当に、彼らが偶然通りかかってくれなかったら、今頃どうなっていたのやら……


 でもきっとこれは、母さんがあたしに「生きろ」って。

 そう言って与えてくれた出会いなのだと思っている。

 あたしに授けられた魔法もきっと、こうなった時のためにと与えてくれた、母さんからの贈り物だから…


 そう思って、あたしは一生懸命に生きた。

 負傷していた兵士を毎日少しずつ治療し、その度に感謝されて、褒められて。

 相変わらず馬鹿なノリが蔓延しているこの隊は、あたしが今まで過ごしたことのないくらい、愉快な毎日を送らせてくれた。

 母さんが死んでから、独りで強がりながら生きてきたあたしが。

 彼らのおかげで初めて、誰かのために生きることの喜びを知ることができた。


 そして、一緒に過ごせば過ごすほど、このルイスという人間の懐の深さと情の厚さと。

 彼に向けられる兵士からの敬意を目の当たりにして。

 いつしかあたしは、この人に特別な感情を抱いていた。


 ……しかしそれは恋愛感情とはほど遠く。

 言葉で表わすなら…そうね。

 尊敬、だろうか。

 父親がどんなものなのか、あたしは知らないけど。

 きっと、父親に抱く感情って、こんな感じなのかも。

 大きな存在への敬意と、絶対的な信頼。


 家族。

 この隊は、大きな家族だった。

 戦争の真っ只中だというのに、毎日が驚くほど楽しくて。


 あっという間に、三ヶ月の月日が経った。

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