第9話泣き虫蝶々


「──まぁ、なんて可愛らしいお嬢さんなの!?」

「ママから事情は聞いたわよ。一人だけ生き残ったんだって?大変だったねぇ」

「お名前はなんて言うのかしら?」



 ……結果として。

 あたしの予想は、どちらもはずれだった。だって。

 目の前にいる女性たちは皆…

 あたしがイメージしてたホステスなどとはほど遠い……

 おばちゃんたち、だったから。


「フェ…じゃなかった。レン、ていいます。よろしくお願いします」

「レンちゃんて言うの?お名前まで可愛らしいのねぇ!」

「これ、あめちゃんあげるから後で食べなさい!」

「みかんもあるわよ?!今日食べなくてもいいから、とっておきなさい!ね!」


 そのおばちゃんたちがわらわらと集まって来て、一斉に話かけられ、目が回る。


「こらこらみんな!彼女困ってるじゃない、ゆっくり一人ずつ自己紹介して!!」


 ぷんすか、という形容がぴったりな様子でヴァネッサさんが言う。

 その言葉に熟女だらけのホステスたちは「はーい」と答え、横一列に整列して、一人一人自己紹介をしてくれた。

 あらためて見ると、その数は八人。それが多いのか少ないのかはわからないが。


「本当はもう一人いるんだけど…まだ来てないのよね。何してんのかしら」


 もう一人?

 ヴァネッサさんの言葉に、あたしは小首を傾げる。

 それと同時に。

 まるで、そのセリフを聞いていたかのようなタイミングで、



「ういーっす、おはようさ~ん……あー頭いたー…」



 そんなけだるげな声と共に、店のドアが開いた。


「あららーもう始まっちゃってた?ごめんごめーん」


 そう言って店に入ってきたのは…

 若い女性だった。

 二十代前半くらいだろうか。金色のショートヘア、エメラルドグリーンの瞳、スタイルの良い身体…

 という、まごう事なき美人だった。

 格好からして、彼女もホステスのようだが…この中では、ダントツに若い。


「……ふーん」


 彼女は近づくなり、あたしの顔をまじまじと覗き込み、


「なかなか可愛い新人じゃん。あたしローザ。よろしくねん」

「れ、レンです。よろしく……」


 近くで見るとますます美人だ……顔ちっさ。

 ……しかし、ちょっと酒くさいぞ。


「こぉらローザ!今日は十五時までに集合って言ったでしょ!なに堂々と遅刻してんのよ!!」


 声を張り上げて怒るヴァネッサさん。それにローザという美人さんは耳を塞いで眉間にシワを寄せ、


「あーもう声も顔もでかい…頭に響くー……しゃーないでしょー?昨日はロズベルのおっちゃんとあのまま朝まで飲んでたんだから…文句ならおっちゃんに……あーもう無理。お水ー」


 と、ふらふらしながら店の奥に消えていく。

 ……なるほど、なかなかにマイペースな人だ。


「もう…ごめんねレンちゃん。あれでもいちおうウチのナンバーワンだから、仲良くしてやってね」


 呆れた様子で言うヴァネッサさん。

 ナンバーワン…ということは、ここは指名制というやつなのかな。

 確かに、美人さんだものね。


「さぁみんな、レンちゃんにはさっそく今夜から働いてもらうから、いろんなこと教えてあげてね」

『はーい』

「ローザも!返事!!」

「あーい」


 手を上げるおばちゃんたちと、奥にあるキッチンと思しき場所から手だけを覗かせるローザさん。

 な、なんてアットホームな職場なんだ…

 まるでさっきまでいた、あの隊みたいな……


 もしかしてルイス隊長、ちゃんとここまで考えてくれていたのかな…?

 そう思うと、ちょっと涙が出そうになる。



 本当はあの時、隊長にすがって泣きたかった。

 駄々をこねる子供みたいに。

 「離れたくない。ロガンスに一緒に行きたい」って。

 兵士Aと別れる時だってそう。つられて泣きそうだった。

 それを、今日はずっと我慢してたから。

 緊張が解けた途端に、溢れそうで…


 やだな、あたし。強かったはずなのに。

 いつからこんなに、泣き虫になったんだろう。



「…………みなさん」


 目に溜まった涙を拭いながら、


「今日からここで働かせていただくことになった、レンといいます。未熟者ですが…あらためて、よろしくお願いします」


 深々と、頭を下げる。

 そして顔を上げると、みんなが穏やかな顔で微笑んでくれていて。

 だからあたしも、とびきりの笑顔で返した。




 この日から。

 あたしの、〝レン〟と呼ばれる生活が始まった。

 そして、この場所で。


 出逢ってしまったんだ。

 気まぐれにあたしを翻弄する、黒猫のようなあの人に───

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