第24話因果
「…ん………」
誰かの叫び声が聞こえた気がして、目が覚める。
頭が、痛い。
「おう、気がついたか」
そんな声が、すぐ上から聞こえる。
それは……間違いなく、あのジェイドさんのものだった。
そして……
「……これは…」
どういうわけか。
あたしは彼に後ろ手を縛られて、背後から首にナイフを突き付けられた状態で立たされていた。
彼の表情は、いつもの人の良さそうなものとは打って変わって……
狂気に満ちた目をしていた。
「……どういうこと?ジェイドさん」
あたしは、震える声音でそう尋ねる。すると彼は、クククと笑い、
「いやぁ、ヤツはずいぶんとレンちゃんのことを大事にしていたようだったから。人質にさせてもらったのさ」
「ヤツ……?」
人質…?ジェイドさん、なに言って……
あたしの表情を見て、彼はさらにニヤッと笑うと、
「おやおや、本当に気づいていなかったのか。まぁいい。あれを見な」
と、目線であたしに指図する。
そこには──
「……………………うそ」
信じられない光景が広がっていた。
目の前にあるのは、暗い森の中に浮かび上がる人、人、人……
それが全員、どこかしらを負傷して、血を流して倒れていて……
しかも。
全員、知っている顔なのだ。
「………なんで……」
それは……
あの、ルイス隊長率いる隊の、みんなだった。
「……ど…どうして……なんでみんなが、こんな……」
あたしの呟きを聞いて、後ろから彼は笑う。
「こうしてレンちゃんを人質にした途端に、あら不思議。あっさりとやられてくれたよ」
「あんた……一体……」
ジェイドさんだったはずのそいつの嬉々とした表情に、身体が震える。
どうして、みんながこんなところに?
もうとっくに、ロガンスに帰ってるはずじゃなかったの?
それとも……攻めてきたロガンス軍というのは、本当に………
いや、この状況でそれはありえない。
だって、これじゃ攻めてきたというよりは……
こいつの言った通り、一方的にやられて……
そうだ、隊長は?ルイス隊長はどこ?
隊長がいれば、こんなことには……
──すると。
「──
そんな声と共に突如、突風が後ろから吹きつけ。
ジェイドが手にしていたナイフが飛ばされる。
この呪文は……
「チッ……いつの間に後ろに…」
慌てた様子でジェイドがあたしをはがい絞めにしたまま後ろを向く。
そこにいたのは……
「隊長!!」
「よぉフェル。久しぶりだな」
美しい銀髪とそこから覗く長い耳。端正な顔立ち。
忘れもしない。あたしの命の恩人……ルイス隊長が、そこにいた。
顔を見られた安堵から、思わず涙が溢れそうになる。
しかし……
隊長もみんなと同様、負傷しているようだった。
あちこちから血が滴り落ちており、左肩は力なく垂れ下っている。
おそらく……折れているのだ。
そんな……これも、この男がやったっていうの?
あの隊長が、こんな奴にやられるなんて……
あたしが…人質に取られているから?
「元気だったか?ちょっと見ねぇ間に、ずいぶん大人っぽくなったな」
こんな状況にも関わらず隊長はそんな軽口を叩くが……
その息は荒く、辛そうだ。
「どうして……?隊長、これは一体どういう……」
「わからないかい?レンちゃん」
と、ジェイドがいやらしい笑みを浮かべ言ってくる。
弾き飛ばされたものに代わり、ズボンのポケットから折りたたみのナイフを取り出すと、再びあたしの首に突き付けて、
「教えてあげようか。どうしてこんなことになっているのか。まず、なにから聞きたい?」
そう、挑発するように言ってくる。
あたしはきつく睨み返して、
「……あんた、何者なのよ。なんでこんなことしているの?」
「くく。いいねぇ、その強気な目。答えてあげるよ。俺は……フォルタニカ軍の人間だ」
そのまま、薄ら笑いをしながら隊長を見て、
「ひでぇ話だと思わないか?ロガンスは、うちと同盟を結んでいるはずなんだぜ?なのに、敵国の死にかけたやつらをこそこそと匿っていやがった。しかも……」
「………っ…!」
顎をグイッと掴まれ、顔を近づけて、
「こんな稀少な能力持った女を拾ったかと思えば、国に持ち帰るでもなく、あんな寂れた街に隠していやがった。まったく、イカれているとしか思えねぇよ」
そう、言ってくる。
それは、耳には入ったが。
理解はできない言葉だった。
「同盟違反と、稀少な実験体を独占しようとした罰として、こうして制裁を受けてもらったってワケだ」
稀少……?実験体……?
それは…あたしのことを言っているの…?
それらの言葉から得体の知れない恐怖を感じ、背筋が凍る。
「フェル、そいつの言葉に耳を貸すな。大丈夫、今助け……」
隊長の言葉を遮るように。
森の中から、夥しい数の光の球が飛んでくる。
隊長は肩を押さえながらとっさにそれをかわす。
これは……攻撃魔法だ。しかも、見覚えがあった。
「……俺を忘れてもらっちゃ困る」
そんな声と共に森の中から現れたのは──
あたしが隊を離脱する直前、隊を奇襲してきたあの二人組の内の一人だった。
顔にはあの時と同様、薄い布がかかっている。
「おお、悪かったな。つい一人で盛り上がっちまった」
そう言って笑うジェイドの顔。
そこにある傷を見て……
「あんた、ひょっとして……あの時の……」
あの、馬に乗った二人組の……
隊長に顔布を引き裂かれた方の男だったのか。
「はは、ようやく気がついたか。あの時にお前を奪えていたらなぁ。こんなまどろっこしいこと、しなくて済んだんだが」
「……元から、あたしが狙いだったの?」
その問いに、ジェイドは鼻で笑い
「なんだ、本当に知らなかったのか。なるほどな、通りであんなに警戒心もなくホステスなんかに興じられたわけだ」
そんな……
じゃあ、あの時襲撃されたのも、全部……
全部、あたしのせい……
「──轟け!
と、隊長が折れていない方の腕を振るって魔法を放つ。
生み出された無数の稲妻が頭上から降り注ぎ、ジェイドともう一人の術師を襲う。
が、両者ともそれをあっさりと避け、あたしはジェイドに捕まったまま後退した。
その間に、もう一人の術師が避けた勢いのまま隊長との距離を一気に詰め、目の前で『署名』を描き始める。
あいつが使うのは、炎の魔法だ。あんな距離で食らったら、間違いなく致命傷を食らう…!!
と、あたしが声を上げるより速く。
隊長は一度しゃがみ、回転するように術師の足を払った。
姿勢を崩すかと思いきや、術師は足を払われた反動を使って後方に回転し、距離を取る。
その隙に、今度は隊長が『署名』を描こうと再び腕を振るった……
刹那。
「おーい!この女、殺すぞー」
そう叫んだのは、あたしを捕らえたままのジェイドだ。
言うなり、あたしの首筋にナイフをグッと押し当てる。
つぅ、と血が滴る感覚。
「…………っ!」
それに、隊長の動きが一瞬止まった。
そして。
──ドッ……!!
「……………え………」
もう一人の術師が、隊長の胸に飛び込んできた。
その手には、先ほどジェイドの手から弾き飛ばしたナイフが握られていて。
それが、隊長の胸に深々と刺さっていて……
「……そんな…」
引き抜く。
と同時に、噴き出す鮮血。
隊長は声も上げずに。
力なく、地面に崩れ落ちた。
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