第28話種明かしは蜜の味 II
ぽろっ、と。
涙が、頬を伝う。
最低だ。
あたしの心を、全て奪ったくせに。
「あたしの……能力だけが欲しかったなんて……」
すると。
突然、ぐいっと手を引かれて。
ちゅっ。
あたしは、キスをされていた。
「…………ッ!?ぷはっ!!」
唇が離れたかと思うと、今度は強く抱きしめられる。
そして。
「………本気でそう思う?だったら君………相当鈍いよ」
らしくない、ぼそっとした口振りで。
クロさんは……そう呟いた。
………………………え。
待ってください。それって、え?
つまり…………どういうこと?
………いや、考えるな。騙されるな。
「………も、もう騙されないんだから!そうやって籠絡して、実験台にしようったって……」
「ねぇ」
びくっ。
突然、強い口調で言葉を遮られ、思わず身体を震わす。
「………一度しか言わない。一度しか言わないよ。だから、ちゃんと聞いていてね」
極めて不服そうな声が、耳元で聞こえる。
こんな余裕のなさそうなクロさんの声、初めてだ。
どんな顔しているのか、見てみたい。
けど、キツく抱きしめられていて。
それが叶わない。
「……最初は、そのつもりだったよ。研究のために近づいた。けど、今は違う。特別な能力なんかなくったって、僕は──」
それは。
低く、甘く、切ない声で。
「──君が欲しい。心も、身体も、全部」
「………………っ」
きゅうぅっ、と。
胸が、締め付けられる。
堪らず、あたしは身体を離して。
クロさんの顔を見た。
その顔は……
「…………………なに」
眉に皺を寄せる、その顔は。
ほのかに、赤くなっていた。
「……………かっわ……」
思わず口に出ていた。
それにクロさんは「黙って」と言って。
顔を隠すように、再び抱きしめてくる。
彼が、あのクロさんが、顔を赤くした。
赤くして、照れ隠しをした。
それだけで、もう充分だった。
この言葉はきっと本物。
彼の気持ちも、きっと。
ああ、なんだ。そうだったんだ。
彼も、あたしと同じ。
あたしと同じように、想っていてくれたんだ。
なんて、なんて幸せな運命の中にいたのだろう。
……ん?でも、待てよ。それなら……
「………ならなんで、さっき普通に返事してくれなかったんですか?」
「さっき、って?」
「あたしが『好き』って伝えた時ですよ。遊びは終わりだ、とか言って、振りましたよね?」
「え?あれ振られたと思ってたの?」
「おっ、思うに決まってるじゃないですか!引き止めてくれなかったし!!」
「だって本当のことじゃん。君の心を手に入れた。これで幼稚なごっこ遊びは終わり。こっからが、本番でしょ?」
「本番?」
「だって……」
彼はあたしの顎に手を添え。
目を細め、妖しく笑う。
「君、正式に僕のものになったんだよ?ここからはもう……どんなことをされても、文句は言えないよね?」
「…………………は……」
ハレンチだ!
クロさんが、ハレンチな目をしている!!
はっ。ひょっとして。
さっき振られた(と思い込んだ)時、冷たいと感じた視線の正体は、これ…?
「あはは。僕はてっきり怖気付いて、逃げ出したのかと思っていたよ」
って、紛らわしすぎるだろあの言い方ぁぁあ!!
……いや、それも含めてわざとな気がする。
きっとそうだったに違いない。
「あと」
「?」
そこでクロさんは、少しだけ声音を変えて、
「実はね、終わるのはそれだけじゃないんだ。この馬鹿げた戦争も……もう間も無く終わる。君の国が、降伏宣言を出した」
「え………」
うそ……
この国が……イストラーダ王国が、降伏した。
やっと、やっと、この戦争が終わるのだ。
多くの命を奪い、遺された人たちを苦しめ続けていたものが。
ようやく、終わりを告げる。
「そうなると僕、いよいよ国に帰らなくちゃいけなくなるじゃん?だからね、今日で君をモノにするって決めていたんだ。ルイスにも『レンちゃんお持ち帰りするから迎えに来て』って言っておいたの。そんで隊の連中、こぞってあの森まで来ていたんだけど……それを察知した敵さんが、慌てて君を連れ去ろうと仕掛けてきた、ってわけ。これが、事の顛末」
そうか……
フォルタニカにマークされたあたしを無事にロガンスへ連れて行くため、わざわざ隊長たちが来てくれたのだ。
「だから、やつらと戦闘になってしまったのも、ルイスたちを危険に晒してしまったのも、ぜーんぶ僕のせい。僕のわがままのせい」
ふ、と微笑んで、クロさんが言う。
これまで決して『自分のせい』なんて言わなかった、言うはずがなかったクロさんが……
気を遣ってくれているのだろうか。
何もかも自分のせいだと思っている、あたしに。
「……でもよく考えたら、僕がこんなにわがままになったのは、君のせいだよね」
「へ?」
って、やっぱりあたしのせいにするんか!
………と、思考するより早く。
──トサッ。
視界が宙に返る。
彼に、押し倒されていた。
無防備に投げ出された手首を、きゅっと掴まれる。
「……どうしてくれんの?」
「な、ななな、なにがでしょうか……?」
「僕をこんな風にした落とし前……どうつけてくれんの?」
おおお、落とし前って……
言いながら彼は、あたしの唇に人差し指をそっと押し当てる。
そして、ニヤッといやらしく笑って、
「………ふふ。しちゃったね、キス。もう二回も」
「…………ッ!」
そのまま、あたしの耳に唇を近づけて、
「……次は……………なにをしようか?」
は……は……は…………
はわわわわむりむりむりむり!!
持たない!心臓が持たない!!!
恥ずかしさが限界に達し、あたしは彼を押しのける。
すると彼はバランスを崩し。
しかし、あたしも腕を掴まれたままだったものだから。
『……………………』
ぐるっと回って、今度は。
あたしが、彼を組み敷いていた。
「…………いやーん。レンちゃんてば、ダイタン☆」
「いや!その!これはたまたま……」
クロさんに茶化され、慌てて手を振るが。
「……………………」
あたしに組み敷かれたままのクロさんを、見下ろす。
これまで、見下ろされることは多々あれど。
こんな風に見下ろすのは、初めてで。
「…………ねぇ」
ならば、と。
あたしは、恥じらう気持ちを最大限に抑えて。
ローザさん直伝の、キラースマイルを浮かべる。
反撃の狼煙を上げるのだ。
「逆に、これからはあたしも……クロさんになにをしても、いいってことですよね?」
あたしの言葉に、クロさんは驚いたように目を見開く。
好きなんだ。お互いに。
だったらこれからは、対等にやらせてもらわねば。
嗚呼、ずっと触れたかった頬が、唇が、首筋が。
そこにある。
あたしと変わらない背格好なのに。
ちゃんと『男性』な指が、背中が、腰つきが。
手を伸ばせば触れられる距離に、全部ある。
あたしがクロさんのものなら。
クロさんだって、もう。
あたしのものだ。
彼の顔の横に手をついて。
口元で、笑ってみせる。
「………十代女子の妄想力、ナメないでくださいね」
そしてそっと。
彼の黒ぶちメガネを外して………
…………というタイミングで。
「あー………いちおう、声はかけたんだが。悪い、取り込み中だったか」
横から、別の声が聞こえる。
知っている。よーく、知っている声だ。
ギギギギ、と首を回し、恐る恐るそちらを見ると……
テントの入り口に佇む、ルイス隊長の姿があった。
……………………ぎ、
「ぎゃあぁぁああああ!!」
あたしの絶叫は、辺り一帯に響き渡った。
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