第27話種明かしは蜜の味 I


「──僕は、ロガンス帝国軍、ラザフォード第二部隊……つまり、ルイス率いるあの隊で『間諜』をやっている。いわゆるスパイってやつだね」




 ベッドと、テーブルと、椅子と。

 少しの救援物資が置かれた、小さなテントの中。


 あたしはベッドに、クロさんは椅子に。

 向き合う形で座っていた。



「じゃあ、ルイス隊長の……」

「うん。むかつくけど、いちおうあいつの部下。だから、君のことはあの店で会う前から知っていたんだよ。影からこっそり見ていた。基本、別行動だったから、当然君は知らなかったろうけど。隊員以外の人間に、僕の存在が知れるのはまずいからね」



 まさかクロさんが、あの隊の一員だったなんて……

 前に兵士Aが間諜からの報告を隊長に伝えていたけど……

 あれ、クロさんのことだったんだ。



「君も知っての通り、ルイスはお人よしだからさ。敵対している国の住民だろうがなんだろうが、困っている人間を放っておけなくって。君を拾った時も、まーた荷物増やして……と思ったんだ。けど」


 おもむろに立ち上がり、あたしに近づくと。


 むにゅ。


 と、右手であたしの両頬を挟むようにして、



「拾ったのが、こぉーんなSSレアな精霊保持者だったから、僕久しぶりに興奮しちゃったよ」

「………………ふぇっ?」



 唇を突き出したまま、あたしは聞き返す。

 しかしクロさんは、いつになく目をキラキラとさせて、


「精霊二個持ちのルイスに初めて会った時も驚いたけど、君は別格だった。なんせ『殺すこと』に特化した精霊の持ち主に出会うのなんか、初めてだったからね」

「…………あの、それ、ディスってます?」

「まさか!最大級の賛辞だよ。君が隊にいる間はしょっちゅう夜中テントに忍び込んで、寝ている君を一晩中観察させてもらっていたくらいなんだから」

「なっ………!!」



 あー!思い出した!!

 そういえば、あの隊に同行していた時、しょっちゅう変な夢見ていたんだった!


 あれも……この人の仕業だったのか。

 ていうか、『観察』って……

 一体、ナニをされていたのか……



 たばこの火を消してから。

 クロさんは、そのままあたしの隣にぽふんっと座る。


「だからね、ルイスに言ったんだ。『この娘、国に持って帰ろう。研究させてほしい』って」

「研究……?」

「ああ、僕ね」


 そこでクロさんは、いつもかけている黒ぶちメガネをくいっと上げて、


「こう見えて、ロガンス帝国精霊研究の第一人者でもあるんだ。今は間諜なんかやらされているけど、いちおう普段は『先生』なんて呼ばれているんだからね」


 と、ドヤ顔で言ってくる。

 ……なるほど、わかった。

 いつだか隊長が言ってた『精霊オタク』も、この人だ。


「でもね、ルイスは許してくれなかったんだ。『母国で生きるのが一番いいに決まっている。それに、ロガンスに連れて行ったとしても、敵国の出身ということが知れれば生きづらくなるだろう』って」

「隊長……」


 そうか……隊長、そんなにあたしのことを思って……

 あたし、本当に捨てられたわけじゃなかったんだ。



「はぁ?って思ったけどね。そんなん関係ないじゃん、って」



 逆にあなたは本当に自分のことしか考えていないな!


「そうこうしている内に、まずいことになった。フォルタニカ軍の一部が、君の存在に気づいて襲撃してきたんだ」

「あたしの存在……?」

「そう。たぶん、この国の……イストラーダの稀少な精霊保持者を引き抜こうと考えていたんだろうね。きっとどこからか、その出生リストを入手したんだ。そこにおそらく君の名前があったんだろうけど……うっかり住んでいる街ごと壊滅させてしまった。慌てて死体を漁ったけど、見つからなくて……」


 通りかかったロガンス軍……

 つまり、隊長たちが拾ったのでは、と探し始めたというわけか。


「てゆうか……あたしの能力って、そんなに珍しいんですか?」

「あったり前だよ!こんな殺す気満々な能力、どこも喉から手が出るほど欲しがるに決まってる。たぶん君は施設からあの屋敷へ、相当な高値で買い取られたはずだよ」


  殺 す 気 満 々 な 能 力 。

 なにそれ、全然嬉しくないんですけど……


 これまでずっと、自分の治癒能力には誇りを持っていたのだが……

 本来は、まったく逆の目的を持つ魔法だったとは。


「フォルタニカの二人組に襲撃され、君の存在がバレたことを確信した。それでルイスは、慌ててヴァネッサのところへ君を預ける手筈を整えたんだ。君がまだ隊に同行していると思われている内に、早急に安全な場所へ切り離そうって。……でもね」


 そこまで言って。

 クロさんは、あたしの手をきゅっと掴んだ。


「僕は君を、諦められなかった。やっぱりロガンスへ連れて行こうって、むしろ保護すべきだって、ルイスにもう一度言ったんだ。そしたら、『本人の意思を無視して決めることじゃない』とかって言うからさ」


 そして、美少年然たる微笑みを浮かべて、



「思いついたんだ。僕に夢中にさせちゃえば、自分の意思でついてくるじゃん、って☆」

「………………」



 などと、言ってのける。


 ま、まさか……まさか本当に。

 精霊のレア度を見込まれて、近づかれていたなんて……


 じゃあ、アレもコレもソレもドレも。

 全部全部、『レア物』であるあたしを。

 国に持ち帰って、研究するため……?



「ちょっと野暮用があったから、君の店に通い始めるのに時間がかかったけど……でも、敵さんもなかなかだったね。隊から君を切り離したことにも、すぐに気がついたようだ。君で間違いないか、客に紛れて品定めしていたとは……」

「………ひどい」

「へ?」


 掴まれていた手を、バッと振り払い、立ち上がる。

 その様を、クロさんは驚いた表情で見上げた。


「さっきから聞いてりゃ、人をレアだとか稀少だとか……要するにあたしはクロさんにとって、コレクションに加えたい、ただの珍しいモノだったんですね!」


 言いながら、視界が滲む。



 そうか、そういうことだったんだ。

 なら、全てに合点がいく。


 他の人に近づくことを禁じたことも。

 魔法を使わぬよう忠告したことも。



 あたしを……夢中にさせたことも。



「ああそうですよ!夢中になりましたよ!好きで好きで好きで、毎晩あなたのことを考えて、どうしたら笑ってもらえるか、どうしたら……キスしてもらえるかって、そればっかり考えていましたよ!でも、それが……」



 ぽろっ、と。

 涙が、頬を伝う。



「それが、ただ、あたしの……能力だけが欲しかったなんて……」



 最っ低。




 そう言ってやろうと思った───その時。


 突然、ぐいっと手を引かれて。





  ちゅっ。





  あたしは、キスをされていた。

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