第15話ハッピーシュガーパーティー


「──と、いうわけなの……」

「ほーん。あのちびっこがねぇ」



 その日の営業終了後。

 昨日今日のことを報告するためと、自分の中で勝手に決めていた「なんか奢ってもらう」という約束を果たすために。

 あたしは、ローザさんを部屋に招いていた。 

 ちなみに、奢ってもらったのはこの街に唯一残っている洋菓子屋さんのケーキだ。

 ケーキなんて久しぶり過ぎて、涙が出そう…嗚呼、美味。糖分万歳。



「で……何者だと思う?」


 スプーンをくわえたまま、あたしはローザさんに尋ねる。

 無論、主語は『クロさん』だ。


「そーだなぁ…やつの特徴を整理すると、オーナーの知り合い・成人男性・金持ち・魔法上級者……そして、ドS」


 相変わらずお酒が大好きなローザさんは、グラスの氷をカランと鳴らしながら言った。

 それにあたしは、ぱちくりと瞬きをする。


「ど…どえす…?」

「そ。どう聞いたってそりゃド級のサディストでしょーが。あんた、完全に遊ばれてるよ」


 な、なるほど……

 あれが巷で有名な、『どえす』という生き物……

 ついにあたしも、『どえす』に出会う年頃になってしまったのね……

 と、聞きなれないフレーズにドキドキしているあたしを、


「……………」


 まるで、珍しいものでも見るような目で眺めるローザさん。


「……なによ、その目」

「レン………あんた、まさかとは思っていたけど……」

「……?」

「………………処女、なのか…?」

「なぁっ?!」


 ガタッ!と思わず立ち上がる。


「しょ……処女がそんなに珍しいですか?!仮にそうだとして、なにか問題でも?!」

「そっか……あんた見た目はこんなでも、実際は十六なんだもんね……忘れてた」


 『こんな』とはなんだ『こんな』とは。老けてるって言いたいのかこの人は。

 顔を火照らすあたしを、彼女はにやにやと見つめ、


「ふふ、あんたがこういう話でこぉんなに焦るなんてね。可愛いなぁ。顔が真っ赤だぞ、うりうり♪」

「ちょっ…からかわないでよ!」

「こんなウブな生娘が色酒場で働いているなんてねぇ。おじさんはびっくりだよ」


 い、いつからおじさんに………

 ……などという不毛な会話は置いといて。


「──で、結局どう思うの?クロさんの素性」

「そりゃあ、どっかの貴族のおぼっちゃんだろうね、きっと」

「……やっぱりそう思う?」


 ローザさんは頷く。


 実は、あたしもそうではないかと思っていたのだ。

 まず、元は良家の出身だったヴァネッサさんの知り合いだという点。

 次に、平民の金銭感覚では持ち歩かないような厚さの紙幣を、こんな寂れた街の酒場でためらいもなく出せる点。

 そして、あの魔法の使い方。

 貴族なら高度な教育を受けられるだろうから、実戦的な使い方を知っていてもなんら不思議ではない。

 十分な年頃なのに徴兵されていないのが、何よりの証拠である。


 あと……見た目もなんか、いかにも王子様だし………

 ………それはともかく。


 ローザさんの賛同を得て、ようやく確信できた。

 彼はどこぞのおぼっちゃんで、ヴァネッサさんが貴族だったころの知り合いで。

 ヴァネッサさん同様、何かしらの経緯や事情があって育ったため……少し、性格が歪んでいるのだ。

 ………たぶん。


「でも…そしたら……」

「……オーナーには、詳しく聞かない方がいいよな。どういう知り合いなのか」


 ローザさんも同じことを考えていたようで、あたしの言葉を途中から継いだ。

 直接聞いたわけではないが、きっとヴァネッサさんはあまり昔のことを思い出したくないのだろう。

 一族に腫れもの扱いされていた、貴族時代のことを……

 クロさんのことを尋ねれば、自ずとヴァネッサさんの過去についても触れることになる。

 それだけは、避けたい。

 きっとあの人は、嫌な気持ちを表に出さずに、いつもの明るいノリで話すだろうから。


「ま。とりあえずこれで解決ってことで」

「うん、ありがとう。それにしても……」


 ケーキの最後の一口を口に入れ、あたしは首を傾げる。


「あのひん曲がった性格……どうしたら直せるかなぁ?」

「いや無理っしょ」

「んな身も蓋もない……」

「人に簡単に影響されていたら、成人超えるまでにもうちっとマシな性格になってたはずだ」

「そ、それはそうだけど……」

「性格直す、っていうよりは、さ」


 とぷとぷと、自分でグラスにおかわりを注ぎながら、


「そいつが本当に腹の底から笑って……心を開けるような場所を、作ってやりゃあいいんじゃねーの?そんな存在に、レンがなればさ。そうしたら、何か変わる部分もあるかもよ」

「ローザさん……」


 そんな彼女の言葉に、心がじんわりとする。

 いつもそうだ。何気なく、だけどその時に必要な言葉をかけてくれる。


 そうか……そうだよね。

 あたしがローザさんやヴァネッサさん、隊長やあの隊のみんなに笑顔をもらったように。

 今度はあたしがそんな存在になれれば、あの人も…クロさんもいつかきっと、素直に笑えるようになるはず……


「…その前に、あんたの方があいつに溺れないように気をつけなきゃいけないけどね」


 どき。


「そ、それはナイナイ」

「どうかな~?話からするとあんたは相当なドM娘みたいだからぁ?おねーさんは心配なのさぁ~可愛い妹が」


 え。

 今、なんて……?

 う、うそだ。そんなはずない。まさかあたしが……


「ど……どえむ?あたしが?」

「あら、自覚なかった?」

「ぜんぜん……てゆうか、え、そうなの?」

「そうでしょ。いじめられて振りまわされて、なのに気になっている。挙句、笑顔にしたい!力になりたい!って、そう思っちゃったんだろ?それを世間ではドMと言う」

「いや、いやいやいや。違う違う違う!」

「またはダメ女とも」

「ちがーう!!だってそんな…それじゃまるで…………変態みたい…」

「そうだよ」

「いやーっ!」

「いいじゃーん楽しいよ?自分のヘキを自覚したほうが、いろいろと……いろいろと、ね」

「……その含みのある言い方、やめてくれない?」


 などというくだらない会話に。


『……………ぷっ』


 二人して吹き出す。

 そして大声でひとしきり笑うと、


「とりあえず、毎日二十二時からはヤツのために空けておくって件、あたしからもオーナーに話しといてやるよ。またなんかあったら言いな。いつでも聞いてやるから」


 ぽん。と。

 彼女はあたしの頭に手を乗せて、優しい声でそう言ってくれて。

 ああ、本当にお姉ちゃんみたいだな、なんて思いながら。


「うん………ありがと」


 あたしも笑顔で、そう返した。

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