第7話登場漢柳の解説

一 『漢柳集』収録 詠み人知らず 「文悠」


焚書折筆文不絶  書を焚き筆を折れども文は絶えず、

謡口憶耳詞弗滅  口に謡い耳に憶えて詞は滅せず。

刻石彫金鎚打鑿  石に刻み金に彫り鎚はのみを打ち、

削木束竹帛亦裂  木を削り竹を束ね帛もまた裂く。

覆実捏虚芽萌生  実を覆い虚をぬれども芽は萌生ほうせいし、

埋簡蔵版鳥啼血  簡を埋め版を蔵せども鳥は啼血ていけつす。

暗智鈍思愚与空  智を暗くし思を鈍くし愚にして空なるよりは、

明志敏道賢溢渇  志を明らかにし道に敏たりて賢にして渇をみたさん。


押韻:入声九屑(絶、滅、裂、血、渇)


解釈

 書を焼き筆を折ろうとも文学は絶えない。

(それらがなくとも)口で歌い耳で聞いて覚えて言葉は消えることがないからだ。

(それらがなくとも)石に刻んだり金属に彫るなど、鎚で鑿を叩いて文字を記すだろう。

(それらがなくとも)木を削り取ったり竹を束ねたり布を裂いて文章を残そうとするだろう。

 真実を覆い隠し虚偽を捏造しても(土の下から突き抜けるように)芽が生え出でるだろう。

 簡を埋めて版木をしまい込んでも鳥(文人)は声を振り絞って啼き続けるだろう(表現することを辞めないだろう)。

 知恵を捨て思考を鈍らせて愚かで空っぽであるよりは、

 志を持ち道理にさとくなり賢人たらんとして涸れを満たすような生き方をしよう。


語釈

・弗…「不」に同じ。

・帛亦裂…「裂帛」できぬを裂いて書面を作ることを指す。

・簡…木簡竹簡のこと。

・啼血…血を吐くほどに声を振り絞って啼くこと。

・与…「~より」と読み、比較を表す。

・溢…「みつ」あるいは「みちる」と読むが、水が涸れた状態から満ちている状態にするの意で「みたす」と読む。本来は間違っている読みなので注意。

・渇…入声九屑と入声七曷の二種の韻に含まれる。前者では「かれる」の意、後者では「かわく」の意で解釈する。



二 後編より。『漢柳日記』訳

本文

 翔月二十一年、洛鳳に大火起こる。風に乗りて延焼し、数日絶えず。一帯灰燼に帰す。人、多く死して哭泣止まず。唯だ幸いは朝に火及ばざるのみ……。人曰く、灯火の転倒により出火すと。是は偽なり。馬、虞、陳の三姓、主家を廃して自ら立たんと密議す。窃かに火を放ち、文書を失せし咎を以て主を讒せんと謀る。吾、是を主家に告ぐるも用いられず。当日、実行せられ、気は乾にして風俄かに吹きて禍を招く。是が真なり。三氏は巧みに謀りて罪を逃れて柳の後継と為る。是を批すれば忽ちに邦に帰る能わず。敢えて黙して追わず、唯だ斯に残すのみ。後世是を問う勿れ。華の戦戈を召さん……。


 翔月二十一年、洛鳳で大火事が起こる。風に煽られて延焼し、火が数日間消えなかった。一帯は燃え尽きてしまった。多くの人が亡くなり、哀しみの泣き声が絶えなかった。幸いだったのは宮中に火が及ばなかったことだろうか。人によると、燭台が倒れて出火したと言われているが、これは事実ではない。馬、虞、陳の三氏は(この事件前に)自分達の直属の上司である柳家を蹴落とし、自分達が成り上がろうと密談を行なっている。隠れて(柳氏の邸宅に)放火し、持ち込んでいた文書類を失ったことを讒言して主を陥れようとしていた。(柳家は私の滞在先だったので)私はこの事実を本人に話したが信じてもらえなかった。果たして当日、謀略は実行されたが、その日の空気は乾いていた上に風も俄かに吹き出した為、あのような大災害となった。これが真実である。事件後、三氏は巧みに立ち回って罪を隠し、柳氏の後釜についた。私はというと、この真実を話せば国(環の国)に帰れなくなると恐れた。外では黙ってこの事件に触れないようにし、ここに書き記すだけに留めた。後世になっても我が国から華国へこの事件のことを触れてはならない。(もし、そうしたら)三氏の手によって華国から環へ軍隊が送り込まれることになるだろう。



三 『漢柳集』収録 詠み人知らず 「待春」


池平詩仙庵  池平らかなる詩仙の庵、

風飄碧苔景  風飄る碧苔の景。

酒壺香紛紛  酒壺は香紛々として、

窓外雪冷冷  窓外は雪冷々たり。

喜悦童子声  喜悦する童子の声、

花開旧庭杏  花開く旧庭の杏。

春夢呼啓蟄  春夢にて啓蟄を呼び、

吟鳴谺幽境  吟鳴して幽境に谺す。


押韻:上声二十三梗(景、冷、杏、境)


解釈

池に波立たぬ(静まりかえった)詩人の庵、

風が舞う苔むした庭の風景。

酒壺は香りがぷんぷん漂わせ、

窓の外は雪が冷え冷えと残っている。

喜び楽しむ子ども達の声、

花が咲き始めた古ぼけた庭の杏。

(のんびりと)夢にて「春はまだか」を呼び、

(心のままに)詩を吟じる声は隠れ里にこだましていく。


語釈

・碧苔…緑色のこけ

・冷冷…清らかで涼しげな様子。

・杏…花が咲くのは春先。

・啓蟄…二十四節気の一つ。土中の虫が外に出てくる時節をいう。

・幽境…人里離れた土地。


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