第6話前編解説2(訓読風の文章)
※本文は自作の為、訓読風の文体としてはいささか怪しい部分があります。訳は意訳で補完が多いです。
本文1
――律の民は謡を好むも、其の曲調より詞意を重んず。故に詩を習えども好まず。散文に則り、韻、平仄の理を重んぜざる。故に麗辞を以て飾るを疎む。文に近からずや遠からずや。辞と意、共に調和せざれば、則ち文にあらざらんや。
吾が詩才未だ足らざるも之よりは巧なり。乃ち持参の書を以て教う。徳益々深まり、学志更に高まる。是に開闢を見る心地なり。忽ちに吾を越ゆる者現る。而れども妬かず、斯に賢才ありを説ぶ。
律は民に徳あれども貧に安んず。平穏にして人の通行稀なるが為に、将に業を成さんとせず。僅かに農耕して外物を頼るのみ。
民に説いて曰く、業を興せば貧を恐れず。外に開きて知見と外貨を得ざらんやと。律民之を望まず。曰く、古謡に大波は小波を飲むとあり。律は小なり。過てば必ずや外患を招かんと。
患いを恐る。是れ無知が所以なり。吾即ち已に此に於いて学ぶ所なき者に求む。曰く、旅すべしと。弟子数人、初めて律を離る。後に之を習いとす。改革は不急にして素を軽んずべからず。自ずから変革を欲するを待ちて幾年、先ず文学に変あり。
彼は古より韻律より詞意を重んず。之を益々進ましめ、新詩を生まんとす。論議混迷にして紛々たり。吾同じくして戯れに字句脚韻のみを用いて短詩を為す。是れ書生の知る所となりて、漸く人口に膾炙す。嘗て環に到る者あり。其の者曰く、人間に文広まれば則ち風徳を以て国盛んなり。環の民に知徳あり。卑俗と侮るなかれ。之を習うべし。詩の礼に拘するなかれ。簡古にして素朴なるは大いに賛ずべしと。彼は之を律の国文と称す。是を以て人は吾を漢柳の祖為らしむ。
漢柳、律を知る隠者の語る所となりて、密かに伝播す。漢柳の評を聞きて来訪増す。何れも俗を捨てるに忍びず、而れども安ずる所を得ざる。乃ち不遇の賢才往来す。彼の扶けを受けて出版、工芸、潜かに外界に流る。因りて業興りて貨を得る。教化、且に大いに達せんとす。
訳文
律の民は歌謡を好むが、そのメロディよりも歌詞の内容を重視している。そのせいなのか、韻文に則った詩文(いわゆる近体詩)を習ってもそれを作ろうとはしない。歌詞は散文の文章に則り、詩に求められる押韻や平仄の規則を疎む傾向がある。その為、美しい言葉で飾った表現をしようとしない。それは文学的極致に近くもあるし遠くもあるだろう。表現の美しさと内容の豊さ、どちらも伴わなければ文学とは言えまい。
私は詩才に秀でていないものの、まだ彼らよりはマシであった。だからわずかばかりの手持ちの書籍を使って彼らに詩文を教授した。すると知徳がますます深まり、学びへの意欲がより高まった。彼らの飲みこみの早さに私は新世界の始まりを見たような気持ちになった。あっという間に私の学識を越える者が現れたが、嫉妬の感情は湧かなかった。むしろこんなにも秀才がいることが嬉しくて溜まらなかった。
律の者はこのような明徳を持ちながら質素な生活に安住していた。穏やかで人の通交が稀な土地柄なので、これといって富や名声を求めるようなことをしようとしなかった。自給自足しつつ、稀に来る旅人から足りない物を得るだけであった。
私は民に「産業となるものを興せば不便な生活を送ることもない。外界に開いて知識を求めたり、金銭や物資を得ようとしたりしないのか」と問うた。律の者は「古い謡に「大波が小波をかき消す」とあります。律は小さな集落、この歌で言う小さな波のようなものです。過ぎたことをすれば外患を招くことになりましょう」と話して望まなかった。
このような災いを極端に恐れるのは外界に対してほとんど情報をもっていないからだろう。そこで私は教え子の中で、律にいてももう学ぶことがない程に熟達した者にこう説いた。「旅に出よ」と。そうして弟子の数人が初めて律から離れた。この留学事業は後に恒例に行なわれることになった。改革とは急ぐものではなく、その土地の風土文化を軽んじてまで行なうものでもない。彼らが自ら変わろうという気になるまで待つこと幾年、変化はまず文学から始まった。
彼らは昔から韻律よりも内容を重視する嗜好があった。そこでこれを更に掘り下げて新たな詩形を生もうという運動が起こった。その論議は混迷を極め、とりとめがなかった。それと時を同じくして偶然にも私が戯れで詩を作った所、これが学生諸君の目に止まってじわじわと流行し出した。過去に遊学に出した者の中に環の国にまで行った者がいた。その者は「世間に文学が浸透すれば徳が広まって国が豊かになる。環の民衆は学識が深かった。華の国では夷狄として見下されているが、卑俗と侮ってはいけない。彼らからも学ばねばならん。詩の規則に捉われてはいけない。古の素朴な要素を持ったこの詩は大いに賛嘆されるべきだ」と主張した。彼は私が為した詩を「律の国文」とまで賞賛した。それによって人々は私を「漢柳の祖」と祭り上げるようになったのである。
漢柳は隠者の間で評判になり、ひっそりと各地に噂が伝播していった。やがて漢柳の評判を聞いた者がちらほらと来訪し始める。訪問者は誰も皆、俗世の暮らしを断ち切れず、かと言って安息の地を持たない者達ばかりだった。そうした不遇の賢才が律を行き交うようになったのである。彼らの助けもあって律が作ってきた出版物や工芸が隠れて外界に流通し、外貨を得られるようになった。きっかけは思いもよらぬことではあったが、私の教化は大きく花開こうとしていた。
本文2
――文は郁郁として楽なり。業は穏穏にして安なり。行人曰く、桃源、蓬莱、是にありやと。過なり。神仙は此にあらず。此は人の里なり。永に災い非ざるは無し。况んや律においてや。
訳文
文化は調和して和やかである。営みは穏やかで安定している。訪れた人は律を「桃源郷、蓬莱山、ここにあり」と口々に言う。だがそれは言い過ぎである。神霊や仙人の類などここにはいない。ここは「人」が生きる土地である。故に永遠に災いがないということはあり得ない。律においても言うまでもない。
本文3
――洛鳳より公の使い来たる。詰問して曰く、我は既往に散逸せし勅文を録するを務めとす。令邸は何処にあらんや。当地に令を置きて久しくも暫く使い来ず。是れ如何と。律民、孰れも之に応じず。使い憤然として強いて宿に入る。
吾、民に問う。其の言より察するに、蓋し此に令の存するを知らざるなり。固より都に律を知る者僅少なり。吏に至っては実在を信ずる者なし。恐らくは律と華に公の交わりあらざらん。
窃かに長老の宅へ急行して経緯を問う。長老答えて曰く、古より王権と密約し、国使を此に置く。華もまた同じなり。何れの国も約するのみにして常に放置す。歴代は皆、喧騒より離るるを悦び、此に安住す。汝の如き者なり。而も先任の国使は斯くの如くならず。天子の威及ばざるを知るや、放埓に耽り、暴虐を為す。律の民は公民にあらず。宮廷に是非を訴える能わず。故に天意に背くと雖も、敢えて之を弑すと。
吾、天を仰ぐ。之を知られれば殲滅を免るるべからず。意を決して即ち筆墨と玉石を取りて書を作す。之を使者に呈して帰す。吾もまた斯に罪を負う。
訳文
ある時、洛鳳の都から公の使いがやってきた。彼は私達に「私は過去に散逸してしまった詔勅の文書の記録を任務としている。県令の館はどこだろうか。この地に県令を置いて久しいが、もうずっと長いこと使者が来ていないのだ。これはどういうことだろうか」と詰問してきた。律の者は誰もこれに答えなかった。公使は憤って無理やり宿を取らせた。
民に事情を問うた所、どうやらここに県令が設置されていること自体知らないようだ。元々、都で律を知る者は僅かである。多くの官吏は実在すら信じていない。おそらく都と律との間には公式の繋がりはなく、密約のような交わりしかないのだろう。
公使から隠れて長老の元へ急行して過去の外交事情を尋ねた。長老は「律は古代から密約を結び、歴代王権に仕える役人をここに赴任させていた。華の王朝も同様にだ。何れの王権も密約だけ交わして、この地を自治に任せて放置してきた。歴々の役人達は皆、煩わしい世間の喧騒から離れられることを喜び、ここで安らかに暮した。お主のようにな。ただ、華国の先代の県令は違った。天子の権威が及ばない土地であると知ると、堕落した生活を送り、暴虐の限りを尽くした。律の民は宮廷に認められた公民ではない。国籍を持たぬ我々は国に訴える術がなかったのである。そして堪りかねた結果、天子に叛くことになると理解しつつも彼を弑殺してしまった」
この事実を聞き、私は天を仰いだ。この事件をあの公使に知られれば律の殲滅は免れられない。私は意を決してすぐさま紙筆と玉石を取り出して文書を作り、これを公使に渡して帰らせた。私もこれで大罪を背負うこととなった。
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